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tabihel_ireland - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2026-10-01 05:00

2026-10-01 Thu

■ #6366. Trim Castle --- アイルランド最大のアングロノルマンの城 [ireland][anglo-norman][tabihel][tabihel_ireland][history]


Trim Castle, County Meath, Ireland



 先日,Dublin から車で1時間ほど北西に走ったところにある Meath 県の町 Trim を訪れた.目当ては,町の中心を流れる Boyne 川のほとりにそびえる Trim Castle である.良いタイミングで城内見学ツアーに参加することができた.1時間ほどかけて城内をめぐり,中世の城での生活に思いを馳せた.
 Trim Castle は,アイルランドにおける中世のアングロ・ノルマン様式の城のなかで最大の規模を誇る.建設に着手したのは Hugh de Lacy,そして息子の Walter de Lacy である.背景には,1171年のイングランド王 Henry II (在位1154--89年)によるアイルランド遠征があった.同年,Henry はアイルランド諸王の服属を受け入れるに至り,翌1172年には「アイルランド王」を名乗った.そして,遠征に従軍した Hugh de Lacy は,Meath 一帯の広大な領地を与えられ,この地に巨大な城の建設を始めたのだった.
 当時この城の中で交わされていた言語は,もちろんアイルランド語ではない.では,(中)英語だったかといえば,そうでもない.de Lacy をはじめとするアングロ・ノルマン系の領主たちの母語は,アングロ・ノルマン訛りのフランス語 (Anglo-Norman French) だった.1世紀ほど遡る1066年のノルマン征服によってイングランドの支配層に定着したこのフランス語の1変種が,そのままアイルランドにも持ち込まれたことになる.つまり,実権を握るノルマン貴族たちが城の中で日々口にしていたのはフランス語であり,英語も被支配者の母語であるアイルランド語も,城のなかで皆無だったとは断言できないものの,あったとしても少数派の言語にすぎなかった.
 もっとも,Henry II の遠征によってイングランドによるアイルランド支配が一気に確立されたわけでは決してない.その後何世紀にもわたり,ゲール系諸侯の抵抗と反乱,ノルマン系領主のゲール化,度重なる再征服の試みが繰り返され,統治は困難を極めた.この長く錯綜した歴史の詳細については,「#1715. Ireland における英語の歴史」 ([2014-01-06-1]) や「#2361. アイルランド歴史年表」 ([2015-10-14-1]) を参照されたい.


Window at Trim Castle used in a scene from Braveheart



 さて,Trim Castle にはもう1つ,意外な顔がある.アカデミー賞を受賞した映画 Braveheart (1995年)の撮影地として使われているのだ.物語の舞台は13世紀末のスコットランド独立戦争,イングランド王 Edward I とスコットランド軍との戦いだが,撮影は海を越えたこのアイルランドの城で行われたという.とりわけ印象的なのが,上掲の写真に写る窓である.映画内で Edward I が王太子の側近をこの窓から容赦なく突き落とす衝撃的な場面は,この窓を利用して撮影されたのだという.
 12世紀後半のアングロ・ノルマン貴族が話していたフランス語,その後何世紀にもわたる英語とアイルランド語の複雑な力関係,そして20世紀末のハリウッド映画の舞台.Trim Castle は今も Boyne 川を見下ろしながら息している.

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