「#2101. Williams の意味変化論」 ([2015-01-27-1]) で言及したように,法則の名に値する意味変化のパターンというものはほとんど発見されていない.ただし,それに近づくものとして挙げられるのが,「#1756. 意味変化の法則,らしきもの?」 ([2014-02-16-1]) の「速く」→「すぐに」の例や,「#1759. synaesthesia の方向性」 ([2014-02-19-1]) や,先の記事で触れた Basic Color Terms (BCTs; 基本色彩語) に関する普遍性だ.今回は,BCTs の先駆的な研究に焦点を当てる.
Berlin and Kay の BCTs の研究は,その先進的な方法論と普遍性のある結論により,意味論,言語相対論 (linguistic_relativism),人類学,認知科学などの関連諸分野に大きな衝撃を与えてきた.批判にもさらされてはきたが,現在も意味論や語彙論の分野でも間違いなく影響力のある研究の1つとして数えられている.意味変化の法則という観点から Berlin and Kay の発見を整理すると,次の図に要約される.
この図は,世界のあらゆる言語における色彩語の発展の道筋を表すとされる.通時的にみれば発展はIからVIIの段階を順にたどるものとされ,共時的にみれば高次の段階は低次の段階を含意するものと解釈される.具体的には,すべての言語が, black と white に相当する非比喩的な色彩語2語を有する.もし色彩語が3語あるならば,追加されるのは必ず red 相当の語である.段階IIIとIVは入れ替わる可能性があるが,green と yellow 相当が順に加えられる.段階Vの blue と段階VIの brown がこの順で追加されると,最後に段階VIIの4語のいずれかが決まった順序なく色彩語彙に追加される.つまり,普遍的な BCTs は以上の11カテゴリーであり,これが一定の順序で発達するというのが Berlin and Kay の発見の骨子だ.
もしこれが事実であれば,認知言語学的な観点からの普遍性への寄与となり,個別文化に依存しない強力な意味論的「法則」と呼んでしかるべきだろう.以上,Williams (208--09) を参照して執筆した.
・ Berlin, Brent and Paul Kay. Basic Color Terms. Berkeley and Los Angeles: U of California P, 1969.
・ Williams, Joseph M. Origins of the English Language: A Social and Linguistic History. New York: Free P, 1975.
Williams の英語史を読んでいて,意味変化の扱いが本格的であり(7章と8章を意味変化に当てている),数ある英語史概説書のなかでも比較的よくまとまっているように感じた.以下,いくつかコメントしたい.
Williams (170) は意味変化の局面を "reasons", "mechanism", "consequences" の3種に分けて考えようとしている.この洞察により,意味変化の分類に関してもつれていた頭が少しクリアになったように思う.というのは,従来の分類ではこれらの局面があまり明示的に区別されてこなかったからだ.本ブログでも意味変化(の原因)の分類について「#473. 意味変化の典型的なパターン」 ([2010-08-13-1]),「#1109. 意味変化の原因の分類」 ([2012-05-10-1]),「#1873. Stern による意味変化の7分類」 ([2014-06-13-1]),「#1953. Stern による意味変化の7分類 (2)」 ([2014-09-01-1]),「#1973. Meillet の意味変化の3つの原因」 ([2014-09-21-1]),「#2060. 意味論の用語集にみる意味変化の分類」 ([2014-12-17-1]) で取り上げてきたが,いまだ決定的な分類というものはないといってよい.分類法は,論者の数だけあるといっても過言ではないほどだ.Stern も繰り返し示唆しているように,2つの意味変化の動機づけが同じタイプだったとしても異なるタイプに帰結することはあるし,逆に帰結のタイプは同じであっても,経由した過程のタイプは異なるというような意味変化もある.また,異なる複数の要因が絡み合って,1つの意味変化が発生するということもごく普通にみられる.そもそも意味変化の分類といっても,意味変化のどの局面に注目して分類するかという考え方の問題もあり,一筋縄ではいかなかったのだ.Williams も特に何か新しいことを述べているわけではないのだが,"reasons", "mechanism", "consequences" の3局面を区別している点が評価できる.
また,Williams は意味変化の法則 (semantic laws) の話題に1節を割いている (207--10) .この話題については「#1756. 意味変化の法則,らしきもの?」 ([2014-02-16-1]),「#1759. synaesthesia の方向性」 ([2014-02-19-1]),「#1955. 意味変化の一般的傾向と日常性」 ([2014-09-03-1]) の記事などで触れてきたが,Williams (207) も,意味変化の法則とはいわずとも傾向として指摘できることとして,伝統的で無難な項目をいくつか挙げている.
1. Words for abstractions will generally develop out of words for physical experience: comprehend, grasp, explain, and so on.
2. Words originally indicating neutral condition tend to polarize: doom, frame, predicament, luck, merit.
3. Words originally indicating strong emotional response tend to weaken as they are used to exaggerate: awful, terrific, tremendous.
4. Insulting words tend to come from names of animals or lower classes: rat, dog, villain, cad
5. Metaphors will be drawn from those aspects of experience most relevant to us: eye of a needle, finger of land; or most intense in our experience: turn on, spaced out, freaked out, for example.
Williams (208) は,より強力な意味変化の法則の例として「#1756. 意味変化の法則,らしきもの?」 ([2014-02-16-1]) で触れた中英語期に生じた「速く」→「すぐに」の意味変化を取り上げているが,これは「将来を取り込む法則」ではなく「過去についての限定された一般化」であると評している.もう少し法則の名に値するものとしては,Basic Color Terms にみられる通言語的な方向性と,自らが提唱する共感覚 (synaesthesia) の方向性を挙げている(後者については,「#1759. synaesthesia の方向性」 ([2014-02-19-1]) を参照).Williams によれば,「意味変化の法則」にかなうのは,"universals of change which, because they are so regular and so general, reflect internal influences either peculiar to the particular language or to human language and cognition in general" (208) であるようだ.
Williams は,意味変化と関連して slang, argot, cant, jargon といった使用域の「低い」語にも注目しており,著書の副題 "A Social and Linguistic History" にふさわしい社会言語学的な観点からの洞察が光っている.
・ Stern, Gustaf. Meaning and Change of Meaning. Bloomington: Indiana UP, 1931.
・ Williams, Joseph M. Origins of the English Language: A Social and Linguistic History. New York: Free P, 1975.
・ Williams, Joseph M. "Synaesthetic Adjectives: A Possible Law of Semantic Change." Language 52 (1976): 461--78.