英語史には,大規模な他動詞化 (transitivization) の潮流が確認される.古英語では相対的に他動詞(として用いられる動詞)は自動詞よりも少なかったが,中英語にかけて,そしてとりわけ初期近代英語にかけて,その数が増加した.他動詞化という過程は,動詞の意味・用法にかかわることだが,むしろ形式的な要因が大きく関与している.中尾・児馬 (100) によれば,3種類の要因が想定される.
1つは,中英語期に屈折語尾の衰退が進行し,名詞や代名詞において格の形態的な区別がつかなくなったことがある.これにより,古英語では与格目的語や属格目的語をとっていた自動詞が,それらの格と形態上融合した歴史的な対格をとることになった.つまり,目的語はすべて対格であると分析され,動詞そのものも他動詞であると認識されるようになったのである.1200年頃から与格を主語とする受動態構文が現われるようになることも,この再分析と密接な関係にあると考えられる.
2点目として,古英語の動詞にしばしば付加された ġe- などの接頭辞が,中英語までに消失したことがある.古英語では,例えば自動詞 restan (休む),grōwan (生じる)に対して,接頭辞を付加した ġerestan (休ませる),ġegrōwan (生み出す)が他動詞として機能するなど,接辞によって自他を切り替える場合があった.接頭辞が消失し両語の形態的区別が失われると,元来の自動詞の形態に他動詞の機能が付け加わることになった.
3点目に,古英語の動詞には語幹の母音変異によって自他用法を区別するものがあった.brinnan / bærnan (burn), springan / sprengan (spring), stincan / stencan (stink) などがその例である.しかし,その後の変化により両語が形態的に一致するに及んで,後に伝わった唯一の語形が自他の両用法を担うようになった.
上記は,いずれも形式的な変化が原因で,2次的に動詞の意味・用法が変化したというシナリオだが,もちろん動詞自体が内的に意味・用法を変化させたという直接的なシナリオがあった可能性も否定できない.むしろ,形式と機能の両側からの圧力によって,動詞の他動性が強化してきたと考えるほうが無理はないように思われる.līcian のような非人称動詞 (impersonal_verb) の人称化なども,動詞の他動詞化という潮流のなかに位置づけることができそうだが,これは音韻,形態,統語,意味,語用のすべてに関わる現象であり,いずれの要因が変化の引き金となり,推進力となったのかを区別することは容易ではない.また,「#995. The rose smells sweet. と The rose smells sweetly.」 ([2012-01-17-1]) で触れた英語史における linking verb の拡大という問題も,動詞をとりまく統語変化と意味変化とが融合したような様相を呈する.
いずれにせよ,他動詞化の潮流は中英語期に諸要因が集中していたことは言えそうだ.
動詞の自他の転換については,受動態 (passive) の発達や再帰動詞 (reflexive_pronoun) の振る舞いも関連してくるだろう.後者については,「#2185. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退」 ([2015-04-21-1]),「#2206. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退 (2)」 ([2015-05-12-1]),「#2207. 再帰代名詞を用いた動詞表現の衰退 (3)」 ([2015-05-13-1]) も参照.また,他動詞という用語については,「#1258. なぜ「他動詞」が "transitive verb" なのか」 ([2012-10-06-1]) を参照されたい.
・ 中尾 俊夫・児馬 修(編著) 『歴史的にさぐる現代の英文法』 大修館,1990年.
標題の熟語は,形式張った文体で「?に関しては,?について(いうと)」の意味で用いられる.典型的には "As regards the result, you need not worry so much." のように新しい主題を導くのに用いられる.機能的には前置詞といってよいだろう.
この複合前置詞は,歴史的には「#1201. 後期中英語から初期近代英語にかけての前置詞の爆発」 ([2012-08-10-1]) で示唆したように,近代英語で発達してきた.だが,細かくいえば as regards は初期近代英語ではなく後期近代英語での発達と考えられる.OED の regard, v. によると,語義 8b にこの用法が記述されており,初例としては1797年の "A distinction is made, as regards moral rectitude, in the minds of many individuals." という例文が挙げられている.
b. as regards, as regarded (now rare), †as regarding: with respect or reference to
一方,同じ動詞の現在分詞から発展した regarding, prep. も同様に用いられるが,こちらの初例としては1779年から " The servant was called, and examined regarding the import of the answer he had brought from Madame la Comtesse." の例文が挙げられている.ただし,名詞句に後続する regarding については17世紀より例があり,これが現在分詞なのか前置詞なのかを決定することは難しい.
初出年代の細かな問題はあるにせよ,as regards も regarding も後期近代英語期になって根付いた動詞由来の前置詞であると解釈することに大きな異論はないだろう.OED に記載のある †as regarding も含めて,動詞 regard から派生した前置詞の複数の異形が18世紀後半辺りに活躍しだしたと考えられる.
それを確かめるべく,「#1637. CLMET3.0 で between と betwixt の分布を調査」 ([2013-10-20-1]) で紹介した The Corpus of Late Modern English Texts, version 3.0 (CLMET3.0) により,as regards を検索してみた(as regarding は2例ほどヒット).70年間ごとに区切った頻度をまとめると以下のようになった.
Decade | Frequency | Corpus size |
---|---|---|
1710--1780 | 5 (5) | 10,480,431 words |
1780--1850 | 70 (18) | 11,285,587 |
1850--1920 | 347 (6) | 12,620,207 |
標記の文は「今日は何という厄日か;この日に呪いあれ」を意味する.ここで,worth は古英語 weorþan (to become, be, be done, be made; to happen) に遡る動詞であり,「価値(のある)」を意味する worth とは別ものである.印欧祖語まで遡れば,両語は究極的に同根である可能性はあるが,互いに異なる語としておいてよい.この動詞は,ドイツ語 werden (to become) ,ラテン語 verto (to turn) などと同根である.
古英語 weorþan は高頻度の基礎動詞だったが,現代英語では標記のような成句,あるいは Woe worth you! のように人称代名詞を伴う形でしか用いられない.関連表現として,Woe betide (to) me! や Woe is me. (「#1439. 聖書に由来する表現集」 ([2013-04-05-1]) に挙げた1例として)が見られる.
動詞 worth に関わるこれらの表現は,いずれも非人称構文を取っている.標記の文でいえば,woe は worth の補語,the day は与格に相当し,主語が欠けている.換言すれば,worth は非人称動詞であり,接続法3人称単数現在の屈折形を表わしている.祈願や呪いを表わす接続法の用法ということになろう.古くは,woe のほかに well も可能で,その場合には「?に幸あれ」を意味した.
この種の表現は,古英語末期からの歴史があり,OED では worth, v. 1 の語義 1c のもとに,あるいは woe, int., and adv., n., and adj. の語義 4a のもとに,多くの表現が見つけられる.MED では,worthen (v.) の語義 2c(b) に記述がある.中英語からの例をいくつかランダムに示そう.
・ a1150(OE) Vsp.D.Hom.(Vsp D.14) 5/15: Ne wurðe þe næfre swa wa þæt þu þe ne wene betere, for þan þe se wene þe ne lætt næfre forwurðen.
・ c1275 (?a1200) Laȝamon Brut (Calig.) (1963) l. 1678 Wa worðe þan monne. þe lond haueðe mid menske.
・ (c1300) Havelok (LdMisc 108) 2221: Euere wurþe him yuel and wo!
・ c1400(?c1390) Gawain (Nero A.10) 2127: Wel worth þe, wyȝe, þat woldez my gode.
・ a1425(c1385) Chaucer TC (Benson-Robinson) 2.344-6: Wo worth the faire gemme vertulees! Wo worth that herbe also that dooth no boote! Wo worth that beaute that is routheles!
OED によると,中英語より後の時代では,16--17世紀に woe-worth のようにハイフンでつながれた形式が見られた.また,18--19世紀にはスコットランド方言などの諸方言で聞かれた.
古英語で動詞として大活躍していた weorþan が後世にはほぼ廃用となってしまった理由については,学者間で諸説紛々としている.Mustanoja (616--18) によれば,諸言語からの影響説や機能主義的な説明が紹介されているが,いまだ決着はついていない.
・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.
Chaucer の The Canterbury Tales より,The Parson's Tale を読んでいて,次の箇所で立ち止まった(Riverside版より).語り手である教区主任司祭が,呪いの悪徳について説いている箇所である.
And over alle thyng men oghten eschewe to cursen hire children, and yeven to the devel hire engendrure, as ferforth as in hem is. Certes, it is greet peril and greet synne. (l. 621)
引用の赤で強調した as ferforth as in hem is という副詞節の意味がわからない.参照した翻訳はいずれも「できる限り」と訳出しているが,なぜそのような意味が出るのかが不明だった.そこで,一緒に読んでいた仲間と考えたり調べたりしていたが,一人が,これは現代英語の as far as in me lies なる慣用表現に相当することを突き止めた.これは,"as far as lies in my power" とも言い換えられ,つまるところ "as far as I can", "to the best of my ability" ほどの意味であるということだ.大英和辞典には載っているし,『NEW斎藤和英大辞典』にも「及ぶ限り力を尽そう」に対応する I will do all that in me lies. というような類例が見つかる.ただし,Chaucer の例文に見られるような中英語の構文は,人称主語が立っておらず,非人称構文とみなすべきだろう.
OED では,lie, v.1 で語義 12c. のもとに次のようにある.初例はc1350.
to lie in (a person): to rest or centre in him; to depend upon him, be in his power (to do). Now chiefly in phr. as far as in (me, etc.) lies. Also, to lie in one's power, to lie in (or †on) one's hands.
MED では,lien (v. (1)) の語義 11(c) のもとに,"~ in, to be within the bounds of possibility for (sb., his power, his knowledge, etc.);" とある.MED から集めた関連する例文を挙げよう.lie の代わりに be が使われているものも少なくない.
・ (1433) RParl. 4.423a: My Lorde of Bedford..be his grete wisdome and manhede..hath nobly doon his devoir to ye kepyng yerof..as ferforth as in hym hath bee.
・ (1447) Reg.Spofford in Cant.Yk.S.23 290: Ye shall..trewlie serve all the kynges writtes als ferforth as hit shall be in your konnyng.
・ (?a1450) Proc.Privy C. 6.319: Ye shall swere þat, as ferforth as in you shall be, ye aswell in visityng and overseeing as in writing and subscribing of billes, the articles abovesaide and eueriche of þeim that touche ye shall trewely justely and faithfully observe.
・ a1450(?c1421) Lydg. ST (Arun 119) 2366: As ferforth as it lith in me, Trusteth right wel 3e shul no faute fynde.
・ a1500(a1450) Gener.(2) (Trin-C O.5.2) 3109: It lithe in me The Sowdon to distroye.
この前置詞 in の用法は内在・性格・素質・資格とでも呼ぶべき用法で,現代英語では次のような例文で確認される.
・ in the capacity of interpreter = in my capacity as interpreter (通訳の資格で)[ 固定リンク | 印刷用ページ ]
・ He had something of the hero in his nature. (彼には多少豪傑肌のところがあった.)
・ He doesn't have it in him to cheat. (彼は不正をするような人ではない.)
・ I didn't think he had it in him (to succeed). (彼にそんな事ができるとは思わなかった.)
・ He has no malice in him. = It is not in him to be malicious. (彼には意地悪なところがない.)
・ I have found a friend in him. (私は彼という友を見出した.)
・ Our country has lost a great scholar in Dr. Fletcher. (我が国はフレッチャー博士という大学者を失った.)
・ I have tried every means in my power. (力に及ぶ限りの手段を尽した.)
[2009-11-17-1]で非人称動詞について簡単に説明したが,今回は中英語の Chaucer に現われる非人称動詞を挙げよう.Burnley (36) のリストを再掲するが,Chaucer に用いられている非人称動詞のすべてを網羅しているわけではないので注意.中英語で初めて現われたものについては,* を付してある.
(1) used exclusively in impersonal constructions
ben lief, ben looth, *betyden, bifallen, bihoven, *happen, *lakken, listen, neden, *tyden
(2) used frequently in impersonal constructions (and also in personal constructions)
*availlen, ben, *deignen, *dremen, *fallen, forthinken, *gaynen, longen, lyken, metten, *rekken, *remembren, rewen, *seemen, *sitten, *smerten, thinken, *thurfen, thursten, *wonderen
Chaucer 以降,これらの非人称構文は形式主語 it をとる構文や人称主語をとる構文へと推移し,現代英語ではほぼ完全に衰退した.
非人称動詞は印欧語族に共通して見られるが,形式主語 it を立てる構文は比較的新しく,例えば Sanskrit 語には見られないという ( Mustanoja, p. 433 ) .it rains に対応するいくつかの言語の表現を示すと,rigneiþ (Gothic), rignir (Old Norse), pluit (Latin), llueve (Spanish) .
・ Burnley, David. The Language of Chaucer. Basingstoke: Macmillan Education, 1983. 13--15.
・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960. 88--92.
非人称構文 ( impersonal construction ) とは一言でいえば,論理的主語のない構文である.主語があるはずなのに省略されている構文ではなく,最初から主語をとらない構文のことである.非人称構文の柱となる,論理的主語を要求しない動詞のことを非人称動詞 ( impersonal verb ) と呼ぶ.
非人称動詞は,形態上は三人称単数語尾をとった.論理上の主語はないが,意味上の主語を明示する場合には,与格や対格が用いられた.また,一部の非人称動詞では,古くから形式主語 it を伴うことがあった.
非人称動詞は,古英語では約40個あり,中英語ではフランス語からの借用語が加えられて倍増した.非人称構文は,近代英語以降に衰退し,形式主語 it を用いる構文や人称構文に置換され,現代に至っている.
古英語や中英語からの例をいくつか挙げよう.(参考のため,各例文の下に対応する現代語の gloss をつけたが,多くの場合,そのままでは現代英語として非文法的である.)
(1) 天候動詞
・ þa rinde hit, and þær comon flod (OE)
"then rained it, and there came the floods"
・ norþan sniwde (OE)
"from the north snowed" ( = "it snowed from the north" )
(2) 心理動詞
・ siððen him hingrode (OE)
"afterward hungered to-him" ( = "afterward he became hungry" )
・ me ðyncð betre (OE)
"to-me thinks better" ( = "it seems better to me" )
・ me lyst rædan (OE)
"to-me pleases to-read" ( = "it pleases me to read" )
・ Hir thoughte that a lady sholde hire spare (ME)
"to-her thought that a lady should spare herself" ( = "it seemed to her that a lady should spare herself" )
(3) その他
・ me wære betra gan (OE)
"to-me were better to-go" ( = "it would be better for me to go" )
・ Hym boes serve himselve that has na swayn (ME)
"to-him behooves to-serve himself that has no servant" ( = "it behooves one that has no servant to serve himself" )
なお,現代英語にも,形式上の主語を欠いた非人称構文として化石的に残っている表現がいくつかある.
・ The opening hours are as follows: . . . .
・ As regards the point you've just made, . . . .
・ I will act as seems best.
・ Methinks you're changed so much.
・安藤 貞雄 『英語史入門 現代英文法のルーツを探る』 開拓社,2002年.106--08頁.
・橋本 功 『英語史入門』 慶應義塾大学出版会,2005年. 171--73頁.
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