hellog〜英語史ブログ

#704. brethren and sister(e)n[plural][analogy][ame][i-mutation][relationship_noun][corpus][coca][coha]

2011-04-01

 昨日の記事[2011-03-31-1]で,古英語の親族名詞の屈折表を見た.brethren の起源についても言及したが,これと関連して親族名詞お得意の類推 ( analogy ) の例をもう一つ挙げよう.brethren との類推で sister(e)n という複数形がある.MED の記述にあるように,中英語では -(e)n 形はごく普通であり,-s 形が一般化するのは brother の場合と同じく近代期以降である.この辺りの話題は私の専門領域なので,詳細なデータをもっている.初期中英語でもイングランドの北部や東部では -s が優勢だが,南部や西部ではこの時期の sister の複数形は原則として -n あるいは母音の語尾が圧倒していることは間違いない ( Hotta, p. 256 ) .
 さて,sister(e)n は現代英語に生き残っているが,brethren と異なり,通常辞書には記載されていない.BNC ( The British National Corpus ) でもヒットしなかった.しかし,COCA ( Corpus of Contemporary American English ), COHA ( Corpus of Historical American English ) ではそれぞれ4例,15例(19世紀後半以降の例)がヒットし,もっぱらアメリカ英語で聞かれることが分かる.COCA からの例を1つ挙げる.政治討論会番組 "CNN Crossfire" からの用例である(赤字は引用者).

Well, you know, I hate to correct you, but you made the same mistake many of your liberal brethren and sisteren, have said in analyzing this dissent by Judge Stevens.


 COCA, COHA 両コーパスからの計19例のうち16例までが brethren and sister(e)n として現われ,主にフィクションで用いられ,dearmy が先行する呼びかけの使い方が多い.brethren と同様に宗教的,組合的な文脈で現われているようだが,限定された語義としてのほか,文体的な効果もあるのかもしれない.関連して,OEDsister の語義5を引用しておこう."In the vocative, as a mode of address, chiefly in transferred senses. Also colloq. as a mode of address to an unrelated woman, esp. one whose name is not known."
 もっぱらアメリカ英語で用いられることについては,Mencken (502) が触れている.

Sisteren or sistern, now confined to the Christians, white and black, of the Get-Right-with-God country, was common in Middle English and is just as respectable, etymologically speaking, as brethren.


 sister(e)n という複数形に関する歴史的な問題は,近現代アメリカ英語での使用を,中英語期以来の継続としてとらえるべきか,あるいはアメリカ英語で改めてもたらされた刷新としてとらえるべきか,である.OED によると,sister(e)n は一般的な文章語としては16世紀半ばに廃れたとある.初期近代英語期の例やイギリス英語を含めた諸方言の例を調査しないと分からないが,(1) brethren との類推は時代を問わずありそうであること,(2) brethren と脚韻を踏むので呼びかけなど口語で特に好まれそうであること,この2点からアメリカ英語での再形成と考えるのが妥当ではないだろうか.中英語で非語源的な sister(e)n が作り出されたくらいだから,近代英語で改めて作られたとしても不思議はない.
 sister(e)n は通常の辞書には載っていないくらいのレアな複数形だが,brethren, children, oxen (but see [2010-08-22-1]) と同じ,現代に残る少数派 -en 複数の仲間に入れてあげたい気がする.

 ・ Hotta, Ryuichi. The Development of the Nominal Plural Forms in Early Middle English. Hituzi Linguistics in English 10. Tokyo: Hituzi Syobo, 2009.
 ・ Mencken, H. L. The American Language. Abridged ed. New York: Knopf, 1963.

Referrer (Inside): [2011-04-05-1]

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#482. oxes の出現[plural][coca][bnc][ame]

2010-08-22

 現代英語に残る本来語の数少ない不規則複数形の1つに ox 「雄牛;牛」の複数形 oxen がある.現代の標準変種では,古英語の弱変化名詞に直接に由来する唯一の複数形である.ところが,最近アメリカ英語で oxes が現れ始めている.誤用としてではない.『ジーニアス英和大辞典』によると ox の語義2として次のようにあり,この語義での複数形には oxes もありうるという.

2 牛のような(力強い)人, ずんぐりした人, のろまの人 // a dumb ox ((略式))(ずうたいのでかい)うすのろ.


 OED によるとこの比喩的な意味は16世紀からある.現在ではアメリカ英語では ox はこの語義以外にはあまり用いられないようだ.それではということで,British National Corpus (BYU-BNC)Corpus of Contemporary American English (BYU-COCA) で調べてみた.
 BNC では oxes が2例ヒットするが,いずれも ox は不規則複数を取る名詞だと教室で教えているという文脈で oxes を誤用として紹介している例なので,事実上ゼロと考えてよいだろう.
 COCA では関与する例が6例あった.いずれも話し言葉かニュース英語で,政治的な文脈において使われており,gore 「(角で)突き刺す,傷つける」という動詞の対象として用いられている.例えば,以下のごとくである.

Now our oxes are being gored more directly, not with malice, but out of some perverse ego game.


The establishment, we are sometimes -- you knows, in some cases, convenient oxes to gore. But I think there's no question they represent an important political constituency in the country.


 gore (one's) ox というイディオムは,俗語で "to goad or intentionally try to piss someone off" 「突っついていじめる,嫌がらせをする」という意味を表し,アメリカ英語特有のようである.ここの ox はイディオムの一部として用いられており,特に「うすのろ」という意味ではない(イディオムの意味については こちら を参照.このイディオム中で複数形が oxes でなく oxen が用いられている例が4例あることから,この表現が非歴史的な複数形態 oxes の出現に果たしている役割を疑うことができるかもしれない.
 これは,動物としてでなくコンピュータマウスの複数形としての mouses や,触覚としてでなくアンテナの複数形の antennas など,比喩的に発展した意味に規則的な複数の -s が付加されるのと類似する現象だろう.gore (one's) oxox は原義の「雄牛」のイメージから一歩遠ざかっており,それが oxes という形態を取ることを可能にしているのではないか.ただし,今のところ「雄牛」の意味の複数形として oxes が侵入しているという証拠は(誤用以外には)ないようだ.

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#337. egges or eyren[caxton][popular_passage][plural][me_dialect][inflection][spelling]

2010-03-30

 あまたある英語史の本のなかで繰り返し引用される,古い英語で書かれた一節というものがいくつか存在する.そういったパッセージを順次このブログに追加していき,いずれ popular_passage などというタグのもとで一覧できると,再利用のためにも便利かと思った.そこで,今日は「卵」を表す後期中英語の名詞の複数形の揺れについて Caxton が1490年に Eneydos の序文で挙げている逸話を紹介する.北部出身とおぼしき商人が,Zealand へ向かう海路の途中にケント海岸のとある農家に立ち寄り,夫人に卵を求めるという状況である.

And one of theym named Sheffelde, a mercer, cam in-to an hows and axed for mete; and specyally axed after eggys. And the goode wyf answerde, that she coude speke no frenshe. And the marchaunt was angry, for he also coude speke no frensche, but wolde have hadde egges, and she understode hym not. And thenne at laste a nother sayd that he wolde have eyren. Then the gode wyf sayd that she understode hym wel. Loo, what sholde a man in thyse dayes wryte, egges or eyren?


 [2009-11-06-1]などで触れたとおり,中英語期は方言の時代である.イングランド各地に方言が存在し,いずれの方言も(ロンドンの方言ですら!)標準語としての地位を確立していなかった.したがって,例えば北部出身の話者と南部出身の話者とが会話する場合には,それぞれが自分の方言を丸出しにして話したのであり,時にコミュニケーションが成り立たないこともありえた.上の逸話では「卵」に当たる語の複数形が南部方言では eyren,北部方言では egges だったために,当初,互いにわかり合えなかったくだりが描写されている.
 英語本来の複数形を代表しているのは南部の eyren である.古英語では「卵」を表す名詞の単数主格は ǣg という形態だった.これは r-stem と呼ばれるマイナーな屈折タイプに属する中性名詞で,その複数主格形は ǣgru のように -r- が挿入されていた.この点,child / children と同じタイプである ( see [2009-09-19-1], [2009-09-20-1], [2009-12-01-1] ).
 初期中英語までは,語尾に -(e)n が付加された異形態も含めて,古英語由来の r をもつ形態がおこなわれていた.しかし,14世紀頃から,古ノルド語由来の硬い <g> をもつ形態が北部・東中部方言に現れ始めた.現代の我々が知っているとおり,最終的に標準英語に生き残ったのは舶来の新参者 eggs のほうであるから歴史はおもしろい.
 綴字についても一言.Caxton の生きた時代は,印刷技術が登場した影響で綴字の固定化の兆しの見られる最初期であるが([2010-02-18-1]),上の短い一節のなかでも eggys, egges と語尾に異綴りが見られる.綴字の標準化は,この先150年以上かけて,17世紀から18世紀まで,ゆっくりと進行し,完成してゆくことになる.

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