Quirk et al. は,現代世界で用いられている英語の数々の変種 ( varieties ) に最大公約数的な "the common core" があると考えている.そして,個々の英語話者が言語使用の現場で用いている変種は,この抽象化された "the common core" を基礎として,各種の変更や追加が施されたものであるとする.変種 ( varieties ) を分類する際のパラメータとしては,以下の図の通り,六つの variety classes が認められている.
(1) Region は地域変種を指し, American English, British English, South African English, Australian English, Indian English, Jamaican English など,一般に方言 ( dialect ) と呼ばれる概念と重なる.
(2) Education and social setting は教育水準による変種,特に社会的な権威があると広く認められている標準英語 ( Standard English ) と呼ばれる変種に関わる.大きく standard と substandard の変種に分けられる.
(3) Subject matter は主題による変種である.register と呼ばれることもある.例えば,法律に関する英語は専門的な語彙や表現を多く含む変種であるし,料理のレシピの英語は命令文を多用する独特の変種と考えられる.科学論文の英語は受動態が多く,宗教の英語は古風な語彙や文法が好まれるというように,特徴をもった変種が無数に存在する.
(4) Medium は言語行動の媒体による変種を指し,事実上,話し言葉か書き言葉の区別となる.
(5) Attitude は話者の相手に対する態度やコミュニケーションの目的に応じて決まる変種である.style と呼ばれることもある.丁寧さや形式ばっている度合い,口語性や俗語性,冷淡さやよそよそしさなど,各種の心理状態に対応する変種がある.大雑把に,rigid -- formal -- normal -- informal -- familiar の連続体として表現できる変種である.
(6) Interference は,主に外国語として英語を習得した者が,母語の言語的特徴により「干渉」された英語を用いる場合に関係する変種である.例えば,日本語母語話者の話す英語は,発音や文法などの点で互いに似通っていることが多く,この場合,日本語の干渉を受けた英語の変種を問題にしていることになる.
上の図で,(1) から (5) の順で並んでいるのには絶対的な意味はない.各 variety class は他の variety class といかようにも連係できる.(1) アメリカ英語の,(2) 非標準変種で,(3) スポーツの話題について,(4) 話し言葉で,(5) 比較的丁寧に,語るということは可能だし,(1) スコットランド英語の,(2) 教養ある英語で,(3) 子供向けの絵本を,(4) 書き,(5) 親しみある文体で,表現するということは可能である.
一方で,(1) から (5) の順で並んでいるのは完全に無意味なわけではない.上位にある variety class が下位にある variety class の前提となっているケースがあるからである.例えば,(2) の Standard English という変種は,(1) の地域変種によって限定される.世界で広く認められている Standard English は現時点では存在せず,あくまでアメリカ英語の Standard English とかイギリス英語の Standard English とかいうように,地域変種を前提としている.通常,(1) と (2) の変種は個人レベルで固定している
また,(3) で例に挙げた法律英語は,法律英語として習得する以前に,(2) の教養ある英語や標準英語を身につけていないと始まらない.(4) の書き言葉も,(2) の教養ある英語や標準英語が土台となっている.葬式の場面で用いられる英語は,(5) に関連して形式ばっていることが期待されるが,それ以前に (4) の主題による変種の特徴とみなされるべきかもしれない.(3), (4), (5) は個人のなかでも状況によって揺れ動く変種である.
(6) は,外国語からの英語に対する言語的干渉という話題で,いわば英語の世界の外側から加えられる力であり,他の variety classes とは異質であるため,図では点線の外に位置づけられている.
無限の広がりがあると考えられる英語に,そもそも the common core を想定することができるのかという反論もあるが,現代英語の変種のモデルとして参考になるモデルである.
・Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Grammar of Contemporary English. London: Longman, 1972. 13--30.
[2009-11-30-1]の記事で,英語話者層を Inner Circle, Outer Circle (Expanded Circle), Expanding Circle へと三区分する見方を紹介した.この呼称を提唱した Kachru は,世界英語の規範 ( norm ) という観点から,同じ同心円モデルを説明するもう一組の呼称を与えている.それぞれ,norm-providing, norm-developing, norm-dependent である.
これは Kachru の1985年の論文に基づくが,2009年の現在にもおよそ通用する世界英語のモデルだろう.以下に,現在の視点からのコメントを加えつつ,各区分を概説する.
(1) norm-providing は Inner Circle に対応し,世界英語へ規範を提供していると伝統的にみなされてきた変種を母語としてもつ集団である.しかし,ここに属する各変種の規範としての容認度はまちまちである.例えば,イギリス英語とアメリカ英語は多くの英語話者が認める代表的な規範変種だが,オーストラリア英語やニュージーランド英語はどの程度,内外から規範として容認されているだろうか.
(2) norm-developing は Outer Circle に対応する.Inner Circle が提供する規範を遵守しようとする側面と,そこから逸脱しようとする側面を持ち合わせる.この区分に該当する代表地域としてインドやシンガポールが挙げられるが,今後,周辺地域の新しい規範を提供する主体になる可能性がある([2009-10-07-1]).
(3) norm-dependent は Expanding Circle に対応する.Inner Circle が提供する規範にもっぱら従う話者層である.例えば,この区分に属する日本における英語教育を考えれば,主にアメリカ英語(あるいはイギリス英語)を規範としていることは明らかである.日本には自ら Japanese English という規範を作り出し,それを隣国へ輸出しようという意図はない.
英語の未来を考えるとき,(2) の ambiguous な立ち位置が意味深長である.伝統的に円の中心から発せられてきた「規範光線」を一方で受け入れつつも,一方では自ら新たな「規範光線」を外側の円に向けて発しているのだから.
・ Kachru, B. B. "Standards, Codification and Sociolinguistic Realism: The English Language in the Outer Circle." English in the World. Ed. R. Quirk and H. G. Widdowson. Cambridge: CUP, 1985. 11--30.
[2009-10-17-1]で,現代世界における英語話者を,英語の習得様式に応じて ENL, ESL, EFL と三区分した.結果的にこの区分とほぼ重なるが,英語の拡大の歴史的な過程を考慮した別の三区分法がある.
(1) 英語を母語としている国・地域
(2) 英米の旧植民地に代表される,英語に(準)公用語としての特別な地位を与えている国・地域
(3) 英語国との歴史文化的なつながりは強くないが,英語を教育上の主要な外国語として位置づけている国・地域
この区分では,英語国を宗主国として,過去に植民地支配を被ってきたかどうかという歴史的な観点が強調される.(1) という源から (2) が派生し,さらにその外郭として (3) が出現してきたという歴史的過程を説明するのに都合のよい区分である.中心から外郭へと英語が拡大してきたとする発想は,Kachru の提案した,英語話者の同心円モデルに明確に見て取れる.以下は,各部分の面積を ENL, ESL, EFL の人口([2009-10-17-1])の比に対応させて作った同心円モデルの図である.
この同心円モデルでは,(1) が Inner Circle, (2) が Outer Circle または Expanded Circle, (3) が Expanding Circle と呼ばれている.このモデルの長所は,宇宙のビッグバンのように,中央の英語母語国から始まった英語の歴史的拡張が現在も続いており,これからも続いてゆくことを暗示していることである.また,これから特に膨張してゆくのが Expanding Circle であることも暗示している,
しかし,短所もある.Graddol (10) が指摘しているように,この同心円モデルでは,英語母語国が中央の Inner Circle に配されており,あたかも英語世界の王座に居座っているかのようである.もっといえば,周辺の Outer Circle や Expanding Circle の部分には権威がないかのような印象を与える.しかし,21世紀の人口増加率を考える限り,英語の進む方向に決定的な影響力をもつのは,ほかならぬ Outer Circle や Expanding Circle に属する国・地域であるはずである([2009-10-07-1]).同心円モデルでは,「英語の未来についての読みが甘い」ということになる.
とはいえ,直感的なモデルとして確かに有用である.
・ Kachru, B. B. "Standards, Codification and Sociolinguistic Realism: The English Language in the Outer Circle." English in the World. Ed. R. Quirk and H. G. Widdowson. Cambridge: CUP, 1985. 11--30.
・ Graddol, David. The Future of English? The British Council, 1997. Digital version available at http://www.britishcouncil.org/learning-research-futureofenglish.htm.
世界語として最有力候補となった英語は,年々その話者を増やし続けている.英語の話者人口のモデル化はいくつか提案されているが,もっとも古典的なモデルは,話者層を三区分する方法である.
・ENL ( English as a Native Language )
・ESL ( English as a Second Language )
・EFL ( English as a Foreign Language )
ENL は英語を母語とする話者で,人口としては米国や英国がその筆頭に挙がるが,国・地域数でいうと30は優に越える.ある意味では英語留学できる国・地域ということになるが,いくつ挙げられるだろうか?
ESL は第二言語 ( second language ) として英語を話す人を指す.second language を厳密に定義することは難しいが,歴史的・政治的な背景で,事実上,英語が公用語(の一つ)として機能しているような地域で,母語の次に習得する言語としておきたい.単純に母語の次の2番目に習得する言語という意味での second language ではなく,上記のような歴史的・政治的な背景を有する場合に習得した,母語以外の言語ということで理解しておきたい.まとまった ESL 人口を擁する典型的な国・地域として,インド,ナイジェリア,デンマーク[2009-06-23-1],サモアなどが挙がる.
EFL は,主に教育機関を通じて外国語として英語を学ぶ人を指し,国・地域でいえば,日本,中国,フランス,ロシアなど世界の大部分がここに属する.
実際には区分間の境目が明確でない事例もあるが,何しろわかりやすいモデルなので広く受け入れられている.以下の人口統計は数年前の情報であり,現在の総計と分布は少なからず異なっている可能性はあるが,約15億人の英語話者人口の内訳はこの pie chart により容易に頭に入るだろう.see [2009-09-21-1]
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