hellog〜英語史ブログ

#4888. 『言語の標準化を考える』の編者が綴る紹介文,第2弾(田中牧郎氏)[gengo_no_hyojunka][contrastive_language_history][notice][japanese][standardisation][notice]

2022-09-14

 昨日の記事 ([2022-09-13-1]) に引き続き,近刊書『言語の標準化を考える --- 日中英独仏「対照言語史」の試み』(大修館,2022年)について,編者自らが紹介するという企画です.第2弾は日本語史が専門の田中牧郎氏による本書紹介文です.ご本人の許可をいただき,こちらに掲載致します.

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「日本語史における「統一化」「規範化」「通用化」」

田中 牧郎


 日本語史において、「標準化」や「標準語」というと、近代(19~20世紀)に展開された、政府による標準語政策が強く想起される(本書の11章で、田中克彦氏が論じている)。私が執筆した第5章「書きことばの変遷と言文一致」においても、江戸時代までを標準化の前史と見て、言文一致が進む明治・大正期を標準化の時代と扱った。
 本書の第1章や、第6章・第7章などで取り上げられる、標準化を、「統一化」(言語の変種を統一していこうという動き)、「規範化」(あるべき言語の形に統制していく動き)、「通用化」(多くの人が通じ合える言語の形に共通化・簡略化していく動き)の3つに分ける見方を、日本語史にあてはめて、通史としての大きな流れを見出していこうという発想は、持ったことがなかった。
 しかしながら、本書の編集作業を通して、その枠組みから日本語史をとらえてみることもできるのではないかと考えるようになった。本書執筆中には十分整理ができず書けなかったその点について、少し記したい。
 「統一化」にあてはまりそうな出来事としては、まず、奈良時代(8世紀)に漢字による日本語表記法を編み出したこと、次いで、平安時代(10世紀)に仮名を発明して話し言葉に基づく日本語を自在に書けるようにしたこと、さらに、鎌倉時代(12世紀)までに、漢字と仮名を適度に交えて書く漢字仮名交じり文(和漢混淆文)を一般的なものにしたことが、指摘できる。この一連の「統一化」の過程で、外国語の文字だった漢字を自国語の文字として飼い慣らし、漢字から派生させた2種類の仮名(平仮名・片仮名)のいずれかと混ぜ用いる、日本語独自の表記法を確立させ、現代まで使われ続ける書き言葉のシステムを作ったのである。
 こうして作られた書き言葉を安定的に運用していくために、平安時代以降、漢字辞典(『色葉字類抄』『文明本節用集』など)や、実用文の模範文例集(『明衡往来』『庭訓往来』など)が盛んに編纂され、鎌倉時代以降には、仮名の使い方を論じる仮名遣い書(『仮名文字遣』『和字正濫鈔』など)も書かれるようになっていく。これらは、「規範化」の動きと見ることができ、その流れが、江戸時代までの日本語の書き言葉を高度に洗練させていく結果をもたらした。
 そして、「通用化」の出来事が、明治時代(19~20世紀)に進んだ言文一致運動による口語体書き言葉の確立である。国定教科書や出版・放送によって、国民各層に均質な日本語を広める動きや、日清・日露戦争や第一世界大戦で版図を拡大するなか植民地に日本語を広める動きが強まるのも、その流れを受け継いだものである。
 以上は、標準化の前史と扱った出来事(江戸時代まで)を「統一化」「規範化」、標準化(明治時代)と扱った出来事を「通用化」とする見方である。研究を進めれば、江戸時代以前にも「通用化」にあたる出来事を指摘したり、明治時代以降に「統一化」「規範化」にあたる出来事を見ることもできると予想され、それは、日本語史を立体的にとらえることにつながっていくと期待できる。




 ここでは,本書第7章「英語標準化の諸相――20世紀以降を中心に」(寺澤盾)で提示された英語標準化の3つの側面(統一化,規範化,通用化)を,日本語標準化歴史に当てはめてみるとどうなるか,というすぐれて対照言語史的なアプローチが示されていると思います.ある個別言語の歴史にみられるパターンやモデルを,異なる言語の歴史にも「あえて強引に」当てはめてみようとするところに,新たな気づきが生まれるということは,本書の企画段階から何度も経験していました.悪くいえば牽強付会,我田引水,引喩失義となり得ますが,ポジティヴにいえば豊かな創造性を生み出してくれます.もちろん編者たちの狙いは後者です.
 明日は第3弾をお届けします.

Referrer (Inside): [2022-09-15-1]

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