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#6373. アイルランドの至宝『ケルズの書』を訪ねて --- The Book of Kells[book_of_kells][dublin][tabihel][ireland][christianity][manuscript][history][latin][link][tabihel_dublin]

2026-10-08


Chi Rho Page of the Book of Kells



 ダブリンの英語史に関連する場所を訪ねて歩く「旅hel」 (tabihel) シリーズ.今回は,アイルランドが誇る至宝 The Book of Kells 『ケルズの書』を訪れたので,これを取り上げたい.上に掲げた写真は,同書のなかでもとりわけ有名な「Chi Rho ページ」である(実物写本は写真撮影不可で,これは展示パネルを撮影したもの).
 『ケルズの書』は,ラテン語で記された4福音書を収めた,西欧中世を代表する装飾写本である.紀元800年前後,アイオナ島の修道院で制作が始められたとされる.細密画の緻密さは尋常でなく,ケルト的な古代から伝わるtriskele(三脚ともえ紋)を含む繊細な意匠,アングロサクソン的な動物文様や組紐模様,ラテン的な動植物のモチーフや技術,ギリシア風の鍵模様,コプト的な点描の多用など,実に多様な芸術文化がひとつの写本のなかに織り込まれている.まさに,当時のヨーロッパの文化的交差点を凝縮したような写本だ.
 この至宝を所蔵しているのが,Trinity College Dublin の Old Library である.大学はは,『ケルズの書』と,後述する壮麗な書庫・閲覧室 Long Room の2つを,大学最高の至宝として位置づけている.
 先日,事前に予約をとったうえで,朝8時半,開館直後を狙って訪れた.5分前に入口に着くと,すでに驚くほどの訪問客が待機していた.入館してまず案内されるのは,『ケルズの書』の成立背景や意匠を解説する展示パネルの並ぶ一室で,上掲の写真はここで撮影したものである.オーディオガイドを聴きながらじっくりと時間をかけて学べる仕組みになっており,たいへん勉強になった.
 展示室を抜け,1段高いフロアに上がると,いよいよ写本の実物との対面である.ガラスケースのなかに大切に仕舞われ,とあるフォリオが開かれている.写真撮影は禁止,周りから覗き込むだけだが,ため息が漏れた.細密画そのものの芸術的価値はもちろんだが,紀元800年前後,うら寂しいアイオナ島の修道院で,修道僧たちがこれほど緻密な作業に長い時間をかけて取り組んでいたのかと思うと,畏れ多い気持ちになる.こうしてブリテン諸島にて小さくコツコツと育まれていったキリスト教文化が,歴史を通じて拡大し,今ではこの写本が国を代表する至宝として公開され,世界中から人々を引き寄せている.文化の力を目の当たりにした.
 2階へ上がると,今度は壮麗な Long Room が広がる.目下,大規模な改装中で,書棚の書籍は多く退避されていたが,この部屋の威容は十分に伝わった.こうした荘厳な雰囲気のなかで研究ができたら,さぞかし素晴らしいだろう.
 さらに,別館パビリオンでは,『ケルズの書』と Long Room をさらに掘り下げて紹介するデジタル展示が用意されており,これもまた見応えがあった.ショップを通り抜けて外に出たとき,私はすっかり満足していた.
 「#3680. 『ケルズの書』がオンラインに」 ([2019-05-25-1]) で紹介した,写本の精密画像を自由に閲覧できるオンラインサイトと並んで,今回聴きながら展示を見て回った Audio Guide --- the book of kells experience もお薦めしたい.
 英語史の観点からは,島嶼キリスト教文化の同じような文脈で,一足先の紀元700年頃にイングランド北部の島で制作されたとされる Lindisfarne Gospels が,しばしば『ケルズの書』と比較される.Lindisfarne Gospels もラテン語で書かれているが,10世紀頃のものとされる古英語の行間注釈が書き込まれており,早い段階の Northumbria 方言を伝える貴重な資料となっている点で一線を画す.こちらの写本の高精細画像は,こちらから閲覧できるので,あわせて見比べてみるとおもしろいだろう.

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