hellog〜英語史ブログ

#1473. Germanic Stress Rule[stress][gsr][rsr]

2013-05-09

 現代英語にまで続いていると考えられる強勢規則の1つ Germanic Stress Rule (GSR) については,相反するもう1つの強勢規則 Romance Stress Rule (RSR) との対比で,「#200. アクセントの位置の戦い --- ゲルマン系かロマンス系か」 ([2009-11-13-1]) ,「#718. 英語の強勢パターンは中英語期に変質したか」 ([2011-04-15-1]) ,「#861. 現代英語の語強勢の位置に関する3種類の類推基盤」 ([2011-09-05-1]) で取り上げてきた.今回は,もう少し詳しく GSR について見てみよう.
 GSR はゲルマン語を特徴づける強勢規則で,端的にいうと「語幹の第1音節に強勢がおかれる」という原則である (##182,857,187) .古英語ではこの規則はほぼ完全に機能しており,かつ唯一のものだったが,中英語あるいは初期近代英語以降は,台頭してきた RSR と競合し,脅かされながら現在に至っている.GSR を Lass (126) に従って定式化すると次の通り.

(i) Starting at the left-hand word-edge, ignore any prefixes (except those specified as stressable), and assign stress to the first syllable of the lexical root, regardless of weight.
(ii) Construct a (maximally trisyllabic) foot to the right:
  S       S  W 
rætt'rat'    wrīt-an'to write'
     S W     S W W 
ge-writen'written'    bæcere'baker'


 GSR の特徴を3点で示せば,単語の左から数え始め(左利き),接頭辞と語根の区別にうるさい(形態的に敏感)が,音節の重さにはこだわらない(音節構造に鈍感)ということである.印欧祖語の時代には語の強勢位置は自由だったが,ゲルマン語派へ分化してゆく際にこの強勢規則が加えられたと考えられる.結果として,古英語の強勢も少々の例外を除いてこの単純な強勢規則に支配されることになった.
 ところが,中英語にかけて多くのフランス語やラテン語からの借用語が英語語彙へ流入してくるに及び,長らく盤石だった GSR が動揺し始める.ロマンス系の言語に特有の Romance Stress Rule (RSR) が,GSR に覆い被さり,呑み込もうとしたのである.中英語から近代英語にかけて,徐々に着実に,RSR が成長してゆくことになった.RSR については,明日の記事で.

 ・ Lass, Roger. "Phonology and Morphology." The Cambridge History of the English Language. Vol. 3. Cambridge: CUP, 1999. 56--186.

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#857. ゲルマン語族の最大の特徴[germanic][inflection][substratum_theory][stress]

2011-09-01

 ゲルマン諸語の文法変化を支配してきた重要な2つの要因について,[2011-02-11-1]の記事「屈折の衰退=語根の焦点化」で Meillet を引用した.1つは「語頭の強勢が語根に新たな重要性を与えた」ことであり,もう1つは「語尾の衰退が屈折を崩壊させがち」であることだ.この2つの要因は,さらに抽象化すれば1つの根源的な特徴へと還元される.強勢(強さアクセント)が第1音節に落ちるという特徴である.
 「語幹の第1音節に強勢がおかれる」というゲルマン諸語の特徴については「ゲルマン語派の特徴」 ([2009-10-26-1]), 「第1音節にアクセントのない古英語の単語」 ([2009-10-31-1]) などで触れてきたことだが,Meillet は,ゲルマン諸語の特徴と称されるいくつかの点のなかでも最も重要な特徴であると断言する.そして,この特徴が印欧祖語には見られなかったことから,ゲルマン語族におけるその発現は革命的だったと力説するのである.拙訳つきで引用する.

   L'introduction de l'accent d'intensité à une place fixe, l'initiale, a été une révolution, et rien ne caractérise davantage le germanique. (72)
   語頭という固定した位置への強さアクセントの導入は革命だったのであり,それ以上にゲルマン語を特徴づけるものはない.


 もちろん,強さアクセントをもつ言語は印欧語族内外にも存在する.印欧語族内では,例えばロシア語やアイルランド語などがある.しかし,語族全体としてこの特徴を有するのはゲルマン語族のみであり,この点が顕著なのだと Meillet はいう.

En germanique,... l'accent sur l'initiale est une propriété du groupe tout entier, et il a une force singulière qui a manifesté ses effets durant tout le développement historique de ce groupe. (73)
ゲルマン語においては,語頭アクセントは語族全体としての特徴であり,語族の全歴史的発達を通じて効果を現わしてきた特異な力をもっているのである.


 では,この革命的な特徴はどのようにゲルマン語族にもたらされたのか.Meillet は基層言語影響説 ( substratum theory ) を唱えている (75) .後にゲルマン語となる方言を習得した先住民の言語特徴だろうという.この学説については[2010-06-17-1]の記事「Second Germanic Consonant Shift はなぜ起こったか」や[2011-02-06-1]の記事「アルメニア語とグリムの法則」でも触れたが,反証不能だからこそ魅力的な説に響く.ゲルマン語族を支配する最大の特徴ということは,英語史全体を支配してきた最大の特徴とも言い得るわけであり,さらには英語の未来をも支配し得る最大の特徴ということにもなるのだろうか!!!

 ・ Meillet, A. Caracteres generaux des langues germaniques. 2nd ed. Paris: Hachette, 1922.

Referrer (Inside): [2015-06-14-1] [2012-05-22-1]

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#182. ゲルマン語派の特徴[germanic][indo-european][family_tree]

2009-10-26

 今日は,印欧語族のなかで,ゲルマン語派を他の語派と区別する特徴について教科書的な説明を施す.印欧語族の系統図については[2009-06-17-1]で示したが,ゲルマン語派の部分を拡大したものを下図に示そう.

Family Tree of the Germanic Languages (Large)

 ゲルマン語派の特徴として5点を挙げる.

(1) 形容詞に強変化 ( strong declension ) と弱変化 ( weak declension ) の二種類の屈折がある

 強変化型の屈折は印欧祖語から継承したものだが,ゲルマン語派では新たに弱変化型の屈折を独自に発達させた.弱変化型の屈折は /n/ 音を示すのが特徴で,主に決定詞([2009-09-30-1], [2009-09-28-1])に先行される統語環境で用いられた.

 ・強変化: gōde menn "good men"
 ・弱変化: þā gōdan menn "the good men"

(2) 動詞に現在と過去の二種類の時制がある

 ゲルマン語派は,印欧祖語の複雑な時制体系から現在時制と過去時制の二種類だけを継承した.現代英語における「未来」は,形態上は時制とはいえず,後に will などの助動詞を用いて作られる迂言的な疑似時制である.また,現在時制で未来のことを現すことができるため,過去時制と非過去時制の二種類が存在すると想定するほうが適切かもしれない.

(3) 動詞に強変化 ( strong conjugation ) と弱変化 ( weak conjugation ) の二種類の活用がある (see [2009-10-22-1])

 強変化型の活用は印欧祖語から継承したものだが,ゲルマン語派では新たに弱変化型の活用を独自に発達させた.強変化型では,過去形・過去分詞形が母音交替 ( Ablaut or gradation ) によって形成され,過去分詞形には -en 語尾が付加されるが,弱変化型では,過去形・過去分詞形に歯音接尾辞 ( dental suffix ) である /d/ や /t/ が付加されるのが特徴である.

(4) 語幹の第1音節に強勢がおかれる

 印欧祖語では語には高低アクセント ( pitch accent ) がおかれたが,ゲルマン語派では強勢アクセント ( stress accent ) がおかれるようになった.その際,印欧祖語ではアクセントの位置は語の内部で移動し得たが,ゲルマン語派ではアクセントは接辞を除いた語幹の第1音節に固定化した.この固定アクセントは活用や派生によっても揺るがされることはない.

 ・ゲルマン語由来の語群: lóve, lóves, lóved, lóving, lóver, lóvely, lóveliness, lóvable, lóvelessness, unlóveliness
 ・ロマンス語由来の語群: compáre, cómparable, comparabílity

(5) 第一次ゲルマン子音推移を経た (see [2009-08-08-1], [2009-08-09-1])

 ゲルマン語派は,印欧祖語から First Germanic Consonant Shift と呼ばれる規則的な子音推移を経た.そのなかでグリムの法則 ( Grimm's Law ) が特に有名だが,この一連の子音推移は,紀元前4世紀以降に起こったと推定されている.

 ・宇賀治 正朋著 『英語史』 開拓社,2000年. 7--16頁.

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