ノルマン征服と英語

2017年10月29日

堀田 隆一

「hellog〜英語史ブログ」 url: http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/

要点

  1. ノルマン征服とは?
  2. 英語への言語的影響は?
  3. 英語への社会的影響は?

1. ノルマン征服 (Norman Conquest)

  1. 1066年に起こった英国史上最大の事件
  2. ノルマン人によるアングロサクソン王国の征服
  3. ウィリアム1世「征服王」 (William I the Conqueror) によるノルマン王朝の開始
  4. イングランドの政治,社会,文化が一変
  5. 英語にも多大な影響を及ぼした

ノルマン人の起源

  1. "Norman", "Normandy", "Norse" (#1568)
  2. 「ノルマン」 (= Norman) は古代北欧語の "Norðmaðr" (= Northman) から
  3. 8世紀後半からイングランドを苦しめていたヴァイキングの一派
  4. ウィリアム1世の家系 (#2685)
  5. したがって,ノルマン征服は,ある意味で2度目のヴァイキングによる侵略とも

1066年

  1. エドワード懺悔王 (Edward the Confessor) の死 (cf. #2620. アングロサクソン王朝の系図)
  2. ハロルド2世 (Harold II) の即位
  3. ヘイスティングズの戦い (Battle of Hastings) でウィリアムの勝利
  4. ウィリアム1世,クリスマスにウェストミンスター寺院で即位
  5. 詳細が「バイユーのタペストリー」 (The Bayeux Tapestry) に (cf. #88)

ノルマン人の流入とイングランドの言語状況

  1. ノルマン・フランス語 (Norman French) を母語とする話者がイングランドへ移住
  2. 主として,ノルマン人の王侯貴族や高位聖職者が
  3. しかし,全体としてはイングランド人口のわずか5%ほど(#338)
  4. 95%のイングランド人の母語は英語のまま
  5. 一方,やがて英仏語のバイリンガルも現われるように (#661)
  6. イングランド社会は「フランス語=上位」「英語=下位」の構図に (#1203)
  7. 12世紀のイングランド王たちの「英語力」 (#1204)
  8. Cf. 1300年頃の Robert of Gloucester による年代記 (ll. 7538--47) の記述(#2148; 補遺1参照)

2. 英語への言語的影響

  1. 語彙:フランス借用語(句)が大量に流入し,語彙体系が大幅に再編成
  2. 語形成:フランス接辞の導入と混成語の誕生
  3. 綴字:フランス式綴字習慣の導入
  4. 発音:わずかな音韻変化と異なる強勢パターンの導入
  5. 文法:直接の影響はわずか

語彙への影響

  1. 中英語期 (1100--1500) を中心に1万語が流入
  2. 特に1250--1400年に多く借用された (#117, #1205, #2349)
  3. 現代英語には7500語ほどが残る
  4. Cf. 現代英語の語種比率(#1225, 及び#1645のリンク先)

英語語彙におけるフランス借用語の位置づけ (#1210)

  1. 政治,法律,軍事,文化を含む様々なジャンルの語句(補遺2参照)
  2. 基本語から専門語までの広い守備範囲をカバー
  3. 本来語とフランス借用語のなす2層構造 (cf. #2977)
  4. 動物と肉の語彙 (#331)
  5. ノルマン征服後の英語人名のフランス語かぶれ (#2364)
  6. 句の借用 (#2351補遺2参照)

語形成への影響 (#96)

混種語 (hybrid) の形成

  1. フランス語の語幹に本来語の接辞がついたもの
    colourless, commonly, courtship, dukedom, faintness, faithful, noblest, peacefully, preaching
  2. 本来語の語幹にフランス語の接辞がついたもの
    enlightenment, fishery, goddess, hindrance, loveable, mileage, murderous, oddity

綴字への影響

  1. OE hus → ME house
  2. OE cild → ME child
  3. OE cwic → ME quick
  4. OE lufu → ME love (#374)

発音への影響

  1. 音韻変化 (#1222)
  2. 強勢パターンの変化 (#718)
  3. ゲルマン強勢規則とロマンス強勢規則 (#1473, #1474)
  4. 強勢位置の競合 (#200)
  5. 脚韻の導入 (#796)

文法への影響

  1. あったとしても,ごく僅かな影響にとどまる
  2. 非人称構文の増加 (#204)
  3. 不定代名詞 one の用法 (#1815)
  4. その他,フランス語の言語的影響 (#2355, #1252)
  5. フランス語の英文法への影響の評価 (#1208)

3. 英語への社会的影響 (#2047)

  1. ノルマン征服の最大の貢献は,英語を社会的下位の言語へと貶めることにより,英語から書記規範を奪い去って,英語を話し言葉のみの世界へ解き放ち,自由闊達で天衣無縫な言語の変化と多様化の条件を整えたことである.その結果,前代から生じていた言語変化は遮られることなく円滑に進行することができたし,無数の方言が花咲くことになった.
  2. 「英語はこうして地下に潜ったが,この事実は英語の言語変化が進行してゆくのに絶好の条件を与えた。現代の状況を考えれば想像できるだろうが,書き言葉の標準があり,そこに社会的な権威が付随している限り,言語はそう簡単には変わらない。書き言葉の標準は言語を固定化させる方向に働き,変化に対する抑止力となるからである。しかしいまや英語は庶民の言語として自然状態に置かれ,チェック機能不在のなか,自然の赴くままに変化を遂げることが許された。どんな方向にどれだけ変化しても誰からも文句を言われない,いや,そもそも誰も関心を寄せることのない土着の弱小言語へと転落したのだから,変わろうが変わるまいがおかまいなしとなったのである。」(堀田,p. 74)
  3. 英語はフランス語のくびきの下にあったのではなく,むしろ繁栄していた? (#577)

文法への影響について再考

  1. フランス語との言語接触と屈折の衰退 (#1171)
  2. フランス語との言語接触と文法性の消失 (#1884)
  3. 英語は社会的地位が下落し,自由に泳がされたことにより,ノルマン征服の時点までにすでに他の原因によりある程度まで進んでいた屈折や文法性の衰退,滞りなく進行し続けることを許された.

まとめ

  1. ノルマン征服は(英国史のみならず)英語史における一大事件.
  2. 以降,英語は語彙を中心にフランス語から多大な言語的影響を受け,
  3. フランス語のくびきの下にあって,かえって生き生きと変化し,多様化することができた

参考文献

補遺1: 1300年頃の Robert of Gloucester による年代記 (ll. 7538--47) の記述 (#2148)

& þe normans ne couþe speke þo / bote hor owe speche
& speke french as hii dude atom / & hor children dude also teche
So þat heiemen of þis lond / þat of hor blod come
Holdeþ alle þulke speche / þat hii of hom nome
Vor bote a man conne frenss / me telþ of him lute
Ac lowe men holdeþ to engliss / & to hor owe speche ȝute
Ich wene þer ne beþ in al þe world / contreyes none
Þat ne holdeþ to hor owe speche / bote engelond one
Ac wel me wot uor to conne / boþe wel it is
Vor þe more þat a mon can / þe more wurþe he is

補遺2: フランス借用語(句)の例 (#1210)

  1. Miscellany
    please, curious, scandal, approach, faggot, push, fierce, double, purify, carpenter
  2. Fashion, Meals, and Social Life
    train, pullet, mustard, sugar, enamel, mackerel, sole, fashion, jollity, russet
  3. Art, Learning, Medicine
    pulse, color, cloister, pen, pillar, ceiling, base, lattice, cellar, sulphur
  4. Government and Administration
    rebel, retinue, reign, duchess, allegiance, treaty, nobility, court, tax, statute
  5. Law
    mainpernor, arson, judge, property, culpable, amerce, convict, bounds, innocent, legacy
  6. Army and Navy
    arm, array, arms, soldier, chieftain, portcullis, havoc, brandish, stratagem, combat
  7. Christian Church
    incense, faith, abbey, passion, immortality, cardinal, friar, legate, virtue, convent
  8. 15th-Century Literary Words
    ingenious, appellation, destitution, harangue, prolongation, furtive, sumptuous, combustion, diversify, representation
  9. Phrases
    according to, to hold one's peace, without fail, in vain, on the point of, subject to, to make believe, by heart, at large, to draw near