hellog〜英語史ブログ

#2833. PC の変質と拡大[political_correctness][sociolinguistics][taboo][euphemism][context]

2017-01-28

 「#2827. PC の歴史」 ([2017-01-22-1]),「#2832. PC の特異な点」 ([2017-01-27-1]) に関連して,political_correctness という社会言語学上の運動について.今回は,誕生から半世紀ほどを経た PC が時間のなかでどのように変質・拡大してきたか,Hughes に従って考えてみたい.
 3点ほど指摘できるように思われる.1つは,PC がいくつかの段階を経て社会に受容されてきたという点である.PC は当初はあるイデオロギーをもった内集団で用いられ始めた.それが,内集団の外へも広がっていき,社会的に認知されるようになった.例えば,"political correctness" などのキーワードそれ自体が広く知れ渡ることになった.次に,批判的な反応が,とりわけ皮肉やパロディなどの形で目立つようになってきた.さらに,反抗的な反応として,あえて "politically incorrect language" を用いる "shock jocks" や "rappers" のような存在も現われてきた.このように,PC は受容の拡大と否定的な反応という段階を経ながら成長してきた.しかし,おもしろいのは否定的な反応が目立つようになったとはいえ,PC それ自体は決して失われていないことだ.Hughes (283) は,"Although discredited and mocked, it refuses to go away but appears in new guises." と述べ,これを "the paradox of political correctness" と呼んでいる.
 2つ目に,PC が流行に乗るにつれ,カバーする領域が拡散し,明確に定義できなくなってきたということがある.性や職業名などの問題に始まったが,新しいところでは外見,動物の権利,環境に関する問題まで,広く PC の問題として内包されるようになった.Hughes (284) が挙げている PC の対象となる分野のリストによれば,"fatness, appearance, stupidity, diet, crime, prostitution, race, homosexuality, disability, animal rights, the environment, and still others" が含まれている.別の言い方をすれば,言語や態度や行動のタブー (taboo) の領域が以前と比べて拡大してきた,ということだろう.PC とは,1つの見方によれば,タブー領域の拡大だったのである!
 3つ目に,PC の焦点が,PC 用語のもつ意味的・形態的な側面よりも,誰が誰に対して,いつ,どのような状況でそれを用いるかというコンテクストに当てられるようになってきた.Hughes (286) 曰く,"political correctness has increasingly become less absolute and more contextual, that is to say the emphasis is increasingly less on what is said, but more on who said it and when." 例えば,白人が黒人を指すのに侮蔑的な用語を使うのと,黒人が自らを指すのに同じ用語を使うのとでは,その効果はまったく異なる.用語そのものの問題ではなく,語用的な問題が意識されるようになってきたということだろう.
 このように,PC とは社会とともに成長してきた概念である.

 ・ Hughes, Geoffrey. Political Correctness: A History of Semantics and Culture. Malden, ML: Wiley Blackwell, 2010.

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