Morris の英語史の六区分[2009-12-18-1]は一般には広まらなかった.英語史の時代区分について後世に強い影響力を及ぼしたのは,Sweet だった.Sweet は1871年,従来の Anglo-Saxon に代えて Old English という呼称を導入した.
I use 'Old English' throughout this work to denote the unmixed, inflectional stage of the English language, commonly known by the barbarous and unmeaning title of 'Anglo-Saxon' (v, n. 1)
Old English という呼称の確立によって,Old English, Middle English, Modern English という三区分が不動のものとなった(Sweet, Grammar §594) .これが現在にまで伝わる "canonical" な英語史の時代区分である.その特徴は以下の如くである.
Old English: "period of full endings" (e.g. mōna, sunne, sunu, stānas).
Middle English: "period of levelled endings" (e.g. mōne, sunne, sune, stōnes).
Modern English: "period of lost endings" (moon, sun, son, stones).
こうして,英語史の時代区分は再び "triadomany" の伝統へと回帰したのである.
・Lass, Roger. "Language Periodization and the Concept of 'middle'." Placing Middle English in Context. Eds. Irma Taavitsainen, Terttu Nevalainen, Päivi Pahta and Matti Rissanen. Berlin and New York: Mouton de Gruyter, 7--41. esp. Pages 14--16.
・Sweet, Henry. King Alfred's West-Saxon Version of Gregory's Pastoral Care. EETS os 45. London: OUP, 1871.
・Sweet, Henry. A New English Grammar, Logical and Historical. Vol. 1. Introduction, Phonology, and Accidence. Oxford: Clarendon, 1891.
19世紀後半には,英語史の新しい時代区分が何度か試みられた.そのうちの一つが,Morris (48--56) の五区分(実質的には六区分)案である.ここでは Grimm 以来の "triadomany" の呪縛から解き放たれている.Morris は各区分に呼称をあてがうのを避け,数字で順番付けた.Morris の提案で注目すべきは,言語的な基準による区分を試みたことである.以下は,Morris の区分を Lass (15) が要約したものである.
Period | Range | Defining Characters |
---|---|---|
1st Period | 450--1100 | "Synthetic" rather than analytic, gender, noun declension, infinitive in -an, past participle prefix ge-, etc. |
2nd Period | 1100--1250 | Final -a, -o, -u levelled in -e, article > þe, -es plurals begin to substitute for weak -en; "confusion" in gender leading to some merger, loss of infinitive -n. |
3rd Period | 1250--1350 | Still some article inflexions, increasing gender confusion, -en/-es often "indiscriminately" in noun plurals, loss of dual, present participle in -inge. |
4th Period | 1350--1460 | Ic(h) > I, dative and accusative pronouns merge in old dative (him/hine > him, etc.), loss of infinitive marker, rise of they, their, them |
5th Period (1) | 1460--1520 | None are given. |
5th Period (2) | 1520--Present | None are given. |
[2009-12-15-1], [2009-12-16-1]で見たように,Grimm によってドイツ語史に当てはめられた三区分の原則は,英語史にも波及することになった.だが,それ以前にも,英語の古い段階を指す呼称は存在していた.16,17世紀に古い英語に対する関心が喚起されたとき,人々は今でいう古英語を指して Anglo-Saxon 「アングロサクソン語」と呼んだ.この呼称は現代でもときどき聞かれる.次に Anglo-Saxon と言い切るにはあまりに言語的に異なっており,かといって近代期の英語とも異なっている段階の英語を指す,範囲の曖昧な呼称として Semi-Saxon が用いられた.
16,17世紀以来,Anglo-Saxon と Semi-Saxon という時代区分の呼称が長らく使われてきたが,1839年に Wright が Middle English という用語を新たに導入した.Wright のいう Middle English は,現在 Middle English として理解されている時代の後期を指していたようである.
The form of our language during the twelfth and the first half of the thirteenth century is generall termed Semi-Saxon; from that period to the time of the Reformation it has received from modern philologists the name of Middle English (Wright 107 cited in OED, s.v. English B. sb. 1a).
こうして Anglo-Saxon, Semi-Saxon, Middle English という時代区分の呼び名が用いられたが,早くも19世紀後半には別の時代区分が次々と提案されることとなった.
・Lass, Roger. "Language Periodization and the Concept of 'middle'." Placing Middle English in Context. Eds. Irma Taavitsainen, Terttu Nevalainen, Päivi Pahta and Matti Rissanen. Berlin and New York: Mouton de Gruyter, 7--41. esp. Page 14.
・Wright, Thomas. Literature and language under the Anglo-Saxons. 1839.
昨日の記事[2009-12-15-1]で,Grimm が言語史の時代区分における "triadomany" の嚆矢だったことに言及した.彼によりドイツ語史が Old High German, Middle High German, New High German へ三区分される伝統が確立したが,ここには,単に三つの時代が時系列に沿って並列されたということ以上に,重要な言語変化に関する含みがあった.それは,言語変化は方向性 ( directionality ) をもっており,その変化の速度は時代が進むにつれて遅くなってきているという主張である.Grimm の弟子の一人である Förstemann は次のように述べている.
die Veränderung der deutschen Sprache zwischen dem 9. und 13. Jarhundert durchschnittlich eine etwa dreimal so große Schnelligkeit besessen hat als zwischen dem 13. und 19. Jahrhundert, daß also das Sprachleben in jener Zeit etwa dreimal so stark war als in dieser. (84)
平均すると 9 -- 13 世紀の言語変化は 13 -- 19 世紀の言語変化よりも3倍速く,後者は現代の言語変化よりも3倍速いということになる.ここにも「三倍」が現れており,"triadomany" の気味が濃厚である.そもそも言語変化のどの側面を比べて三倍なのか,言語変化の速度を数値化できるのか,いろいろと疑問が生じる.だが,ここで何よりも重要なのは,Grimm にせよ Förstemann にせよ,言語変化の方向性を前提としていることである.言語変化の速度を考慮している以上,ある方向に動いているということが前提にあるはずである.
だが,言語変化はある一定の方向に進む ( unidirectional ) ものなのだろうか? ここには,言語変化論の大きな問題が含まれている.
・Lass, Roger. "Language Periodization and the Concept of 'middle'." Placing Middle English in Context. Eds. Irma Taavitsainen, Terttu Nevalainen, Päivi Pahta and Matti Rissanen. Berlin and New York: Mouton de Gruyter, 7--41. esp. Page 13.
・Förstemann, Ernst. "Über die numerischen Lautverhältnisse im Deutschen." Germania: Neues Jahrbuch der Berlinischen Gesellschaft für deutsche Sprache und Alterthumskunde 7 (1846): 83--90.
[2009-10-02-1]の記事でアメリカ英語の歴史の三区分を紹介したときに,「言語史家を含め,歴史家は三区分するのが好きなようで」あり,三区分は「言語の進化を強く意識した19世紀のモダニズム的発想」であると述べた.(イギリス)英語史も慣習的に Old English, Middle English, Modern English ( Present-day English を含めて )と三区分されるし,三区分の背景には何かがありそうである.Lass が "triadism" 「三区分主義」あるいは "triadomany" 「三区分病」と呼んでいる考え方が,どのように言語の時代区分の議論に入り込んできたかを考えてみたい.今後数回の記事は Lass の論文に沿った要約ノートの体裁になると思われるので,先に断っておく.
"triadomany" の開始は,ゲルマン比較言語学の大家 Jacob Grimm に帰せられる.グリムの法則(grimms_law)で有名なこのドイツのロマン主義者は,Gesetz der Trilogie 「三部作の法則」の信奉者であり,ドイツ語の歴史を Althochdeutsch "Old High German" , Mittelhochdeutsch "Middle High German", Neuhochdeutsch "New High German" と三区分した.この考え方が,英語を含む他のゲルマン諸語にも適用された.
Grimm (274) は,言語史の時代区分のみならず,言語そのものに「三つ組」が満ちていると考えた.
性 | 男性 | 女性 | 中 |
数 | 単数 | 双数 | 複数 |
人称 | 一人称 | 二人称 | 三人称 |
態 | 能動態 | 中動態 | 受動態 |
時制 | 現在 | 過去 | 未来 |
絮???? | a-stem | i-stem | u-stem |
アメリカ英語の歴史は,当然のことながらイギリス英語の歴史よりもずっと短い.
英国人によるアメリカへの最初の本格的な植民は,1607年に南部の Virginia において始まった.その町は,当時の国王の名にちなんで Jamestown と名付けられた.1607年という年は,英語史的には英語がアメリカへ持ち込まれた年ということになり,新たな時代の幕開けとして重要なポイントである.
以降,約400年にわたって,アメリカ英語はイギリス英語に対して,ときには寄り添い,ときには距離をおきながら,言語的な発展を遂げてきた.アメリカ英語400年の歴史は,およそ以下のように時代区分できる.
(1) 第一期 ( 1607 -- 1790 )
アメリカ英語の形成期.イギリス英語の諸方言が大西洋岸の諸州に持ち込まれ,アメリカ英語の基盤が作られた.植民者の出身地,植民のパターン,人的混交により,おおまかにいって,大西洋岸に沿って南部,北部,中部の三方言が区分される.1776年の独立宣言が最終的に全州に批准された1790年をもって,植民地時代の英語は終了する.
(2) 第二期 ( 1790 -- 1920 )
アメリカ英語の成長期.1861--65年の南北戦争を境に前期と後期に分けられる.この時期は,アメリカの独立意識の高まり,領土の拡大,西部開拓,大量の移民の流入などによって特徴づけられ,アメリカ英語が以前よりも明確に独自路線を歩み出した時期である.前期にはドイツやアイルランドからの移民が,後期には北欧,中欧,南欧からの移民が大量にアメリカに押し寄せた.こうした多民族の混交により,中部方言を基盤とした混合英語が,アメリカ内に広がっていった.また,独立による自国意識の高まりから,イギリス英語と一線を画する変種としてアメリカ英語が存在感を示すようになった.
(3) 第三期 ( 1920 -- 現在 )
アメリカ英語の拡大期.第一次大戦後のアメリカは,本国イギリスを抑え,超大国となった.政治,経済,文化など多くの分野で世界をリードする役割を担うようになり,それに伴ってアメリカ英語が世界に拡散した.現在では,イギリス英語にも影響を及ぼす強大な変種となっている.
(イギリス)英語の時代区分を思い出してみると,449年から始まった古英語期,1100年頃から始まった中英語期,1500年以降の近代英語期と,大きく三つの時期が設定されるのが慣習である.(1900年以降を特に現代英語と分ける場合には四つの時期となる.)
興味深いのは,アメリカ英語の歴史は400年ほどに過ぎないわけだが,同じように三期に分割されていることである.古代,中世,近世(そして現代)という分け方もそうであるが,言語史家を含め,歴史家は三区分するのが好きなようである.イギリス英語史なり,アメリカ英語史なり,三区分の内容をみてみると,いかにも hop, step, jump のパターンに従っているように見え,意味深長である.言語の進化を強く意識した19世紀のモダニズム的発想といえるだろう.
・松浪 有 編,小川 浩,小倉 美知子,児馬 修,浦田 和幸,本名 信行 著 『英語の歴史』 テイクオフ英語学シリーズ1,1995年,大修館書店.134--38頁.
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