hellog〜英語史ブログ

#124. 受験英語の文法問題の起源[prescriptive_grammar][history]

2009-08-29

 現代の学校英文法で扱われる典型的な注意を要する事項に以下のようなものがある.

 ・自動詞 lie と他動詞 lay の区別をつけるべし
 ・which の所有格として whose を用いるべからず
 ・it is me ではなく it is I とすべし
 ・文末に前置詞を置くべからず
 ・二つ以上のもののあいだには between を,三つ以上のもののあいだには among を使うべし
 ・the oldest of the two ではなく the older of the two とすべし
 ・二重否定は使うべからず
 ・to fully understand などの「分離不定詞」は使うべからず

 こうした「べき・べからず集」はどのようにして生まれたのだろうか.こうした慣例は,あるときに自然発生的に生まれ,慣例として守られてきたということなのだろうか.
 いや,そうではない.これは,ほんの250年ほど前,18世紀の規範文法家 ( priscrictive grammarians ) たちが理屈をこねて作り上げたきわめて人工的な規則である.実はそれほど説得力のある理屈があるわけではなく,いってしまえば当時権威のあった文法家たちの個人的な嗜好にすぎない.それが不思議なことにその後も尊重され続け,現代の学校英文法の現場でも生きているというのが現状である.
 生きているというのは生やさしい.受験生はこの「べき・べからず集」に生殺与奪の権を握られているといっても過言ではない.しかし,われわれが覚えさせられててきたこうしたがちがちの学校英文法が,実は18世紀の数名の規範文法家によって人為的に作られたことを知ってしまうと,受験生の頃のあの努力はなんだったのかと思わざるをえない.ある意味では,相当に不毛な勉強をしてきたともいえる.だが,こうした規範文法は,英語を学習する外国人のみならず,英語母語話者の英語観にもいまだ深く根付いているので,問題は単純ではない.
 18世紀は秩序と規範を重んじる時代で,the Age of Reason 「理性の時代」と呼ばれた.文法規則こそが言語を支配するのだという文法先行の発想で,規範文法書が続々と出版された.特に影響の大きかったのは1762年に出版された Robert Lowth 著の A Short Introduction to English Grammar である.世紀の終わりまでに22版を重ねたというから,絶大な人気ぶりである.
 規範文法ができあがった18世紀より前の英語の慣用では,上記の文法事項はいずれも普通におこなわれていたことは覚えておいてよい.これで,受験英語問題で間違えたときに「18世紀より前の英語では許されたんだけどね」と軽く受け流すことができる(かもしれない).

 ・ヤツェク・フィシャク 『英語史概説---第1巻外面史』 小林 正成,下内 充,中本 明子 訳.青山社,2006年.180--188頁.

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#301. 誤用とされる英語の語法 Top 10[prescriptive_grammar]

2010-02-22

 1986年,BBC Radio 4 シリーズの English Now で視聴者アンケートが行われた.もっとも嫌いな文法間違いを三点挙げてくださいというものだ.集計の結果,以下のトップ10ランキングが得られた ( Crystal 194 ).

 (1) between you and I : 前置詞の後なので I でなく me とすべし.
 (2) split infinitives : 「分離不定詞」.to suddenly go など,to と動詞の間に副詞を介在させるべからず.
 (3) placement of only : I saw only Jane の意味で I only saw Jane というべからず.
 (4) none + plural verb : None of the booksare でなく is で受けるべし.
 (5) different to : different from とすべし.
 (6) preposition stranding : 「前置詞残置」.That was the clerk I gave the money to のように前置詞を最後に残すべからず.
 (7) first person shall / will : 未来を表す場合には,I shall, you will, he will のように人称によって助動詞を使い分けるべし.
 (8) hopefully : 文副詞としての用法「望むらくは」は避けるべし.
 (9) who / whom : 目的格を正しく用い,That is the man whom you saw とすべし.
 (10) double negation : They haven't done nothing のように否定辞を二つ用いるべからず.

 20年以上前のアンケートだが,現在でもほぼこのまま当てはまると考えてよい.なぜならば,上記の項目の多くが19世紀,場合によっては18世紀から連綿と続いている,息の長い stigmatisation だからである.(8) などは比較的新しいようだが,他の掟は長らく規範文法で「誤り」とのレッテルを貼られてきたものばかりである.たとえ順位の入れ替えなどはあったとしても,20年やそこいらで,この10項目がトップクラスから消えることはないだろう.規範文法が現代標準英語の語法に大きな影響を与えてきたことは事実だが,一方でいくら矯正しようとしても数世紀にわたって同じ誤りが常に現れ続けてきた現実をみると,言語の規範というのはなかなかうまくいかないものだなと改めて考えさせられる.

Though the grammarians indisputably had an effect on the language, their influence has been overrated, since many complaints today about incorrect usage refer to the same features as those that were criticised in eighteenth-century grammars. This evident lack of effect is only now beginning to draw the attention of scholars. (Tieken-Boon van Ostade 6)


 関連する話題としては,[2009-08-29-1], [2009-09-15-1]も参照.

 ・Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 1997.
 ・Tieken-Boon van Ostade, Ingrid. An Introduction to Late Modern English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2009.

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#549. 多重否定の効用[negative][prescriptive_grammar][chaucer]

2010-10-28

 [2009-08-29-1], [2010-02-22-1]で触れたように,現代英語では(歴史的には18世紀の規範文法成立以来)二重否定あるいは多重否定は,規範文法の名の下に最も厳しく非難される「誤用」の1つである.厳しく非難されるのは,逆にいえば実際にはよく用いられるからであり,非標準変種では世界中でごく普通に聞かれる.
 多重否定に対する論説はそれ自体に長い歴史があり,批判であれ擁護であれ,論説そのものがおもしろい.典型的な批判としては,マイナスにマイナスを掛けたらプラスになってしまうから否定の強調としての二重否定は論理的に誤謬だというものがある.Cheshire (114--15) は論理学に訴えるこのような批判を逆手に取り,量化の概念を含んだ論理学はもっと精緻であり,それによればマイナス×マイナス=プラスという単純な帰結にはならないと反駁する.
 ここでは,多重否定の効用を2点指摘したい.論じるに当たって,最近 Chaucer を読みながら出会った "The Physician's Tale" (ll. 133--34) の多重否定の例文を示そう(引用は The Riverside Chaucer より).当時は多重否定は日常茶飯事であり,現在のように「誤用」として非難されることはなかった.

For certes, by no force ne by no meede,
Hym thoughte, he was nat able for to speede;


 悪徳判事 Apius が美貌と美徳の娘 Virginia を見初め,何とかこの娘を手に入れられないかと思案する場面である.ここでは,Apius は力ずくでも賄賂によっても成功しないだろうと考えている.no, ne, no, nat と4つの否定辞が立て続けに現われており,典型的な多重否定の構文である.
 さて,この場面での多重否定の2つの効用とは何だろうか.1つ目は,否定辞を複数用いることによって否定が強調されていることである.この構文の表わす意味が論理的に否定か肯定かということとは別次元で,繰り返し否定辞が使われているのだからそれだけ否定が強調されているのだという文体的な効用を評価することができる.
 2つめの効用は,否定辞を特定の箇所にちりばめることで,否定の作用域 ( scope ) が明確になることである.上の例文でいえば,noforcemeede の両方に前置されているので,ちょうど現代英語の neither ... nor ... の構文と同等で,「力ずく」でもだめだし「賄賂」でもだめだということがはっきりする.もし否定辞を用いずに by force or by meede などとなっていたら,現代英語の either ... or ... の構文と同等で,「力ずく」か「賄賂」かのどちらかでは成功しない,どちらかうまくいく方を慎重に選ばなければならない,という読みが文法的に可能になり,解釈に曖昧さを与えかねない.通常は文脈によって曖昧さは回避されるだろうが,構文として両義性を回避できる術があるならばそれに越したことはない.上で論理に訴える典型的な多重否定への非難を見たが,皮肉なことに多重否定を用いることでむしろ論理的な関係が明示されることがあるという例である.
 否定の論理ではなく,否定の強調と結束を全面に打ち出しているのが中英語や現代非標準変種の多重否定の特徴と言えよう.Burnley が次のようにまとめている.

If we consider this duplication of negators from the point of view of the addressee of an utterance, this apparently redundant repetition can be seen as 'negative support', since each negating item is mutually supportive of the others in clarifying the total negative character of the clause. ( 60 )


 上記の2つの効用にもう1つ付け加えるのであれば,l. 133 は否定辞を配することによって弱強五歩格 ( iambic pentameter ) の韻律を整えているという点も指摘できよう.
 多重否定が非難され続けて数世紀.それにもかかわらず非標準変種でいまだに一般的であるということは,規範を押しつけることの限界のみならず,多重否定の効用をもひそかに物語っているのかもしれない.

 ・ Cheshire, Jenny. "Double Negatives are Illogical." Language Myths. Ed. Laurie Bauer and Peter Trudgill. London: Penguin, 1998. 113--22.
 ・ Burnley, David. The Language of Chaucer. Basingstoke: Macmillan Education, 1983. 13--15.

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