昨日の記事[2009-11-19-1]の続編.great や steak がGVS で一段しか上昇しなかったのはなぜか.決定的なことはよく分からないが,気になる説が一つある.
Samuels (152) によれば,/ɛ:/ から二段上昇した /i:/ は "smallness, daitiness, politeness, dexterity" を示唆するのに対し,一段しか上昇しなかった /e:/ は "size, expanse, tangibility, grossness" を示唆するという.この場合の「示唆」とは,音から連想されるイメージのことを指し,専門的には phonaesthesia と呼ばれる.この連想は人類普遍的なものというよりは,特定の言語における慣習的なものととらえるべきだろう.phonaesthesia は次のように定義される.
a phenomenon whereby the presence of a particular phonological component seems to correspond regularly --- though not consistently --- to one particular semantic component (Smith 9)
Samuels が /i:/ の音と "smallness, daitiness, politeness, dexterity" のイメージを phonaesthesia として重ね合わせているのは,例えば次のような語群に支えられるがゆえである.
cleat, feat, fleet "nimble", greet, meet "fitting", neat, pleat, sweet, teat, treat
同様に,/e:/ (後の /eɪ/ )の音と "size, expanse, tangibility, grossness" のイメージを phonaesthesia として重ね合わせているのは,例えば次のような語群に支えられるがゆえである.
bait, bate "strife", crate, eight, fate, freight, gate, grate, hate, pate, plate, prate, rate, sate, skate, slate, state, straight, weight
もちろん,上記の対になった二種類の phonaesthesia に例外の少なくないことは Samuels も認めている.しかし,後者の phonaesthesia により great の発音に一つの説明が与えられることは魅力的である./i:/ の「小さくて繊細な」イメージに対して /e:/ の「大きくて粗野な」イメージは,great のみならず break や steak をも説明しうるのではないか.
Samuels の説は確かに珍説かもしれないが,そのお弟子さんである Smith (12) は熱烈に支持している.そして,その Smith 先生に教えを受けた筆者も・・・やはり支持したい.
・Samuels, M. L. Linguistic Evolution with Special Reference to English. London: CUP, 1972.
・Smith, Jeremy J. "Phonaesthesia, Ablaut and the History of the English Demonstratives." Medieval English and its Heritage. Ed. Nikolaus Ritt, Herbert Schendl, Christiane Dalton-Puffer, and Dieter Kastovsky. Frankfurt am Main: Peter Lang, 2006. 1--17.
昨日の記事[2009-11-18-1]で大母音推移 ( Great Vowel Shift ) の概要を説明した際に,eat は /ɛ:t/ -> /e:t/ -> /i:t/ と二段階上昇したと述べた.一般に,GVS の前の時代に <ea> という綴りで示されていた音は /ɛ:/ であり,GVS の過程では一段ずつ時間をかけて上昇していったとされている.結果として,現代英語の <ea> は原則として /i:/ に対応することとなった.
beat, clean, deal, eat, feat, heal, jeans, leave, mean, neat, pea, seam, teach, veal, weak, yeast, zeal
ところが,多数ある <ea> をもつ語群のなかには,GVS の過程で一段階しか上昇しなかった少数の変わり者が存在する./ɛ:/ -> /e:/ で止まり,のちに /eɪ/ となったものである.
break, great, steak, yea; Reagan, Yeats
英語史の大きな謎である GVS においては,このような例外が契機となり,次々と疑問が生じてくる.そもそも,なぜ前舌母音の /ɛ:t/ だけが二段階上昇したのだろうか? そして,なぜ一段階しか上昇しない語群があるのだろうか?
疑問は単純には解けないが,一つ前提として理解しておくべきことがある.GVS などの音声変化を含め,多くの言語変化は,語彙の全体にわたって一気に進行するものではなく,語彙を縫うようにして徐々に進行する傾向があることである.言語変化は徐々に進行するという説は語彙拡散 ( Lexical Diffusion ) と呼ばれ,近年,研究が盛んになってきている.この語彙拡散によれば,言語変化の過程のある時点を考えるとき,すでに言語変化を経た語群と,まだ経ていない語群とが混在していることは当然のごとく予想される.短期間のうちに台風のように過ぎ去る言語変化ならともかく,優に300年もかかった GVS などの息の長い言語変化においては,変化を経ていない語群の一部が,変化の規定のレールから逸脱して「妙な行動を起こす」可能性が高まる.かかる時間が長ければ長いほど,言語変化が芸術的な美しさをもって完了する可能性は低い.
また,GVS が起こっていた1400?1700年という時期は,地方からロンドンへの人口流入が著しく,標準英語揺籃の首都は方言のるつぼだった.方言ごとに GVS の進行度合いはまちまちであり,そうした方言を引き下げて人々はロンドンに集結し,言語的にも激しく混交したのであるから,「ある時点におけるロンドンの標準英語の GVS の進行度合い」を正しく判定することがいかに困難であるか,想像できるだろう.
上記のような理由で,GVS に break や great のような例外的な語類が散見されるとしても不思議はない.いまもって決定的なことはよくわからないが,一つ示唆的なのは Reagan /reɪgən/ や Yeats /jeɪts/ など,人名にこの例外が見出されることである.Beatty という名前にも,/bi:ti/ のほか /beɪti/ という発音がありうる.二段上昇した /i:/ よりも一段しか上昇しなかった /e:/ のほうが "polite" な発音だったという知見もあり ( Gelderen 163 ),少数の人名に例外が見られるという事実と考え合わせて意味深長ではある.
ちなみに,great については18世紀には /gri:t/ と二段上昇した発音のほうが一般的だったというから,歴史は余計に複雑である.やはり GVS は英語史の大きな謎である.
・Gelderen, Elly van. A History of the English Language. Amsterdam, John Benjamins, 2006. 163.
英語史のなかで最も著名なトピックと思われる大母音推移 ( Great Vowel Shift ) について.GVS はこれまで何十年にもわたって注目され,研究され続けているテーマだが,いまだにその過程や原因について不明な点が多く,英語史最大の謎といってよいかもしれない.大きなトピックなので,今日はひとまず標準的な説明を.
GVS とは,英語の強勢のある長母音に対して体系的に生じたとされる音声変化である.5W1H で要点をまとめると以下のようになる.
What | 大母音推移 |
When | およそ1400年?1700年 |
Where | 当時英語の話されていたブリテン島内全域で,異なるタイミング,スピード,一貫性で生じた |
Who | 各方言話者 |
How | 強勢のある長母音が一段あるいは二段,上昇した |
Why | push chain? drag chain? 社会言語学的な動機付け? |
語 | GVS 前の発音 | GVS 後の発音 | PDE の発音 |
---|---|---|---|
find | /fi:nd/ | /fəɪnd/ | /faɪnd/ |
keep | /ke:p/ | /ki:p/ | /ki:p/ |
eat | /ɛ:t/ | /e:t/ -> /i:t/ | /i:t/ |
name | /na:m/ | /nɛ:m/ | /neɪm/ |
goal | /gɔ:l/ | /go:l/ | /goʊl/ |
food | /fo:d/ | /fu:d/ | /fu:d/ |
house | /hu:s/ | /həʊs/ | /haʊs/ |
アルファベットの第21文字 <U> は /yu:/ と発音され,しばしば電子メールなどで二人称代名詞 you の省略として用いられる.だが,多くの大陸ヨーロッパ諸語を参照すればわかるとおり,本来の発音は /u:/ である.古英語でも /u:/ と発音された.それが,現代英語で /yu:/ と発音されるようになったのはなぜだろうか.
説明を始める前に,前提として押さえておきたいことが一つある.綴字と発音はそれぞれ別個の存在であり,独立して発展し得るということである.両者のあいだには確かに緩い結びつきはあるが,絶対的なものではない.綴字も発音も,時にタッグを組む相手を変えることがある.この前提を踏まえた上で,< > で表記される綴字と / / で表記される発音を区別して考えてゆく.
古英語では語の中で <u> という綴字は /u:/ という長母音を表した(本記事では話しを単純化するために短母音については触れないこととする).例えば,hus "house" や mus "mouse" と綴って /hu:s/ や /mu:s/ と発音された.ここで,対応する現代英単語をみてみると,発音は /u:/ → /aʊ/ と変化しており,綴字は <u> → <ou> と変化していることに気づく.
まずは,発音の変化をみてみよう.これは初期近代英語期を中心に起こった大母音推移 ( Great Vowel Shift ) に起因する./u:/ の発音はこの体系的な母音変化により,最終的に軒並み /aʊ/ へと二重母音化した.古英語の /hu:/ は現代の /haʊ/ "how" へ,/ku:/ は /kaʊ/ "cow" へ,/u:t/ は /aʊt/ "out" へと,それぞれ変化した.
次に,綴字の変化をみてみよう.こちらの変化は中英語期にもたらされた.古英語で /u:/ の発音は,<u> の綴字と結びつけられていたが,中英語期にフランス語の綴字習慣に影響を受けて,/u:/ の発音は <ou> の綴りと結びつけられるようになった.いわばフランスのファッションに飛びついて,/u:/ がタッグを組む相手を <u> から <ou> へと変えたのである.<u> という綴字にしてみれば,/u:/ に捨てられたわけで,いまや新しい伴侶を探す必要に迫られた.だが,この問題は,再度フランス語の綴字習慣のおかげですぐに解決された.フランス語では <u> は /y:/ の発音に対応しており,英語はこの発音を含む大量のフランス語をそのまま借用したので,フランス語の綴字習慣をそのまま受け継げばよかったのである.フランス語の /y:/ の発音は,英語に入ってから /ju:/ へと変化して現代に伝わり,huge, mute, future, cure などのフランス借用語にて確認できる.このようにして,中英語期に「<ou> = /u:/」「<u> = /y:/」という二つの新しいマッチングがフランス語の影響のもとに確立したのである.
さて,本題のアルファベットの文字としての <U> の話しに戻ろう.古英語では <u> は /u:/ とタッグを組んでいたが,上述のとおり,中英語期に /u:/ はタッグを組む相手を <ou> に変えてしまい,取り残された <u> は新しく /y:/ に対応することになった.しかし,あくまでこれは単語の中での <u> の話しであり,ひとかどのアルファベットの文字たる <U> が,フランス語の流行という理由だけで,発音すらも従来の /u:/ から /y:/ へと変えたわけではない.アルファベットの文字としての <U> の発音は,あくまで従来の /u:/ が続いていたはずである.そもそも音としての /u:/ が /aʊ/ へと変化したのは先にも述べたように初期近代英語になってからの話しで,一般に中英語では古英語の /u:/ は変わらずに残っている.
とはいえ,中英語期にフランス語の影響によってもたらされた「<ou> = /u:/」「<u> = /y:/」という新しいマッチングが根付いてくると,<U> と書いて /u:/ と読み続けることに違和感がつきまとうようになる.マッチングの変更を余儀なくされる場合,綴字は固定で発音が変化するパターンと,発音が固定で綴字が変化するパターンがあり得るが,問題になっているのは他ならぬアルファベットの文字(綴字)である.綴字を変えるという選択肢はあり得ない.よって,発音の方を変えるということになるが,その候補は,やはりフランス語から渡来した /y:/ の伝統を引く /ju:/ だった.こうして,「<U> = /ju:/」のマッチングが16世紀以降に定着し,現代に至った.
フランス語の影響がなければ,今頃 <U> は /aʊ/ と発音されていたことだろう.アルファベットの一文字にも,フランス語が英語史に落とした深い影をうかがうことができる.
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