hellog〜英語史ブログ

#200. アクセントの位置の戦い --- ゲルマン系かロマンス系か[stress][orthoepy][romancisation][prosody][gsr][rsr]

2009-11-13

 [2009-10-26-1]の (4) で見たように,ゲルマン系の言語として,本来,英語のアクセントは語の第1音節に落ちるはずである.ところが,古英語後期より,ラテン語やフランス語からおびただしい数の借用語が英語に流入し,「第1音節にアクセントあり」の原則が崩れてきた.というのは,ラテン語やフランス語などのロマンス系の言語では,むしろ後方の音節にアクセントが落ちるのが原則だからである.より具体的には,ロマンス語には,後方の音節の重さに応じて,最終音節 ( ultima ),語尾から二番目の音節 ( paenultima ),語尾から三番目の音節 ( antepaenultima ) のいずれかにアクセントが落ちるといる規則がある.英語は,ロマンス系諸語との長い言語接触の歴史から,GSR ( Germanic Stress Rule ) と RSR ( Romance Stress Rule ) を複雑に合わせもつ言語へと発展してきたのである ( Lass 125 ).
 ロマンス諸語からの借用語は,英語に入ってからも,もとの言語のとおりに RSR に即した後方アクセントを示してきただろうと予想されるが,必ずしもそうではない.例えば,近代英語期には,次の語群で GSR に即したかのような語頭アクセントがおこなわれたことが確認されている (Lass 128--29).かっこ内は Lass が参考にした資料の出版年である.

abbreviation (1764), academy (1665, 1687), acceptable (1746), accessory (1687, 1746), accommodate (1764), adjacent (1665, 1710), allegorical (1764), complacency (1665), contribute (1570), controversy (1665), conuenient (1570), corruptible (1746), defectiue (1570), delectable (1570), distribute (1570), diuert (1570), excusable (1570), mischance (1570), obseruance (1570), perspectiue (1570), phlegmatic (1784), proclamation (1570), quintessence (1710), refractory (1687), sequester (1570), splenetic (1784), suggestion (1570), unawares (1710)


 現代標準英語では,上記のいずれの単語においてもアクセントは第1音節にないことに注意したい.Lass によれば,1780年代に GSR が衰退し始め,RSR が優勢になってきたという.また,詳しい根拠は示していないものの,Nevalainen によれば,近代英語期の「比較的教育程度の低い人々」が特に GSR を好んだという.
 現代でもアクセントの位置に決着のついていない語は存在する.上に挙げた controversy は,現在 cóntroversy とも contróversy とも発音されうるが,ラテン語起源であることからの予想に反して,GSR に従った前者が「正しい」と見なされている.近年まさに「論争」を呼んだ語である.
 古英語後期に始まり,近代英語期にも多くの正音学者 ( orthoepist ) を論争へ駆り立てたゲルマン対ロマンスのアクセント対決は,いまだに完全な決着をみないまま,英語母語話者のみならず英語学習者を悩ませ続けている.

 ・Lass, Roger. "Phonology and Morphology." 1476--1776. Vol. 3 of The Cambridge History of the English Language. Ed. Roger Lass. Cambridge: CUP, 1999. 56--186.
 ・Nevalainen, Terttu. An Introduction to Early Modern English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2006. 130.

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#857. ゲルマン語族の最大の特徴[germanic][inflection][substratum_theory][stress]

2011-09-01

 ゲルマン諸語の文法変化を支配してきた重要な2つの要因について,[2011-02-11-1]の記事「屈折の衰退=語根の焦点化」で Meillet を引用した.1つは「語頭の強勢が語根に新たな重要性を与えた」ことであり,もう1つは「語尾の衰退が屈折を崩壊させがち」であることだ.この2つの要因は,さらに抽象化すれば1つの根源的な特徴へと還元される.強勢(強さアクセント)が第1音節に落ちるという特徴である.
 「語幹の第1音節に強勢がおかれる」というゲルマン諸語の特徴については「ゲルマン語派の特徴」 ([2009-10-26-1]), 「第1音節にアクセントのない古英語の単語」 ([2009-10-31-1]) などで触れてきたことだが,Meillet は,ゲルマン諸語の特徴と称されるいくつかの点のなかでも最も重要な特徴であると断言する.そして,この特徴が印欧祖語には見られなかったことから,ゲルマン語族におけるその発現は革命的だったと力説するのである.拙訳つきで引用する.

   L'introduction de l'accent d'intensité à une place fixe, l'initiale, a été une révolution, et rien ne caractérise davantage le germanique. (72)
   語頭という固定した位置への強さアクセントの導入は革命だったのであり,それ以上にゲルマン語を特徴づけるものはない.


 もちろん,強さアクセントをもつ言語は印欧語族内外にも存在する.印欧語族内では,例えばロシア語やアイルランド語などがある.しかし,語族全体としてこの特徴を有するのはゲルマン語族のみであり,この点が顕著なのだと Meillet はいう.

En germanique,... l'accent sur l'initiale est une propriété du groupe tout entier, et il a une force singulière qui a manifesté ses effets durant tout le développement historique de ce groupe. (73)
ゲルマン語においては,語頭アクセントは語族全体としての特徴であり,語族の全歴史的発達を通じて効果を現わしてきた特異な力をもっているのである.


 では,この革命的な特徴はどのようにゲルマン語族にもたらされたのか.Meillet は基層言語影響説 ( substratum theory ) を唱えている (75) .後にゲルマン語となる方言を習得した先住民の言語特徴だろうという.この学説については[2010-06-17-1]の記事「Second Germanic Consonant Shift はなぜ起こったか」や[2011-02-06-1]の記事「アルメニア語とグリムの法則」でも触れたが,反証不能だからこそ魅力的な説に響く.ゲルマン語族を支配する最大の特徴ということは,英語史全体を支配してきた最大の特徴とも言い得るわけであり,さらには英語の未来をも支配し得る最大の特徴ということにもなるのだろうか!!!

 ・ Meillet, A. Caracteres generaux des langues germaniques. 2nd ed. Paris: Hachette, 1922.

Referrer (Inside): [2015-06-14-1] [2012-05-22-1]

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#1473. Germanic Stress Rule[stress][gsr][rsr]

2013-05-09

 現代英語にまで続いていると考えられる強勢規則の1つ Germanic Stress Rule (GSR) については,相反するもう1つの強勢規則 Romance Stress Rule (RSR) との対比で,「#200. アクセントの位置の戦い --- ゲルマン系かロマンス系か」 ([2009-11-13-1]) ,「#718. 英語の強勢パターンは中英語期に変質したか」 ([2011-04-15-1]) ,「#861. 現代英語の語強勢の位置に関する3種類の類推基盤」 ([2011-09-05-1]) で取り上げてきた.今回は,もう少し詳しく GSR について見てみよう.
 GSR はゲルマン語を特徴づける強勢規則で,端的にいうと「語幹の第1音節に強勢がおかれる」という原則である (##182,857,187) .古英語ではこの規則はほぼ完全に機能しており,かつ唯一のものだったが,中英語あるいは初期近代英語以降は,台頭してきた RSR と競合し,脅かされながら現在に至っている.GSR を Lass (126) に従って定式化すると次の通り.

(i) Starting at the left-hand word-edge, ignore any prefixes (except those specified as stressable), and assign stress to the first syllable of the lexical root, regardless of weight.
(ii) Construct a (maximally trisyllabic) foot to the right:
  S       S  W 
rætt'rat'    wrīt-an'to write'
     S W     S W W 
ge-writen'written'    bæcere'baker'


 GSR の特徴を3点で示せば,単語の左から数え始め(左利き),接頭辞と語根の区別にうるさい(形態的に敏感)が,音節の重さにはこだわらない(音節構造に鈍感)ということである.印欧祖語の時代には語の強勢位置は自由だったが,ゲルマン語派へ分化してゆく際にこの強勢規則が加えられたと考えられる.結果として,古英語の強勢も少々の例外を除いてこの単純な強勢規則に支配されることになった.
 ところが,中英語にかけて多くのフランス語やラテン語からの借用語が英語語彙へ流入してくるに及び,長らく盤石だった GSR が動揺し始める.ロマンス系の言語に特有の Romance Stress Rule (RSR) が,GSR に覆い被さり,呑み込もうとしたのである.中英語から近代英語にかけて,徐々に着実に,RSR が成長してゆくことになった.RSR については,明日の記事で.

 ・ Lass, Roger. "Phonology and Morphology." The Cambridge History of the English Language. Vol. 3. Cambridge: CUP, 1999. 56--186.

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#1474. Romance Stress Rule[stress][gsr][rsr]

2013-05-10

 昨日の記事「#1473. Germanic Stress Rule」 ([2013-05-09-1]) に引き続き,今回は Romance Stress Rule (RSR) を紹介する.Lass (Vol. 3, p. 57) によれば,中英語にかけてロマンス系借用語とともにもたらされて発展した RSR は次のように定式化される.

Beginning at the right-hand edge of the word, select as word-head the syllable specified as follows:
A (i) If the final syllable is (a) heavy, or (b) the only syllable, assign S and construct a foot:
      S               S       S       S
σ̆ σ̄     σ̄σ̆σ̄      σ̄      σ̆
deface    vndertake    twelfth    twig

(ii) If the final syllable is light, go back to the penult.
B (i) If the penult is (a) heavy, or (b) the only other syllable, assign S and construct a foot:
       S   W              S  W     S  W
σ̆ σ̄ σ̆    σ̆σ̆σ̄σ̆    σ̆σ̆
 vnable    occidental    shouel

(ii) I the penult is light, go back to the antepenult.
C Assign S to the antepenult regardless of weight, and construct a foot:
              S   W  W         S  W  W
σ̄σ̆σ̆σ̆σ̆σ̆    σ̆σ̄σ̆σ̆
   histori ographer    industri ouse


 RSR の特徴を3点で示せば,単語の右から数え始め(右利き),形態的に鈍感で,音節の重さにこだわる(音節構造に敏感)ということである.GSR の正反対ということがわかるだろう.中英語以降の英語の強勢規則は,(1) 左利きか右利きか,(2) 形態構造と音節構造のどちらを重視するか,という2点を巡って,不安定な様相を呈する.結果としてみれば,近代英語にかけて RSR が勢力を強めていったのだが,RSR が GSR を置き換えたと言い切るのは必ずしも正しくない.RSR が GSR を包み込んだといおうか,包摂したといおうか,奇妙なかたちで両者の大部分が合一することになったのである.
 両強勢規則は性質を比べると確かに正反対なのだが,実際の語に適用された結果だけ見比べると,多くの場合,効果は同じである.単音節の writ, write などはどちらの強勢規則に照らしても強勢位置はその音節に落ちるより仕方がないし,2音節の wríter, wrítten, belíeve にしても同様だ.3音節の cráftily, sórrier にしても結果としては同じ音節に強勢が落ちる.つまり,GSR と RSR は,かなりの程度,同じ効果を引き起こすのである.
 もちろん,両者が競合するケースは残る.例えば接頭辞の付加された軽い2音節語は,GSR では強勢が第2音節に落ちることになるが,RSR では第1音節に強勢が落ちることになる (ex. begín but not *bégin) .また,/-VCC/ の重い接尾辞をもつ語は,GSR では強勢は接尾辞に落ち得ないが,RSR ではそこに強勢が落ちることになる (ex. sínging but not *singíng) .このようなケースでは,両強勢規則の競合の結果として,不安定な variation が存在することになった.さらにこの不安定な variation は様々なマイナー強勢規則を生み出す契機となり,英語の強勢を巡る状況は現在に至るまで複雑さを増し続けているのである.
 GSR と RSR の競合の歴史については,Lass (Vol. 2, pp. 85--90) と Lass (Vol. 3, pp. 125--28) が参照に便利である.

 ・ Lass, Roger. "Phonology and Morphology." The Cambridge History of the English Language. Vol. 2. Cambridge: CUP, 1992. 23--154.
 ・ Lass, Roger. "Phonology and Morphology." The Cambridge History of the English Language. Vol. 3. Cambridge: CUP, 1999. 56--186.

Referrer (Inside): [2018-06-20-1]

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#2259. 英語の語強勢に関する一般原則4点[stress][prosody][rsr][gsr]

2015-07-04

 現代英語において,語強勢を決定づける一般的な規則を得ることは難しい.語強勢の位置を巡る問題の難しさは,英語の歴史に負っている.語強勢の位置は,古英語以前には Germanic Stress Rule (gsr) によって単純明解に決定されていたが,後期中英語以降にラテン・フランス借用語とともにもたらされた Romance Stress Rule (rsr) が定着するに及び,状況が複雑化した (cf. 「#200. アクセントの位置の戦い --- ゲルマン系かロマンス系か」 ([2009-11-13-1]),「#718. 英語の強勢パターンは中英語期に変質したか」 ([2011-04-15-1])) .そのほか,関連する語どうしの類推作用が働いたり,名前動後 (diatone) などの新しい強勢パターンも生まれた (cf. 「#861. 現代英語の語強勢の位置に関する3種類の類推基盤」 ([2011-09-05-1])) .このようにして,多様な原理に基づいた見かけ上の「例外」が蓄積し,共時的に強勢位置を決定する規則を立てることが難しくなった.
 それでも,完璧は求めるべくもないが,なるべく例外を少なく保つようにして,いくつかの「一般原則」を立てる試みは続けられてきた.Carr (74--75) は,4つの一般原則を示している.

Principle 1: The End-Based Principle
 第1強勢は,後ろから数えて,ultimate (ex. bóx), penultimate (ex. spíder, depárture), antepenultimate (ex. cínema, América) のいずれかに落ちる傾向がある.このことは,語強勢パターンが trochaic であることとも関係する.trochee とは,強勢音節の後にゼロ個以上の非強勢音節が続くパターンのことである.このような trochee の韻脚が,リズミカルに繰り返されるのが英語の韻律的特徴である.

Principle 2: The Rhythmic Principle
 単語の末尾には最多で4つの非強勢音節が現われる可能性があるものの (ex. ungéntlemanliness), 単語の先頭に2つ以上の非強勢音節が現われることはない.それを避けるべく,先頭のいずれかの音節には強勢が落ちる (ex. Jàpanése, not *Japanése) .

Principle 3: The Derivational Principle
 派生語においては,基体で主強勢のあった音節に副強勢が落ちる傾向がある.例えば chàracterizátion の第1音節に副強勢があるのは,基体の cháracterize (それ自体も cháracter からの派生)において第1音節に主強勢が落ちるからである.

Principle 4: The Stress Clash Avoidance Principle
 隣り合う2つの音節の両方に強勢が落ちることは避けられる傾向がある.例えば,Principle 3 によれば *Japànése となるはずのところだが,これだと強勢音節が2つ続いてしまう.ここでは Principle 4 の原則が勝り,強勢音節を連続させない Jàpanése が得られることになる.

 もとよりこれらの原則には少なからぬ例外がつきものである.また,原則間で衝突を起こすケースも少なくない.それぞれの原則は,下位規則を設けることにより,精度を高めていく必要があろう.しかし,この一般原則により,英語語彙の大多数の語強勢が説明されることも事実である.少なくとも英語の語強勢が無法であるとか,ランダムであるという極端な評価が不当であることは間違いない.

 ・ Carr, Philip. English Phonetics and Phonology: An Introduction. 2nd ed. Malden MA: Wiley-Blackwell, 2013.

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#861. 現代英語の語強勢の位置に関する3種類の類推基盤[diatone][stress][prosody][analogy][gsr][rsr]

2011-09-05

 英単語の強勢にまつわる歴史は非常に込み入っている.[2009-11-13-1]の記事「アクセントの位置の戦い --- ゲルマン系かロマンス系か」や[2011-04-15-1]の記事「英語の強勢パターンは中英語期に変質したか」で言及にしたように,中英語以降,Germanic Stress Rule と Romance Stress Rule の関係が複雑化してきたことが背景にある.しかし,語強勢の話題が複雑なのは,通時的な観点からだけではない.現代英語を共時的に見た場合でも,多様な analogy による強勢位置の変化と変異が入り乱れており,強勢の位置に統一的な説明を与えるのが難しい.そして,現代英語の語強勢に関する盤石な理論はいまだ存在しないのである.
 では,韻律論の理論化を妨げているとされる多様な analogy には,どのようなものがあるのだろうか.Strang (55--56) によれば,主要なものは3種類ある.

 (1) GSR に基づく,強勢の前寄り化の一般的な傾向.
   "a tendency to move the stress toward the beginning of a word, as in; /ˈædʌlt/ beside /əˈdʌlt/, /ˈækjʊmɪn/ beside /əˈkjuːmɪn/, /ˈsɒnərəs/ beside /səˈnɔːrəs/" (55).
 (2) 名前動後の語群に基づく機能分化的な傾向(diatone の各記事を参照).
   "Variable stress-placement is exploited for grammatical purposes, in a series of items with root stress in nominals (usually nouns and substantival modifiers) and second-syllable stress in verbs, e.g., absent, concert, desert, perfect, record, subject . . ." (55).
 (3) word-family の構成要素間に生じる強勢位置の吸引力.
   ". . . [analogical pull] of the word family an item belongs to. . . Word-analogy is responsible for variations such as applicable, subsidence (first-syllable stress, or a variant with a second-syllable stress on the model of apply, subside. Secret, borrowed in ME with second-syllable stress, has shifted to first syllable stress; its derivative secretive (a 15c formation), kept the older stress as late as OED, but is now tending to follow the example of the commoner secret, with first-syllable stress" (56).

 3種類の類推は互いに排他的ではなく,むしろ干渉しあうことがある.例えば,名詞と動詞の機能をもつ romance は現代英語では双方ともに第2音節に強勢の落ちるのが主流だったが,アメリカ英語では名前動語化の流れがある.そのように聞くと (2) の影響が作用していると言えそうだが,動詞も合わせて強勢が前化している証拠も部分的にある.とすると,(1) の類推が作用している言えなくもない.(3) の観点からは,romance の強勢前化傾向が引き金となって,romancer, romancist, romantic, romanticism などの強勢が前へ引きつけられるという可能性が,今後生じてくるということだろうか.個々の単語(ファミリー)の問題だとすると,確かに強勢位置のルール化は難しそうだ.

 ・ Strang, Barbara M. H. A History of English. London: Methuen, 1970.

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