hellog〜英語史ブログ

#2065. 言語と文化の借用尺度 (2)[contact][borrowing][loan_word][anthropology][sociolinguistics][speed_of_change][exaptation]

2014-12-22

 昨日の記事「#2064. 言語と文化の借用尺度 (1)」 ([2014-12-21-1]) に続き,言語項と文化項の借用にみられる共通点について.言語も文化の一部とすれば,借用に際しても両者の間に共通点があることは不思議ではないかもしれない.ただし,あまりこのような視点からの比較はされてこなかったと思われるので,この件についての言及をみつけると,なるほどと感心してしまう.
 昨日と同様に,Weinreich は Linton (Linton, Ralph, ed. Acculturation in Seven American Indian Tribes. New York, 1940) に依拠しながら,さらなる共通点を2つほど指摘している.1つは,既存の語の同義語が他言語から借用される場合に関わる.すでに自言語に存在する語の同義語が他言語から借用される場合には,(1) 両語の意味に混同が生じる,(2) 借用語が本来語を置き換える,(2) 両方の語が意味を違えながら共存する,のいずれかが生じるとされる.(3) は道具などの文化的な項目の借用についても言えることではないか.Weinreich (55fn) 曰く,

Similarly in culture contact. "The substitution of a new culture element," Linton writes . . ., "by no means always results in the complete elimination of the old one. There are many cases of partial . . . replacement. . . . Stone knives may continue to be used for ritual purposes long after the metal ones have superseded them elsewhere."


 既存の項が役割を特化させるなどしながらあくまで生き残るという過程は,文法化研究などで注目されている exaptation の例にも比較される (cf. 「#1586. 再分析の下位区分」 ([2013-08-30-1])) .
 言語項と文化項の借用にみられる2つ目の共通点は,借用を促進する要因と阻害する要因に関するものである.言語の借用尺度の決定に関与する要因は,構造的(言語内的)なものと非構造的(言語外的)なものに2分される.前者は言語体系への統合の度合いに関わり,後者は例えば2言語使用者の習慣,発話の状況,言語接触の社会文化的環境などを含む(「#1779. 言語接触の程度と種類を予測する指標」 ([2014-03-11-1]) も参照).Weinreich (66--67fn)は,文化人類学者の洞察に触れながら,文化項の借用にも同様に構造的・非構造的な要因が認められるとしている.

Distinctions parallel to those between stimuli and resistance, structural and non-structural factors, occur implicitly in studies of acculturation, too. Thus, Redfield, Linton, and Herskovits . . . distinguish culture traits "presented" (=stimuli) from those "selected" in acculturation situations, and stress the "significance of understanding the resistance to traits as well as the acceptance of them." They also name "congruity of existing culture-patterns" as a reason for a selection of traits; this corresponds to structural stimuli in language contact. When Linton observes . . . that "new things are borrowed on the basis of their utility, compatibility with preëxisting culture patterns, and prestige associations," his three factors are equivalent, roughly, to structural stimuli of interference, structural resistance, and nonstructural stimuli, respectively. Kroeber . . . devotes a special discussion to resistance against diffusion. Resistance to cultural borrowing is also the subject of a separate article by Devereux and Loeb . . ., who distinguish between "resistance to the cultural item"---corresponding roughly to structural resistance in language contact---and "resistance to the lender." These authors also discuss resistance ON THE PART OF the "lender," e.g. the attempts of the Dutch to prevent Malayans, by law, from learning the Dutch language. No equivalent lender's resistance seems to operate in language contact, unless the inconspicuousness of a strongly varying, phonemically slight morpheme with complicated grammatical functions be considered as a point of resistance to transfer within the source language . . . .


 このような文化と言語における借用の比較は,言語学と文化人類学との学際的な研究課題,人類言語学の研究テーマになるだろう.

 ・ Weinreich, Uriel. Languages in Contact: Findings and Problems. New York: Publications of the Linguistic Circle of New York, 1953. The Hague: Mouton, 1968.

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#1745. 2013年度に提出された卒論の題目[hel_essay][hel_education][sotsuron]

2014-02-05

 今年度もゼミ生から卒業論文が提出された.今年度は以下の16本である.緩く分野別に並べてみた.

 (1) 現代英語における Yod-dropping の生じた順序について --- 前後する子音群に注目して ---
 (2) Long Front-Vowel Shift in Early Sixteenth Century
 (3) The Shift from be-perfect to have-perfect in Late Modern English
 (4) 準助動詞 had better の用法拡大 --- had best との比較も交えて ---
 (5) 単独前置詞における区分の仕方 --- 除去の意味を持つ前置詞7語に限定して ---
 (6) 1810年?2000年のアメリカ英語における at all costs と at any cost の使い分けについて
 (7) On Classification of Old English Christian Terms into the Native or Exotic Type
 (8) 英語における名詞から動詞への意味分類
 (9) 温感形容詞 "hot" と "cold" の意味比較 日英対照言語学的観点から
 (10) 16世紀末から17世紀までのイギリス詩における2人称代名詞 ye の使用頻度と目的格での使用
 (11) 現代英語における thou の使用がもたらす効果
 (12) ヴィクトリア朝の小説におけるポライトネスの表れの傾向
 (13) 英語変種における航空管制英語の特殊性について
 (14) 言語政策から見るシンガポールの英語教育
 (15) ネイティブ英語に影響される日本人大学生 --- アンケート調査より ---
 (16) カタカナ語のコミュニケーション機能における矛盾 --- 背後に存在する英語とアメリカ ---

 音韻,形態,統語,語法,語彙,意味,語用にわたる言語学的な話題もあれば,言語変種や言語に対する態度といった社会言語学的な話題もあった.数が比較的多かったということもあろうが,とりわけバリエーション豊かな年となった.おかげさまで,今年度も新しいことをおおいに勉強させてもらいました.多謝.来年度の話題にも期待します.
 2009年度以来の歴代卒論題目リスト集もどうぞ (##1745,1379,973,608,266) .

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#1379. 2012年度に提出された卒論の題目[hel_essay][hel_education][sotsuron]

2013-02-04

 今年度もゼミ生から卒業論文が提出された.今年度は以下の8本である.緩く分野別に並べてみた.2009--2011年の題目リストも合わせてどうぞ (##1379,973,608,266) .

 (1) 否定接頭辞 in- と un- の差異について --- 借用接頭辞 in- の勢力の拡大 ---
 (2) 近代英語期における clipping による語形成
 (3) Semantic Prosody of Synonymous Verbs Meaning "To Keep in Mind"
 (4) 助動詞 can における可能,可能性,許可の3用法 --- 共時的混同と通時的変化の観点から ---
 (5) 英語語彙における三層構造の批判的考察 --- 形容詞の類義語群の観点から ---
 (6) ポリティカル・コレクトネスによる是正語の考察
 (7) マオリ語の復興と学校教育 --- オーストラリアとの比較を交えて ---
 (8) 「英語帝国主義」は実在する --- 英語検定受検者数から見る「英語帝国主義」の存在 ---

 昨年度,コーパスを用いた卒論研究が増えてきたと述べたが,今年度は (1), (3), (4), (5) の4本でコーパス利用がみられた.伝統的な言語学の部門として形態,統語,意味,語彙,語用のテーマがそれぞれある一方で,(6)--(8) は社会言語学の話題だ.特に,(7), (8) は macro-sociolinguistics あるいは sociology of language といわれる分野の話題であり,卒論のテーマとしては,これまでなかった類だ.指導している自分がどこまで話題について行けるかということを試されているともいえるが,たいへん勉強になった.来年度の卒論も,variation の広さと新しい話題に期待したい.

Referrer (Inside): [2013-02-05-1]

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#973. 2011年度に提出された卒論の題目[hel_essay][hel_education][sotsuron]

2011-12-26

 2011年12月の半ばにゼミ学生が提出した卒業論文のタイトルをリストアップする(緩やかな分野別の順序で).2009年,2010年のリストと合わせて,##973,608,266 を参照.

 (1) イギリス英語における単数普通名詞と複数普通名詞の頻度 --- 書き言葉と話し言葉のジャンル別観点から ---
 (2) 名詞不規則複数形のゆれについての通時的研究
 (3) 書き言葉における do/make を用いた複合述語の増加
 (4) 近代英語後期における be 完了形の減少
 (5) 現代アメリカ英語から見る HELP + 不定詞構文における to 不定詞と原形不定詞 --- 形態と有生性の観点から ---
 (6) 味覚形容詞「酸っぱい」と "sour" にみる共感覚表現の日英比較
 (7) アメリカにおける性差別に関する PC 表現の変遷
 (8) カナダ英語がアメリカ英語に及ぼした語彙における影響
 (9) 動詞と共起する「関連」の前置詞 about, over, on における用法の差異
 (10) アメリカ英語の綴字改革における Noah Webster の影響力はどの程度のものなのか
 (11) 書き言葉の媒体の変化が与える綴り字への影響
 (12) 話しことばに現われるジェンダーに隠れた年齢差
 (13) インドにおける多様性と統一性 --- インド英語における現地語由来の語彙に現われた特徴 ---
 (14) The Identity Problem in Singlish Controversy

 昨年度までと同様に,扱われている話題は多岐にわたる.前年度から続く特徴としてはコーパス利用が14件中10件もあることである.授業でコーパスを紹介する際に,テーマによっては卒論での使用も考慮に入れてみては,と述べているのだが,当初の予想よりコーパスへの関心が高い.
 分野としては,伝統的な英語学の区分けによれば形態,統語,意味,語用,語彙,語法,綴字の研究があり,音声が見られないくらいである.社会言語学的な関心も目立っており,コーパスにより比較的手軽に扱えるようになってきた英語変種の研究が増えている.地域変種でいえば,英米のほか,カナダ,インド,シンガポールの英語が取り上げられた.
 時代でいえば,2件が近代英語に触れているが,それ以外はすべて現代英語である.(11) はインターネット上のデータを用いた最新の Netspeak の考察を含んでおり,現代というよりは現在進行中の話題だ.
 これだけテーマに幅があると着いて行くのが大変だが,その過程で私も学べることが多く,楽しいのも事実である.来年度も variation の広さに期待したい.

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#608. 2010年度に提出された卒論の題目[hel_essay][hel_education][sotsuron]

2010-12-26

 2010年12月にゼミ学生が提出した卒業論文のタイトルをリストアップする.2009年のリストは[2010-01-18-1]を参照.

・ "Buzzword",流行語に見る現代イギリス社会と日本社会の比較
・ 語彙におけるアメリカ英語のイギリス英語への影響力 --- 食べ物、衣服、電話・郵便、交通の分野を中心に ---
・ 現代アメリカ英語における不定詞付き help 構文での to 不定詞と原形不定詞 --- 発話レベルと援助の方法の観点から ---
・ 近現代英語期における must, have to, have got to の意味の変遷 --- 文法化・主観化の観点から ---
・ 現代英語の造語の傾向 ---主に転換---
・ 19世紀におけるフランス語借用語の分野的特徴
・ 与格交替に表われる前置詞「to」と「for」の違い --- 前置詞と動詞の持つ意味合いから ---
・ 前置詞 in と on の選択における英米の相違 --- 通時的分布の推移と意味概念の観点から ---
・ インド英語の成立と複合語
・ 口語文語コーパスを用いた,whom の使用方法からみた分析 --- whom 単体と "前置詞+whom" 形の比較を中心に ---
・ On Transfer from Strong Verbs to Weak Verbs
・ 感覚表現における sweet の意味別の変遷 --- sweet smell, sweet voice, sweet smile を中心に ---
・ 12世紀から18世紀における不定冠詞 a, an の分岐
・ 現代英語における二人称複数代名詞の代用表現 ---you guys の増加を中心に---

 今年度の特徴は,[2010-11-16-1]で取り上げたオンラインコーパスを授業で導入したこともあって,コーパスを利用した研究がいくつかあったことである.分野としては相変わらず様々で,統語論,形態論・語形成,語彙論,意味論と幅広い.ただし,昨年度みられた音声と文字に関する論考はなかった.英語変種,英米差,通時的言語変化,社会言語学への関心も見られ,題目の variation の豊富さでは昨年度に比肩すると評価したい.

Referrer (Inside): [2012-08-27-1]

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#266. 2009年度に提出された卒論の題目[hel_essay][hel_education][sotsuron]

2010-01-18

 2009年12月にゼミ学生が提出した卒業論文のタイトルをリストアップする.

・中英語期におけるアルファベット "v" の出現
・大母音推移期における英詩の脚韻
・前置詞 of の意味の広がり ?分離から所有へ?
・接辞のクラス分け ?接尾辞 -able の独自性の観点から?
・後期近代英語における May と Can の使用頻度の推移
・近代英語期における進行形の使用頻度の拡大
・かばん語の出現数の推移とその背景
・The Syntactic and Semantic Relation between the Act and Target in Terms of Directness
・(for) NP to V の異分析
The Peterborough Chronicle における se の屈折の種類の推移:古期英語から中期英語の屈折衰退の実証

 全体としてテーマの分布としては広がりがあってよかったのではないかと考えている.時代的には,古英語後期,中英語,近代英語,現代英語とカバーされているし,英語学の分野でも,文字,音声,形態,統語,語彙,意味のバランスがとれていた.しかし,比較的人気が高いと思われる英語方言や世界英語といった社会言語学的なテーマがなかった.
 英語学や英語史の分野ではこのような話題が卒論の研究対象になります,ということで参考までに.

Referrer (Inside): [2010-12-26-1]

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