方言学 (dialectology) では,ある言語項の異形 (variants) の分布を地図上にプロットしてみせる視覚的表現がしばしば利用される.異形がぶつかり合うところは,いわば方言境界をなし,地図上には境界線らしきものが描き出される.この線は,等高線,等圧線,等温線になぞらえて等語線 (isogloss) と呼ばれる.
例えば,言語史上有名の等語線の1つとして「#1506. The Rhenish fan」 ([2013-06-11-1]) で示したドイツ語の maken と maxen に関するものを挙げよう.その方言地図を一目見れば分かる通り,第2次子音推移 (sgcs) を経た南部と経ていない北部がきれいに分割されるような等語線が,東西に一本引かれている.
しかし,「等語線」は一見すると分かりやすい概念・用語だが,実はかなりのくせ者である.1つには,どの単語に注目するかにより等語線の引き方が異なってくるからだ.「#1532. 波状理論,語彙拡散,含意尺度 (1)」 ([2013-07-07-1]) の表で示したとおり,上記の第2次子音推移に関する等語線は,maken/maxen を例にとれば先の地図上の線となるが,ik/ich を例にとればまた別の場所に線が引かれることになる.「#1505. オランダ語方言における "mouse"-line と "house"-line」 ([2013-06-10-1]) の例も同様である.どの単語の等語線を重視すべきかという問題については,「#1317. 重要な等語線の選び方」 ([2012-12-04-1]) で論じたように,ある程度の指標はあるとはいえ,最終的には方言学者の恣意的な判断に任されることになる.
もう1つは,特定の単語に注目した場合ですら,やはりきれいな1本線を地図上に引けるとは限らないことである.例えば,maken は先の等語線の南部ではまったく観察されないかといえば,そうではない.等語線のわずかに南側では用いられているだろう.同じように maxen も等語線のわずかに北側では用いられているはずである.地図上では幅のない1本線で描かれているとしても,その境界は現実の地理においては幅をもった帯として存在しているはずである.つまり,境界線というよりは境界領域といったほうがよい.幅がどれだけ広いか狭いかは別として,その境界領域では両異形が用いられている.
maken と maxen の使用分布を区分する1つの等語線という見方は,ある種の理想化された方言境界を示すものにすぎない.現実には make の南限を示す線と maxen の北限を示す線の,合わせて2本の線があり,両者に挟まれた帯の存在を念頭におかなければならない.換言すれば,この帯をいくぶん太く塗りつぶして1本の線のように見せたのが等語線ということだ.方言学者は,各異形の南限や北限を示す各々の線のことを,"isogloss" と対比させる意味で "heterogloss" と呼んでいる.これについて,中英語方言学の権威 Williamson (489) の説明に耳を傾けてみよう.
An isogloss is a cartographic construct, intended to show the geographical boundary between the distributions of two linguistic features. But the isogloss is problematic: it often distorts what typically happens when the bounds of two distributions meet, by sanitizing or idealizing the co-occurrence of the bounds. There is rarely a clear-cut line between the distributions of features. Rather, they may often overlap, so that there are areas when both forms are used to a greater or lesser extent in neighboring communities or used by the members of one community and understood by those of another. Where the boundaries of features meet, we find zones of transition. It is these zones of transition, shifting across space, which define the dialect continuum.
. . . . An isogloss makes assumptions about what is or is not there. . . . I have resorted to a variant of the isogloss --- the "heterogloss". A heterogloss is a line which attempts to demarcate the bounds of the distribution of a single feature. Where the bounds of the distributions of two features meet, there will be two boundary lines --- one for each feature. Heteroglosses allow us to see where there are overlaps between the distributions.
引用にもある通り,方言連続体 (dialect_continuum) の現実を理解する上でも,"heterogloss" という概念・用語の導入は重要である.関連して「#4114. 方言(特に中英語の方言)をどうとらえるか」 ([2020-08-01-1]) も参照されたい.
・ Williamson, Keith. "Middle English: Dialects." Chapter 31 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 480--505.
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