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rp - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-11-12 07:24

2010-02-14 Sun

#293. 言語の難易度は測れるか [pragmatics][rp][pde_characteristic][language_equality]

 [2009-09-27-1]の記事で,ある言語の長所と短所を言語学的に同定することの難しさについて触れた.ある外国語の難易度は,学習者がすでに獲得している母語との比較においてある程度決まる,ということは経験からいっても広く受け入れられそうだ.しかし,ある言語の習得にかかわる絶対的な難易度というものは言語学的に測ることができるのだろうか.
 Andersson によると,この問題は,文法 ( grammar ),語彙 ( vocabulary ),語用 ( rules of usage ) の部門別に考える必要があるという.ここでいう文法とは,統語論,形態論だけでなく音韻論をも含む広い部門のことを指す.それぞれの部門が言語の難易度測定にどのように貢献するか,あるいはしないかを,Andersson に基づいて要約する.

 ・語彙部門
  どの言語でも,習得にもっとも時間のかかるのは語彙である.母語であっても,一生でそのすべての語彙を習得することは不可能である.ここから一般的に,語彙の少ない言語のほうが語彙の多い言語より困難であるといえそうだが,語彙が少なければそれだけ複雑な概念を表現することが難しくなるというコミュニケーション効果の問題が生じるために,語彙の観点のみから言語の難易度を測るということはできそうにない.

 ・文法部門
  音韻については,区別される音素の数が少ないほど易しい言語といえる.5母音システムをもつ標準日本語と20母音システムをもつ英語の RP (see [2010-01-20-1]) とでは,前者ほうが習得は易しい.
  形態・統語については,一般的に総合的な言語 ( synthetic language ) よりも分析的な言語 ( analytic language ) のほうが易しいといえる.この点で,性・数・格といった文法情報が屈折語尾に埋め込まれた古英語の名詞形態論と,そうでない現代英語の形態論とでは,後者のほうがより易しい.

 ・語用部門
  一般に,敬語の使用などに代表される語用論的な規則が少なければ少ないほど言語は易しいといえる.しかし,社会関係を標示する機能はどの言語にも埋め込まれており,その規則の質や量を判定することは難しい.この点では,Esperanto などの人工語は,語用論規則の埋め込みが少ないので,易しいといえるかもしれない.

 結論として次のようにいえるだろう.ある言語の習得にかかわる絶対的な難易度は部門別には測定可能かもしれないが,それぞれの部門に付与された難易度が全体のなかでどれだけのウェイトを占めているかを決めることは難しい.この結論を踏まえたうえで,現代英語の特徴 ( see pde_characteristic ) を改めて見直してみたい.

 ・Andersson, Lars-Gunnar. "Some Languages are Harder than Others." Language Myths. Ed. Laurie Bauer and Peter Trudgill. London: Penguin, 1998. 50--57.

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2009-11-21 Sat

#208. 産業革命・農業革命と英語史 [history][rp]

 18世紀後半に始まった産業革命と,続いて起こった農業革命は,ヨーロッパの社会構造を大きく変質させた.これほど画期的な出来事が,英語にも影響を及ぼさずにすむはずはない.英語の語彙への影響など,言語体系への影響はもちろんあるが,今回は,特に現代標準発音の形成との関連で両革命を位置づけてみたい.
 農業革命は,華々しい産業革命の陰で存在が薄いが,社会構造の変化,さらには英語の標準化に,間接的ながらも著しく貢献した.産業革命により生み出された農業機械による効率の改善,大規模な農地経営の実践により,人々は人類史上初めて農業を制する力をもつに至った.その証拠に,1840年代の大飢饉を最後に,ヨーロッパに本格的な飢饉は訪れていない.
 大規模農地経営の進展により,これまでの農村社会の存立基盤であった地主と小作人の関係が崩れ,農村の階級差が解消されるとともに,多くの農民は働く土地を失った.農村に余った人々は,産業革命の落とし子である巨大化した都市へと流入し,都市労働者となった.このように,産業革命と農業革命は,農村から都市へと人々を大量に動かした.
 とりわけロンドンには,国中のあらゆる地方から人々が流入した.言語的には,あまたの方言の入り交じる多様性を呈した.一方で,多様性の裏返しとして,異なる方言をもつ人々が意志疎通をはかるための標準語,特に標準発音が発達してきた.こうして発達してきた標準的な英語の発音のうち,社会的なステータスと結びつけられるようになった発音がある.後に RP ( = Received Pronunciation ) 「容認発音」と呼ばれることになる発音である.19世紀末以来 RP は学校教育や BBC でも推奨されてきており,現在に至っている.
 RP は現代の英国では多分に "posh" とされるものの,英国外の英語世界ではいまだに権威ある発音とみなされている.アメリカ人も,多くが RP に一目をおいているという.アメリカ発音のプレゼンスに押されながらも,RP は現代の英語世界に一定の影響を及ぼし続けている.そして,その淵源はというと,200年ほど前に生じた産業革命と農業革命にあった.社会変革は,言語の歴史にも影響を与えずにおかない.

 ・Fennell, Barbara A. A History of English: A Sociolinguistic Approach. Malden, MA: Blackwell, 2001. 170--72, 185--87.

Referrer (Inside): [2017-01-07-1] [2011-06-04-1]

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