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psycholinguistics - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-12-21 12:40

2023-02-11 Sat

#5038. 語用論の学際性 [pragmatics][linguistics][sociolinguistics][philosophy_of_language][psycholinguistics][ethnography_of_speaking][anthropology][politics][history_of_linguistics][methodology][toc]

 「#5036. 語用論の3つの柱 --- 『語用論の基礎を理解する 改訂版』より」 ([2023-02-09-1]) で紹介した Gunter Senft (著),石崎 雅人・野呂 幾久子(訳)『語用論の基礎を理解する 改訂版』(開拓社,2022年)の序章では,語用論 (pragmatics) が学際的な分野であることが強調されている (4--5) .

 このことは,語用論が「社会言語学や何々言語学」だけでなく,言語学のその他の伝統的な下位分野にとって,ヤン=オラ・オーストマン (Jan-Ola Östman) (1988: 28) が言うところの,「包括的な」機能を果たしていることを暗に意味する.Mey (1994: 3268) が述べているように,「語用論の研究課題はもっぱら意味論,統語論,音韻論の分野に限定されるというわけではない.語用論は…厳密に境界が区切られている研究領域というよりは,互いに関係する問題の集まりを定義する」.語用論は,彼らの状況,行動,文化,社会,政治の文脈に埋め込まれた言語使用者の視点から,特定の研究課題や関心に応じて様々な種類の方法論や学際的なアプローチを使い,言語とその有意味な使用について研究する学問である.
 学際性の問題により我々は,1970年代が言語学において「語用論的転回」がなされた10年間であったという主張に戻ることになる.〔中略〕この学問分野の核となる諸領域を考えてみると,言語語用論は哲学,心理学,動物行動学,エスノグラフィー,社会学,政治学などの他の学問分野と関連を持つとともにそれらの学問分野にその先駆的形態があることに気づく.
 本書では,語用論が言語学の中における本質的に学際的な分野であるだけでなく,社会的行動への基本的な関心を共有する人文科学の中にあるかなり広範囲の様々な分野を結びつけ,それらと相互に影響し合う「分野横断的な学問」であることが示されるであろう.この関心が「語用論の根幹は社会的行動としての言語の記述である」 (Clift et al. 2009: 509) という確信を基礎とした本書のライトモチーフの1つを構成する.


 6つの隣接分野の名前が繰り返し挙げられているが,実際のところ各分野が本書の章立てに反映されている.

 ・ 第1章 語用論と哲学 --- われわれは言語を使用するとき,何を行い,実際に何を意味するのか(言語行為論と会話の含みの理論) ---
 ・ 第2章 語用論と心理学 --- 直示指示とジェスチャー ---
 ・ 第3章 語用論と人間行動学 --- コミュニケーション行動の生物学的基盤 ---
 ・ 第4章 語用論とエスノグラフィー --- 言語,文化,認知のインターフェース ---
 ・ 第5章 語用論と社会学 --- 日常における社会的相互行為 ---
 ・ 第6章 語用論と政治 --- 言語,社会階級,人種と教育,言語イデオロギー ---

 言語学的語用論をもっと狭く捉える学派もあるが,著者 Senft が目指すその射程は目が回ってしまうほどに広い.

 ・ Senft, Gunter (著),石崎 雅人・野呂 幾久子(訳) 『語用論の基礎を理解する 改訂版』 開拓社,2022年.

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2021-12-23 Thu

#4623. ジェスチャーとは何か? [gesture][paralinguistics][terminology][psycholinguistics][origin_of_language][sign_language][kinesics]

 ジェスチャー (gesture) は言語そのものではないが,言語と同期することも多く,心理言語学や社会言語学などの分野では重要な研究対象となっている.とりわけ近年では「マルティモーダル分析」 (multimodal analysis) と呼ばれる,パラ言語的要素 (paralinguistics) を統合的に観察する手法が編み出されてきている,ジェスチャーは,言語の起源 (origin_of_language),手話 (sign_language),普遍言語といった話題とも接点があり,言語学との結びつきは強い.実際,目下読み進めている言語学史のハンドブックで,ジェスチャー研究の歴史に1章が割かれている.Kendon (71) より,意外と緩い「ジェスチャー」の定義・解説を引いておきたい.

'Gesture' here refers to the wide variety of ways in which humans, through visible bodily action, give expression to their thoughts and feelings, draw attention to things, describe things, greet each other, or engage in ritualized actions as in religious ceremonies. 'Gesture' includes the movements of the body, especially of the hands and arms, often integrated with spoken expression; the use of manual actions, often conventionalized, to convey something without speech; or the manual and facial actions employed in sign languages. All this is part of 'gesture', broadly conceived. Expressions such as laughing and crying, blushing, clenching the teeth in anger, and the like, or bodily postures and attitudes sustained during occasions of interaction, are less likely to be so considered. 'Gesture' is not a well-defined category. Although there is a core of phenomena, such as those mentioned, to which the term is usually applied without dispute, it is not possible to establish clear boundaries to the domain of its application, and some writers are inclined to include a much wider range of phenomena than do others.


 本ブログでは「#2921. ジェスチャーの分類」 ([2017-04-26-1]) でジェスチャーの話題を取り上げたことがある程度で私も門外漢だ.そこでふと思ったのだが,歴史ジェスチャー学というものは存在するのだろうか.例えば演劇のパフォーマンス,写本図像,絵本などの資料などから,それらしい研究が成り立つのだろうか.

 ・ Kendon, Adam. "History of the Study of Gesture." Chapter 3 of The Oxford Handbook of the History of Linguistics. Ed. Keith Allan. Oxford: OUP, 2013. 71--89.

Referrer (Inside): [2021-12-25-1]

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2021-10-08 Fri

#4547. clang association [semantic_change][synonym][psycholinguistics][terminology][etymology][semiotics][pun][clang_association]

 英語史の古典的著書といってよい Algeo and Pyles を読んでいて,語の意味変化 (semantic_change) の話題と関連して clang association という用語を知った.もともとは心理学の用語のようだが「類音連想(連合),音連合」と訳され,例えば clingring のように押韻するなど発音が似ている語どうしに作用する意味的な連想のことをいうようだ.いくつかの英語学用語辞典を引いても載っていなかったので,これを取り上げている Algeo and Pyles (233--34) より引用するほかない.

   Sound Associations
   Similarity or identity of sound may likewise influence meaning. Fay, from the Old French fae 'fairy' has influenced fey, from Old English fǣge 'fated, doomed to die' to such an extent that fey is practically always used nowadays in the sense 'spritely, fairylike.' The two words are pronounced alike, and there is an association of meaning at one small point: fairies are mysterious; so is being fated to die, even though we all are so fated. There are many other instances of such confusion through clang association (that is, association by sound rather than meaning). For example, in conservative use fulsome means 'offensively insincere' as in "fulsome praise," but it is often used in the sense 'extensive' because of the clang with full. Similarly, fruition is from Latin frui 'to enjoy' by way of Old French, and the term originally meant 'enjoyment' but now usually means 'state of bearing fruit, completion'; and fortuitous earlier meant 'occurring by chance' but now is generally used as a synonym for fortunate because of its similarity to that word.


 発音が近い単語どうしが,意味の点でも影響し合うというのは,記号論的にはもっともなことだろう.当然視しており深く考えることもなかったが,記号間の連携というのは,高度に記号を操ることのできるヒトならでは芸当である.ダジャレや,それに立脚するオヤジギャグを侮ることなかれ.立派な clang association なのだから.

 ・ Algeo, John, and Thomas Pyles. The Origins and Development of the English Language. 5th ed. Boston: Thomson Wadsworth, 2005.

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2019-12-15 Sun

#3884. 文字解読の「2経路」の対比 [spelling][grammatology][alphabet][reading][writing][psycholinguistics][kanji][frequency]

 「#3881. 文字読解の「2経路モデル」」 ([2019-12-12-1]) の記事でみたように,文字解読には「音韻ルート」 (phonological route) と「語ルート」 (lexical route) の2経路があると想定されている.典型的には各々アルファベットと漢字(訓読み)に結びつけるのが分かりやすいが,アルファベットで綴られた単語が語ルートで読解されることもあれば,形声文字の漢字が音韻ルートで読解されることもあり得るので,そう単純ではない.Cook (25) は,2つのルートを以下のように対比している.

 Phonological routeLexical route
Converts written unitsTo phonemesTo meanings
Also known asAssembled phonologyAddressed phonology
NeedsMental rulesMental lexicon of items
Works byCorrespondence rulesMatching
Can handleAny novel combinationOnly familiar symbols
Used withAny wordsHigh frequency words


 最後の2行の指摘が興味深い.語ルートは,すでに知っている語,とりわけ頻度の高い語と相性がよいという点だ.逆にいえば,未知の語や低頻度の語とは相性が悪いということだ.確かに漢字は先に学んでいない限り読むことはできないし,低頻度の漢字はなかなか定着しないので読み書きも忘れがちである.一方,アルファベットで書かれた語は,たとえ未知で意味不明であっても,およそ読むことはできる.また,アルファベットで書かれているとはいえ,thevery などの高頻度語は,おそらく語ルートで読解されているだろう.
 算術に喩えれば,音韻ルートは筆算して答えを得ることに,語ルートは暗記しているかけ算九九で直接解答にアクセスすることに相当するといったらよいだろうか.

 ・ Cook, Vivian. The English Writing System. London: Hodder Education, 2004.

Referrer (Inside): [2020-01-26-1] [2019-12-18-1]

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2019-12-12 Thu

#3881. 文字読解の「2経路モデル」 [orthography][spelling][grammatology][alphabet][reading][writing][psycholinguistics][kanji]

 日本語(特に漢字)を読んでいるのと英語を読んでいるのとでは,何かモードが異なるような感覚をずっともっていた.異なる言語だから異なるモードで読んでいるのだといえばそうなのだろうが,それとは別の何かがあるような気がする.さらされているのが表語文字か表音文字かという違いが関与しているに違いない.この違和感を理論的に説明してくれると思われるのが,文字読解の「2経路モデル」 ('dual-route' model) である.これ自体が心理学上の仮説(ときに「標準モデル」とも)とはいえ,しっくりくるところがある.
 表音文字であるローマン・アルファベットで表記される英語を読んでいるとき,目に飛び込んでくる文字上の1音1音に意識が向くことは確かに多いが,必ずしもそうではないことも多い.どうやら音を意識する「音韻ルート」 (phonological route) と語を意識する「語ルート」 (lexical route) が別々に存在しており,読者は場合によっていずれかのルートのみ,場合によって両方のルートを用いて読解を行なっているということらしい.以下に「2経路モデル」の図を示そう(Cook 17 より).

                                                     ┌────────────┐
                                                     │   Phonological route   │
                                                     │                        │
                                             ┌──→│Converting 'letters' to │───┐
                     ┌───────┐      │      │Phonemes with a small   │      │
    Reading          │   Working    │───┘      │      set of rules      │      └───→
    written ───→ │out 'letters' │              └────────────┘                  Saying words aloud
     words           │ and 'words'  │───┐      ┌────────────┐      ┌───→
                     └───────┘      │      │     Lexical route      │      │
                                             └──→│                        │───┘
                                                     ???Looking up 'words' in a ???
                                                     │ large mental lexicon   │
                                                     └────────────┘

 tip という単語を読むときに経由する「音韻ルート」を考えてみよう.読者は <t>, <i>, <p> の文字を認識すると,各々を /t/, /ɪ/, /p/ という音素に変換し,その順番で並んだ /tɪp/ という音韻出力を得る.この場合の対応規則はきわめて単純だが,<th> であれば /θ/ に,<dge> であれば /ʤ/ に変換する必要があるなど,しばしば込み入った対応規則の適用も要求される.
 一方,% という記号を読むときに経由する「語ルート」を考えてみよう.% に直接に音を表わす要素は含まれていないので,読者はこの記号が percent /pəsent/ という語に対応していることをあらかじめ知っていなければならない.熟練した読者は脳内に膨大な記憶辞書 (mental lexicon) をもっており,そこには語彙の情報(発音,意味,形態変化,共起語など)がぎっしり詰まっているとされる.このような読者は % の記号を目にすると,それを記憶辞書に格納されている percent というエントリーに直接結びつけ,読解していると想定される.% などの記号や漢字のような文字は,原則として「音韻ルート」は経由せず「語ルート」経由のみで理解されているものと思われる.
 先の tip の場合はどうだろうか.確かに「音韻ルート」を経由していると思われるが,「先端」という意味やその他の発音以外の情報を取り出すには,やはりどこかの段階で記憶辞書へアクセスしていなければならない.つまり「語ルート」も経由しているに違いないのである.
 ここから,漢字を読むときには主として「語ルート」のみを通り,英語を読むときには「音韻ルート」と「語ルート」の両方を通っていることが想定される.各々を読むときにモードが異なるように感じるのは,経由するルートの種類と数の違いに起因する可能性が高いということだ.

 ・ Cook, Vivian. The English Writing System. London: Hodder Education, 2004.

Referrer (Inside): [2020-01-26-1] [2019-12-15-1]

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2011-11-03 Thu

#920. The Gavagai problem [psycholinguistics][language_acquisition][mental_lexicon][philosophy_of_language][translation]

 人はどのようにして多くの語を記憶語彙 (mental lexicon) へ蓄積してゆくのか,という問題は言語習得 (language acquisition) の分野における大きな問題である.大人になるにつれ音韻,形態,統語の規則の習得能力は落ちて行くと考えられているが,語彙の習得能力は維持されるという.子供にせよ大人にせよ,新しい語彙をどのように習得してゆくのか.意識的な語彙学習は別として,日常生活のなかでの語彙習得については,いまだに謎が多い.
 哲学者 W. O. Quine が議論した以下のような状況に言及して,心理言語学者が the Gavagai problem と称している語彙習得上の問題がある.

Picture yourself on a safari with a guide who does not speak English. All of a sudden, a large brown rabbit runs across a field some distance from you. The guide points and says "gavagai!" What does he mean? / One possibility is, of course, that he's giving you his word for 'rabbit'. But why couldn't he be saying something like "There goes a rabbit running across the field"? or perhaps "a brown one," or "Watch out!," or even "Those are really tasty!"? How do you know? / In other words, there may be so much going on in our immediate environment that an act of pointing while saying a word, phrase, or sentence will not determine clearly what the speaker intends his utterance to refer to. (Lieber 16)


 普通であれば,上記の場合には gavagai をウサギと解釈するのが自然のように思われるが,この直感的な「自然さ」はどこから来るものだろうか.心理言語学者は,人は語彙習得に関するいくつかの原則をもっていると仮定する (Lieber 17--18) .

 (1) Lexical Contrast Principle: 既知のモノに混じって未知のモノが目の前にあり,未知の語が発せらるのを聞くとき,言語学習者はその未知のモノとその未知の語を結びつける.
 (2) Whole Object Principle: 未知の語を未知のモノと結びつけるとき,言語学習者はその語をその未知のモノ全体を指示するものとして解釈する.未知のモノの一部,一種,色,形などを指示するものとしては解釈しない.
 (3) Mutual Exclusivity Principle: 既知のモノだけが目の前にあり,未知の語が発せられるのを聞くとき,言語学習者は周囲に未知のモノを探してそれと結びつけるか,あるいは既知のモノの一部や一種を指示するものとして解釈する.

 この仮説は多くの実験によって支持されている.現実には稀に the Gavagai problem が生じるとしても,上記のような戦略的原則を最優先させることによって,我々は多くの語彙を習得しているのである.確かに,このような効率的な戦略がなければ,言語学習者は数万という語彙を習得できるはずもないだろう.

 ・ Lieber, Rochelle. Introducing Morphology. Cambridge: CUP, 2010.

Referrer (Inside): [2022-02-01-1] [2022-01-26-1]

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