hellog〜英語史ブログ

#146. child の複数形が children なわけ[plural][oe][double_plural][analogy][homorganic_lengthening]

2009-09-20

 昨日[2009-09-19-1]に引き続き,children の話題.children は,英語学習の初期に出会う超不規則複数の代表選手だが,なぜこのような形態を取っているのだろうか.-ren を付加して複数形を形成する例は,英語の語彙広しといえど,この語だけである.
 [2009-05-11-1]で関連事項に触れたが,現代英語の不規則複数の起源は古英語にさかのぼる.現代英語で規則複数を作る -s 語尾は確かに古英語でも圧倒的に優勢ではあったが,他にも -en,ゼロ語尾(無変化),i-mutation などによる複数形成が普通に見られた.現在では影の薄いこれらの複数形成も,古英語では十分に「規則的」と呼びうる形態論的な役割を担っていた.
 さて,そんな古英語においてすら影の薄い複数形成語尾として -ru という語尾が存在した.これは,印欧語比較言語学でs音幹と呼ばれる一部の中性名詞においては規則的な屈折語尾だった.そして cild "child" はまさにこの語類に属していたのである.その他の例としては,ǣg "egg", cealf "calf", lamb "lamb" などがあり,いずれも -ru を付加して複数形を作ったが,後に,圧倒的な -s 語尾による規則複数への類推作用 ( analogy ) の圧力に屈して,現在では方言形を除いて規則複数化してしまった.名詞の複数形に限らず,高頻度語は不規則性を貫く傾向があるように,cildru のみが古英語の面影を残すものとして現代に残っている.
 ちなみに,同じゲルマン語の仲間であるドイツ語では,s音幹の中性名詞に付く -r は中期高地ドイツ語の時代より異常な発達を遂げた ( Prokosch 183 ).本来はs音幹に属していなかった中性名詞に広がったばかりか,一部の男性名詞にまで入り込み,現在では100以上の名詞に付加される,主要な複数語尾の一つとなっている.children にしか残らなかった英語とはずいぶん異なった歴史を歩んだものである.
 だが,話しはまだ終わらない.古英語の複数形 cildru は,順当に現代英語に伝わっていれば,*childre や *childer という形態になっていそうなものだが,実際には children と -n 語尾が付加されている.これは,古英語から中英語にかけて -s 語尾複数に次ぐ勢力を有した -n 語尾複数が付加したためである.本来は -r(u) だけで複数を標示できたわけであり,その上にさらに複数語尾の -n を付加するのは理屈からすると余計だが,結果としてこのような二重複数 ( double plural ) の形態が定着してしまった.-r(u) 語尾の複数標示機能は,中英語期にはすでに影が薄くなっていたからだろうと考えられる.
 おもしろいことに,日本語の「子供たち」も二重複数である.複数の「子」が集まって「子供」となったはずだが,さらに「子供たち」という表現が生まれている.
 普段は深く考えずに使っている childchildren という語にも,Homorganic Lengthening やら double plural やら,種々の言語変化がつまっている.英語史は,ここがおもしろい.

 ・Prokosch, E. The Sounds and History of the German Language. New York: Holt, 1916.

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#2048. 同器音長化,開音節長化,閉音節短化[phonetics][vowel][homorganic_lengthening][meosl][shocc]

2014-12-05

 後期古英語から初期中英語にかけて,母音の量の変化が次々と起こった.最初に同器音長化 (Homorganic Lengthening) が,そして12--13世紀にかけて開音節長化 (Open Syllable Lengthening) と閉音節短化 (Closed Syllable Shortening) が生じたとされる.これらは単発に生じたわけでも連鎖的に生じたわけでもない.むしろ,ある1つの原理に裏打ちされた親戚関係にある音韻変化群とみなすべきものである.
 それぞれの変化を略述しよう.同器音長化は後期古英語までに生じていた母音の音量変化で,「#145. childchildren の母音の長さ」 ([2009-09-19-1]) で触れた通り,同じ(あるいは近い)調音器官により調音される2つの有声子音が続く場合に,先行する短母音が長母音化するというものだ.具体的には /ld/, /rd/, /rð/, /rl/, /rn/, /rz/, /mb/, /nd/, /ŋg/ の前の短母音が長化する.これらの連続する2つの子音の有声性が直前の母音に一部取り込まれることになるため,結果として母音の音量が長くなる.cildcīld へ,blindblīnd へ,climbanclīmban へと変化した.
 次に開音節長化は初期中英語に生じた母音の音量変化で,「#1230. overoffer は最小対ではない?」 ([2012-09-08-1]) でやや詳しく述べたように,開音節における短母音が長母音化するというものだ.namanāma へ,beranbēran へ,oferōfer へと変化した.
 最後に閉音節短化は開音節長化と同時期に生じた相補的な母音の音量変化で,閉音節における長母音が短母音化するというものだ.sōftesofte へ,clǣnsianclænsian へ,kēptekepte へと変化した.
 さて,この3つの音量変化の背後に潜む原理に移ろう.ブルシェ (64) によれば,古英語には基本音節構造として4つの型がありえた.(1) V|C (ex. beran), (2a) VC|C (ex. settan), (2b) VV|C (ex. dēman), (3) VVC|C (clǣnsian) である.このうち3モーラからなる (2a) と (2b) が模範的な原型と考えられており,(1) はそれを短くしたもの,(3) はそれを長くしたものとして周辺的な構造と解釈される.この観点からすると,古英語末期以降の音量変化は,周辺的な (1) や (3) の構造がより基本的な (2) の構造へと順応していく過程ととらえられる.(1) V|C 型の beran は,母音を長くすることで1モーラを加え,(2b) VV|C 型の bēran へと接近した.(3) VVC|C 型の clǣnsian は,母音を短くすることで1モーラ減らし,(2a) VC|C 型の clænsian へと接近した.このように,開音節長化と閉音節短化の2変化については,3モーラの基本構造への順応として一括して理解することができる.
 同器音長化についてはどうだろうか.連続する2つの同器性の子音は互いに調音的に緊密であるため,音韻論的にはあたかも1つの子音であるかのように振る舞うようになったと考えてみよう.すると,本来 (2a) VC|C 型の cild は,音韻論的に /ld/ を1子音とみなすことにすれば,むしろ (1) V|C 型に属することになる.(1) は原型から逸脱した不安定な構造なので,母音を伸ばして (2b) VV|C 型へ接近していくだろう.ただし,複数主格・対格形 cildru のように /ld/ の後にもう1つ子音が続く場合には,長化がブロックされるため,短母音が保たれ,現代に至る.
 上記の原理を以下に図で示そう.

Homorganic Lengthening, Open Syllable Lengthening, and Closed Syllable Shortening

 関連して「#1402. 英語が千年間,母音を強化し子音を弱化してきた理由」 ([2013-02-27-1]) の記事も参照.

 ・ ジョルジュ・ブルシェ(著),米倉 綽・内田 茂・高岡 優希(訳) 『英語の正書法――その歴史と現状』 荒竹出版,1999年.

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#2862. wilderness[etymology][suffix][homorganic_lengthening]

2017-02-26

 「荒野」を意味する wilderness の語源が「野生動物の住処」であると聞くと,興味を引かれないだろうか.
 この語の英語での初出は,1200年頃の説教集においてである.OED によれば,次が初例である.

c1200 Trin. Coll. Hom. 161 Weste is cleped þat londe, þat is longe tilðe atleien, and wildernesse, ȝef þare manie rotes onne wacseð.


 この語は古英語では文証されないのだが,実際には *wild(d)éornes などとして存在していた可能性はある.Middle Low German や Middle Dutch において wildernisse として確認されている(cf. 現代ドイツ語 wildernis,現代オランダ語 wildernis).
 語形成としては,"wild" + "deer" + "ness" の3要素からなる."deer" は,「#127. deer, beast, and animal」 ([2009-09-01-1]),「#128. deer の「動物」の意味はいつまで残っていたか」 ([2009-09-02-1]) で見たように,古英語から中英語にかけて「動物」を意味したから,"wild deer" とは要するに「野生動物」である.-ness は抽象名詞を作る接尾辞だが,ここでは「住処,場所」ほどの具体的な意味を表わすものとして使われている.-ness が具体名詞を作る例は確かに稀ではあるが,héahnes (highness) で「頂上」を表わしたり,sméþnes (smoothness) で「平地」を表わしたりする事例があるなど,皆無ではない.全体として,wilderness の意味は「野生動物の住処」となり,人の住んでいない荒野のイメージが喚起される.
 -ness は,通常,形容詞の基体に接続して名詞を作るので,wild deer という名詞に接続していることは異例のように思われるかもしれない.これについては,wild deer に形容詞接尾辞 -en が付いてできた wildern (野生の)が基体となり,そこへ -ness が接続したと考えることもできる.実際,wildern は,後期古英語に mid wilddeorenum toþum として初出しており,中英語でも多くはないが文証されているので,こちらの語源説のほうが説得力が高いように思われる.
 なお,語幹に2重母音をもつ wild /waɪld/ に対して, wilderness /ˈwɪldənəs/ では単母音を示すのは,「#145. childchildren の母音の長さ」 ([2009-09-19-1]) で述べたのと同じ理屈により説明できる.

Referrer (Inside): [2020-02-28-1]

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