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#6322. スコットランドの入り口,駆け落ち婚の名所 Gretna Green のトイレ[onomastics][tabihel][semiotics][semantics][sociolinguistics][voicy][heldio]

2026-08-18


Gretna_Green_notice.jpg



 先日,イギリスを旅する機会があり,イングランドからスコットランドへと北上するルートをたどりながら「旅hel」 (tabihel) を実践してきました.その道中,イングランドとスコットランドの国境を越えてすぐの場所にあるスコットランド側の村,Gretna Green に立ち寄りました.スコットランドの玄関口に位置する村です.
 この村にある観光スポット Gretna Green Famous Blacksmiths Shop を訪れた際,立ち寄ったトイレの男女別表示に目が留まりました.通常の MenWomen などではなく,Groom (花婿)と Bride (花嫁)という文字で案内されていたのです.周囲にピクトグラムはなかったように思うのですが,いずれにせよこの単語の綴字が目に飛び込んできたため,「おや,どっちがどっちだったっけ」と一瞬考えつつ,正しく Groom のほうへ入りました.なぜこのような表示がなされているのでしょうか.
 その背景には,Gretna Green のユニークな歴史があります.1754年,Lord Hardwicke's Marriage Act (ハードウィック卿の結婚条例) が施行されました.これにより,イングランドおよびウェールズでは21歳未満の若者が親の承諾なしに結婚することが法的に厳しく制限されることになりました.ところが,国境を越えた北側のスコットランドでは婚姻に関する法律が緩やかで,若者同士の結婚が可能だったのです.
 そこで,イングランド側で若いカップルたちが国境を目指して北上し,最初に到達する村である Gretna Green へと駆け落ちして結婚の誓いを立てるようになりました.こうして,この村は「駆け落ち婚の名所」,ひいては「愛の聖地」として定着していったのです.村の鍛冶屋が金床を打って結婚式を取り仕切ったということです.
 現在でも多くの観光客やカップルが訪れる名所となっているようです.私が訪れたときにも,結婚式を終えたとおぼしき1組のカップルが芝生で写真を撮っていました.「愛の聖地」として,日本でも見られるようなラックに南京錠がぎっしりとかけられていました.


Gretna_Green_locks.jpg



 トイレの男女別表示における言語表現という点では,8月13日に heldio/helwa のコアリスナーである Grace さんが note 記事「どちらに入るか、それが問題だ。」で,日本料理のお店のトイレの表記「花子/太郎」を取り上げ,その記号論的な効果を考察されていました.固有名詞論 (onomastics) の観点からいえば,固有名詞それ自体には指示対象があるのみで記述的な意味論的意味はないと説明されるのが一般的ですが,一般名詞化して男性や女性を代表する記号として用いられると,文化的な連想や雰囲気を喚起する connotation を帯びるようになる,という点を指摘した,洞察に富む論考でした.
 今回の GroomBride の場合,単語そのものはもとより一般名詞ですが,通常の Men / Women の代わりに用いられることで,Gretna Green という土地の歴史的文脈を鮮やかに浮き彫りにする記号として機能しています.名詞の選択ひとつに,その土地の歴史が巧みに織り込まれている好例といえます.
 なお,本件については Voicy heldio にて「#1904. 駆け落ち婚の名所 Gretna Green のトイレの話し」「#1905. wedlock 「結婚」の lock は「錠前」か?」で,関連する話題をお話ししていますので,ぜひそちらもお聴きください.

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