イギリスには borough (要塞;市,町)のつく地名が多い.Scarborough, Peterborough,そしてロンドンの観光地にもなっている市場 Borough Market のなかでは独立した1語として用いられている.語源としては,ゲルマン祖語の強変化女性名詞 *burg-s に遡り,「避難する」を意味する動詞 *berg-an と語根を共有するとされる.そこから「砦,城」さらには,その周辺に広がる「市,町」へと語義が発展したのだろう.ゲルマン諸語に同根語がみつかり,古英語では burg, burh などの形で文証される.現代イギリス英語での発音は,単体では /ˈbʌrə/ となるが,地名要素の一部となる場合には /-brə/ と1音節になる.
ゲルマン諸語まで話しを広げず,英語内部の歴史に限っても,この語には異形・異綴字が非常に多い.各地で地名要素として埋め込まれることが多いので方言形が発達しやすく,また固有名詞の常として,とりわけ地元の人々の口にのぼる頻度が高いために省略形が生まれやすいのだ.歴史を通じて,多様な形で行なわれてきており,予想されるとおり中英語での綴字は百花繚乱である.
初期近代に入ると burrough の綴字がいったん優勢となったが,後にイングランドやアイルランドでは borough が標準化し,スコットランドでは burgh が定着した (ex. Edinburgh) .一方,スコットランドでは burgh に加えて,broch, brogh, brough のような1音節の形態も見られる.これは同根の古ノルド語の形態 borg の音位転換を経た形態で,スコットランドでは軟口蓋無声摩擦音を伴って /brox, brʌx/ などと発音される.スコットランド北東部の町 Fraserburgh を訪れたとき,地元ではその町が the Broch と呼ばれていることを知った.
古英語 burg/burh に話を戻そう.この語は古英語においては子音幹女性名詞であり,単数の属格・与格および複数の主格・対格にて,いわゆる i-mutation の効果が見られる.例えば地名として前置詞の後ろに現われやすい単数与格は byrig となる.y が出てくるとなれば,中英語では方言に従ってさらにこの母音が変異する.典型的には,イングランドの北部・東部では biri, 西部・南部では buri, 南東部では berie といった具合だ.結果として,現代でも各地の地名のなかに,こうした異形が分布していることになる.
さらに,異形から発達して独立した別の語となったとおぼしき burrow (ウサギの穴;隠れ場),やはり同根のフランス借用語 bourgh (市場町)も,この混乱に拍車をかける.
おかげで,Edinburgh や Peterborough を綴ろうとするとき,いつも悩むことになる.米国では Pittsburgh か Pittsburg かをめぐる綴字論争があったことも思い起こされる.
OED の borough/burgh と MED の burgh に列挙されている異綴字をざっと取り出してみたところ,以下の80種類の綴字が得られた.これはあくまで控えめな数字である.調べれば他の綴字も掘り出せるだろう.516通りの through と似た状況であることは,決して驚くことではない.
beri, berie, beri3, biri, bor3, bor3e, birie, borc-, bord-, boreg-, boret-, borewe, borgh, borghe, borh, borogh, borou, borough, boroughe, borowe, borowgh, borrough, borrowe, bort-, boru, boru3, borugh, borughe, borw, borw3, borwe, borwgh, bour3, bourg, bourgh, bourh, broch, brog-, brogh, brough, browch, browght, bruch, brugh, brughe, brught, bur3, bur3e, burc, burch, burcht, buregh, bureh, burehg, burewe, burg, burg-, burge, burgh, burghe, burh, buri, burie, burow, burowe, burrh, burrough, burrow, burrowe, burrowghe, burug, buru3, buruh, burw, burwe, burwgh, burwhe, bwrch, byrg, byrig[ 固定リンク | 印刷用ページ ]
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