The Auchinleck Manuscript (National Library of Scotland Advocates' MS. 19.2.1) は,中世イングランドの語学,文学,写本,読書文化などを論じる際に最も重要な写本の1つといっていいだろう.今日は,この写本の重要性を何点か指摘したい.以下は,Pearsall and Cunningham のイントロ部の "LITERARY AND HISTORICAL SIGNIFICANCE OF THE MANUSCRIPT" (vii--xi) から要点を抜き出してノートしたものである.
・ 1330--40年という早い時期に作成されており,様々なジャンルのテキストを寄せ集めた写本としては,群を抜いて最初期のものである.
・ 納められているテキストの大多数が,各テキストの現存する最古のヴァージョンを提供している.例外は,nos. 4, 7, 8, 13, 19, 29, 34, 35, 40 のみである.
・ テキストのほとんどが英語で書かれている.例外は,no. 20 の Anglo-Norman の混交体と nos. 8, 10, 36 の Latin の挿入部のみである.Auchinleck MS 以前の編纂もの (Jesus College, Oxford, MS. 29; British Library Cotton Caligula A.ix; Trinity College, Cambridge, MS. 323; Bodleian Library Digby 2; Bodleian Library Digby 85; British Library Harley 2253) には,Anglo-Norman と Latin のテキストも普通に見られた.
・ 以前の編纂もの写本には,主として学者層を対象としたテキストが含まれていた,Auchinleck MS には世俗的で洗練されていないテキストが多く含まれており,新しいタイプの読者層の存在が浮かび上がってくる.
・ テキストのジャンルの幅が広い(全44テキスト).no. 21 以外はすべて韻文で書かれている.
- saint's legends: nos. 1, 4, 5, 12
- other types of religious narrative: nos. 3, 6, 8, 9, 13, 16, 29
- religious debates: nos. 7, 34
- homiletic and monitory pieces: nos. 10, 35, 39
- poems of religious instruction: nos. 14, 15, 36
- a chronicle: no. 40
- a list of names of Norman barons: no. 21 (not in verse)
- humorous tales: nos. 27, 28
- poems of satire and complaint: nos. 20, 42, 44
- romances: nos. 2, 11, 17, 18, 19, 22, 23, 24, 25, 26, 30, 31, 32, 33, 37, 38, 41, 43 (accounting for three-quarters of the bulk of MS)
・ 非ロマンスの26テキストのうち15テキストが,現存する唯一の写しである.
・ ロマンスの18テキストのうち8テキストが,現存する唯一の写しであり,9テキストが現存する最も古い写しである.残りの1テキスト (no. 19 = Floris ) のみが例外.
・ 対象読者層は "popular" とまではいかないが,"the aspirant middle-class citizen, perhaps a wealthy merchant" (viii) だったと想定される.
・ ロンドンの "bookshop" で,複数の写字生が共同作業で作り上げたと考えられる.共同作業は高度に洗練されていたわけではないが,ある程度は組織化されていた.
・ 6人の写字生が以下の分布で共同写本作りに貢献している.scribe 1 が全体の72%を担当している.
| Gatherings | Item nos. | Texts | Scribe |
|---|---|---|---|
| 1--6 | 1--9 | Religious poems (incl. King of Tars) | 1 |
| 7--10 | 10 | Speculum Gy de Warewyke | 2 |
| 11--13 | Religious poems (incl. Amis) | 1 | |
| 11--16 | 14--19 | Miscellaneous | 3 |
| 20 | Sayings of the Four Philosophers | 2 | |
| 21 | List of names of Norman barons | 4 | |
| 17(?)--25 | 22--23 | Guy of Warwick and continuation | 1 |
| 24 | Reinbrun | 5 | |
| 26--36 | 25 | Beues of Hamtoun | 5 |
| 26--29 | Arthour and Merlin plus 3 fillers | 1 | |
| 37 | 30--31 | Lay le freine, Roland and Vernagu | 1 |
| 38--[?] | 32 | Otuel (and other poems?) | 6 |
| [?]--41 | 33--36 | Kyng Alisaunder plus 3 fillers | 1 |
| 42--44 | 37--39 | Tristrem and Orfeo plus 1 filler | 1 |
| 45--47 | 40--42 | Chronicle and Horn childe plus 1 filler | 1 |
| 48--[?] | 43 | Richard | 1 |
| 52 | 44 | The Simonie | 2 |
英語に限らず印刷術が発明される前の中世のテキストは,手書きの写し (copying) によって伝達されていた.写しの写し (recopying) が数世代続くと,伝言ゲームのように原テキストからの差は開いてゆくのが普通である.しかし,たとえ一度の写しであっても,人間による手書きである以上,参照している原本 (exemplar) からの逸脱は避けられない.また,その逸脱が単純な写し誤り (scribal error) であることもあれば,より意図的な編集 (editing) や翻訳 (translation) に近いものであることもある.したがって,ある原テキストの書写によって生じた新テキストは,現代の印刷文化やコピー文化が当然とする厳密な写しではなく,ある程度の逸脱を必ず含む新ヴァージョンである.写本文化における textual transmission は,このような逸脱,可変性,流動性に特徴づけられている.Boffey (117) によると,この特徴は Zumthor により "mouvance" と呼ばれているところのものである.
写しの際に逸脱が生み出されるメカニズムとしてもっとも理解しやすいのは,写字生 (scribe) による写し誤り (error) である.これには,文字を入れ替える,別の文字を書く,文字を書き落とす,行を間違える (eyeskip) などがある.現代の手書きやタイピングにも対応するものがあるので想像しやすいだろう.テキストをキーボードで打ち込む際に行を間違えるなど,日常茶飯事である.
単純な写し誤りではなく,より意図的な種類の逸脱としては,より良い読みを与えられるとの判断でなされる語句の置き換えがある.また,対象となる読者や聴者を意識しての改変ということもあり得る.例えば,説教であれば,易しい口語体に置き換えるであるとか,レトリックのために語順を入れ替えたりするなどが考えられる.解釈の便のために注をつけたり,句読法を変えたりということもあり得る.古風な言語で書かれた原テキストを同時代風の言語にアップデートするという改変もあるだろう.さらに,写字生が原本の方言を自分の方言に「翻訳する」という場合もある.方言の「翻訳」は特に標準英語の存在しない中英語期にあってはごく普通に行なわれており,原テキストの言語のみならずテキストの趣を大きく変えてしまう可能性をはらんでいる.
印刷文化は,最初から完成版で原稿を収め,その完成版をコピーして頒布することを前提としている.一方で,写本文化は,最初から最後まで完成版というものはなく,非完成版が別の改変された非完成版として次々に派生してゆくという過程を前提としていた.したがって,後者のテキスト伝達では,テキストは必然的に dynamic, flexible, unfixed だったのである.
現存する中英語テキストの version を考える際には,上記のような,現代とは異なる写本文化の textual transmission の事情を念頭に置いておく必要がある.
中英語ロマンスの発展も,写本文化の textual transmission を特徴づける "mouvance" に支えられていた.これについては,[2010-11-06-1]の記事「Romance」を参照.
・ Boffey, Julia. "From Manuscript to Modern Text." A Companion to Medieval English Literature and Culture: c.1350--c.1500. Ed. Peter Brown. Malden, MA: Blackwell, 2007. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2009. 107--22.
昨日の記事[2011-03-09-1]に引き続き「写本へ回帰せよ」の話題.昨日の記事で挙げた Lass and Laing (7--8) による写本回帰の6つめの理由のなかに,ファクシミリでも不十分な場合があるという指摘があった.この件に関しても,Lass and Laing (9--10) が転写の現場から具体的に論じているので紹介しよう.5つの点を挙げている.
(1) 読み取りにくい文字でも別の角度から眺めることによって判読性の高まることがある.実物写本を前にしていれば別の角度から眺めることができるが,1つの角度から撮影された写真ではその手段は使えない.
(2) 多くのファクシミリは白黒だが,写本では色つき文字も少なくない.文字の色の変化は訂正箇所や写字生の交替を明らかにしてくれることがあるが,白黒では区別がつかないことがあり得る.
(3) 後世の製本作業などにより,写本が開きにくかったり,テキストの端が切り落とされたりする場合,写真では影になってしまい判読性が著しく減じる.
(4) 写本が損傷している場合,写真ではその損傷が拡大して表現されることが多い.
(5) 暗い写真やピントの合っていない写真もある.
実に現場らしい具体的な指摘でおもしろい.私自身のごく浅い経験から言っても,実物写本を参照する意味は大きい.写本の物理的形状や字形 ( figura ) の記述を文章で解説されてもよく分からないが,写本を見れば言わんとしていることが一目瞭然ということがある.写真では句読点のように見えても,写本でみたら物理的な小さな穴だったということもある.また,編者が判読しにくいと記述している字形を写本で参照してみたら,実は判読しにくくなかったということもあった.
一方で,Lass and Laing (9) は,写真のほうが判読しやすい場合もあるということは述べている.スタジアム観戦よりもテレビ観戦のほうが試合の状況がよく分かる,ということに似ているかもしれない.
・ Lass, Roger and Margaret Laing. "Overview." Chapter 3 of "A Linguistic Atlas of Early Middle English: Introduction.'' Available online at http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/laeme1/pdf/Introchap3.pdf .
中世英語の言語研究では,しばしば「写本へ回帰せよ」が唱えられる.刊本を利用する場合でも写本に最大限に忠実な「 diplomatic edition を参照せよ」と言われる ( diplomatic の語源については[2011-02-07-1]を参照).EETSシリーズを初めとする歴史英語テキストのエディションの多くは,そのテキストと言語に精通した文献学者による校訂を経て刊行されたものであり一般的には信頼性が高いと考えられるが,それでも言語研究には写本テキストの参照が基本とされる.
私自身は部分的に写本を参照することはあっても,写本に基づく研究をしたといえるほどの経験はなく,写本回帰と聞くと耳が痛いのだが,刊本でなく写本を参照すべき理由は何だろうか.様々な理由があるだろうが,写本から刊本へと書き起こしている ( transcribe ) 現場から上がってくる声が最も参考になるだろう.そこで,LAEME の書き起こし作業の現場から上がってきた声を聞いてみることにする.LAEME は初期中英語の写本テキストをできる限り忠実に書き起こすことを原則として,同時代テキストの電子コーパス化を試みているが,言語研究のためには刊本に頼るのではなく是非とも写本を参照しなければならない理由が6つあるという.以下に Lass and Laing (7--8) の要点を概説する.
(1) 多くの刊本編者は写本の省略文字等を無言で "expand" して提示する.expand の仕方に複数の可能性がある場合にも,主要なものを採用して済ませる傾向がある.厳密にいえば,これは expand された形態の頻度や分布に影響を与えかねない.
(2) 刊本では編者の "normalising" や "modernising" の過程で,写本にあった littera ([2011-02-20-1]) の区別が失われることがある.'þ' ( "thorn" ) や 'ð' ( "eth" ) を <th> として転写する編者は今では少ないが,'ƿ' ( "wynn" ) を <w> として転写することは当たり前の慣習となっている.'ƿ' と 'w' は異なる littera であり,異なる歴史をもっていることを忘れてはならない.
(3) 複数の版により本文校訂されたテキスト ( critical edition or "best text" ) では,現実には存在しなかった想像上の形態が「復元」されており,言語研究には利用できない.
(4) 校訂により「写字生の意図していたであろう正しい形態」が復元されるが,写字生が常に何かを意図して書いていたという前提が怪しい.写字生が単純に間違えたという可能性が常にある.その可能性が少しでもある以上,校訂による置き換えは常に現実からの逸脱である.
(5) 以上の4点は綴字に関わる問題であり統語には関係しないという議論があるかもしれないが,多くの編者は句読点の校訂や modernisation を実践している.これは写本テキストに現代的な言語観を反映させることになり,統語上の解釈にも影響を及ぼし得る.
(6) LAEME は,各写字生が自立的に当時の言語を代表する存在であるとの前提に立っており,各写字生による本文テキストだけでなく行間訂正を含めた些細な貢献をも尊重する.写字生による削除や挿入などの些細な証拠を正確に見抜くには,ファクシミリ(写真)でも不十分な場合があり,やはり実物写本に当たる必要がある.
テキストの言語を研究する際には写本に回帰することが重要であるという点は理解できるが,実際上は写本を参照できる環境にないのが現実である.「写本へ回帰せよ」を少し緩めて「ファクシミリ版を参照するように心がけよ」「刊本を参照する際には上記の点に注意せよ」くらいに理解するのがよいかもしれない.
・ Lass, Roger and Margaret Laing. "Overview." Chapter 3 of "A Linguistic Atlas of Early Middle English: Introduction.'' Available online at http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/laeme1/pdf/Introchap3.pdf .
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