アメリカ英語の歴史は,当然のことながらイギリス英語の歴史よりもずっと短い.
英国人によるアメリカへの最初の本格的な植民は,1607年に南部の Virginia において始まった.その町は,当時の国王の名にちなんで Jamestown と名付けられた.1607年という年は,英語史的には英語がアメリカへ持ち込まれた年ということになり,新たな時代の幕開けとして重要なポイントである.
以降,約400年にわたって,アメリカ英語はイギリス英語に対して,ときには寄り添い,ときには距離をおきながら,言語的な発展を遂げてきた.アメリカ英語400年の歴史は,およそ以下のように時代区分できる.
(1) 第一期 ( 1607 -- 1790 )
アメリカ英語の形成期.イギリス英語の諸方言が大西洋岸の諸州に持ち込まれ,アメリカ英語の基盤が作られた.植民者の出身地,植民のパターン,人的混交により,おおまかにいって,大西洋岸に沿って南部,北部,中部の三方言が区分される.1776年の独立宣言が最終的に全州に批准された1790年をもって,植民地時代の英語は終了する.
(2) 第二期 ( 1790 -- 1920 )
アメリカ英語の成長期.1861--65年の南北戦争を境に前期と後期に分けられる.この時期は,アメリカの独立意識の高まり,領土の拡大,西部開拓,大量の移民の流入などによって特徴づけられ,アメリカ英語が以前よりも明確に独自路線を歩み出した時期である.前期にはドイツやアイルランドからの移民が,後期には北欧,中欧,南欧からの移民が大量にアメリカに押し寄せた.こうした多民族の混交により,中部方言を基盤とした混合英語が,アメリカ内に広がっていった.また,独立による自国意識の高まりから,イギリス英語と一線を画する変種としてアメリカ英語が存在感を示すようになった.
(3) 第三期 ( 1920 -- 現在 )
アメリカ英語の拡大期.第一次大戦後のアメリカは,本国イギリスを抑え,超大国となった.政治,経済,文化など多くの分野で世界をリードする役割を担うようになり,それに伴ってアメリカ英語が世界に拡散した.現在では,イギリス英語にも影響を及ぼす強大な変種となっている.
(イギリス)英語の時代区分を思い出してみると,449年から始まった古英語期,1100年頃から始まった中英語期,1500年以降の近代英語期と,大きく三つの時期が設定されるのが慣習である.(1900年以降を特に現代英語と分ける場合には四つの時期となる.)
興味深いのは,アメリカ英語の歴史は400年ほどに過ぎないわけだが,同じように三期に分割されていることである.古代,中世,近世(そして現代)という分け方もそうであるが,言語史家を含め,歴史家は三区分するのが好きなようである.イギリス英語史なり,アメリカ英語史なり,三区分の内容をみてみると,いかにも hop, step, jump のパターンに従っているように見え,意味深長である.言語の進化を強く意識した19世紀のモダニズム的発想といえるだろう.
・松浪 有 編,小川 浩,小倉 美知子,児馬 修,浦田 和幸,本名 信行 著 『英語の歴史』 テイクオフ英語学シリーズ1,1995年,大修館書店.134--38頁.
[2009-09-22-1]の記事で,オランダ語 (そこでは Netherlandic language と呼んだ) から派生した,南アフリカ共和国で公用語の一つとして話されている Afrikaans という言語に言及した.南アでは英語も公用語の一つであり,両言語は互いに影響を及ぼしあっている.その記事へ,以下のようなコメントがあった.
印欧語から一度は分かれた(?)英語とオランダ語が,遠い南アフリカの地で出会って,今お互いに影響し合っているっていうのは不思議な感じです….
印欧諸語の発達のある段階において一度は別れた言語どうしが,歴史の偶然により,後に遠い地で「よりを戻す」というルートは確かに興味深い.南アをはじめ旧植民地では,複数のヨーロッパ列強の言語が並存しているということは十分にあり得たことで,その最たる例はアメリカだろう.現在のアメリカの一部はかつてはスペイン領やフランス領だったわけであり,こうした地域では,英語を含めたヨーロッパ諸語が影響を与え合ってきた.言語接触の舞台がヨーロッパではなくアメリカだったというところがおもしろいのだが,各国の共通の狙いが植民地奪取であったことを考えれば,本国近辺ではなく,むしろ遠く離れた地でこそ接触が起こったということは自然なのかもしれない.
アメリカでの英語とヨーロッパ諸語の言語接触については,Mencken に興味深い話題があったことを記憶していたので,探してみた.米語には ker- の接頭辞をもつ単語がいくつかある.重いものがドシンと落ちる感じをあらわす接頭辞だというが,例えば ker-flop, ker-smash, ker-thump などがある.Mencken によると,これはドイツ語の接頭辞 ge- に遡り得るのではないかという.( Mencken には Dorpalen と Horwill の参考文献が挙げられているが,筆者は未確認.)
また,ドイツ移民の多かった Pennsylvania や Wisconsin では興味深いドイツ語の影響が見られるようだ.例えば,接続詞 that が単独で so that の意味を表せるという.
この二つの例に共通しているのは,古英語では,現代ドイツ語に対応する接頭辞や語法がもともとあったという点だ.そして,それらは英語では後に失われてしまったが,同じ Germanic に属するドイツ語と何百年後かにアメリカの地で出会うことにより,復活したという点だ.復活したといっても英語の側にその自覚はないわけだが,この事情を客観的に眺めてみると,「二つの言語の血がまたつながった」かのようである.
言語変化と言語接触の一期一会というべきか.
・Mencken, H. L. The American Language. Abridged ed. New York: Knopf, 1963. 194.
・Dorpalen, Andreas. "German Influences on the American language." American-German Review (1941). 14.
・Horwill, H. W. American Variations. London: Clarendon, 1936. 176.
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