hellog〜英語史ブログ

#1987. ピジン語とクレオール語の非連続性[pidgin][creole][drift][post-creole_continuum][sociolinguistics][founder_principle]

2014-10-05

 ピジン語 (pidgin) とクレオール語 (creole) についての一般の理解によると,前者が母語話者をもたない簡易化した混成語にとどまるのに対し,後者は母語話者をもち,体系的な複雑化に特徴づけられる言語ということである.別の言い方をすれば,creole は pidgin から発展した段階の言語を表わし,両者はある種の言語発達のライフサイクルの一部を構成する(その後,post-creole_continuum や decreolization の段階がありうるとされる).両者は連続体ではあるものの,「#1690. pidgin とその関連語を巡る定義の問題」 ([2013-12-12-1]) で示したように,諸特徴を比較すれば相違点が目立つ.
 しかし,「#444. ピジン語とクレオール語の境目」 ([2010-07-15-1]) でも触れたように,pidgin と creole には上記のライフサイクル的な見方に当てはまらない例がある.ピジン語のなかには,母語話者を獲得せずに,すなわち creole 化せずに,体系が複雑化する "expanded pidgin" が存在する.「#412. カメルーンの英語事情」 ([2010-06-13-1]),「#413. カメルーンにおける英語への language shift」 ([2010-06-14-1]) で触れた Cameroon Pidgin English,「#1688. Tok Pisin」 ([2013-12-10-1]) で取り上げた Tok Pisin のいくつかの変種がその例である.また,反対に,大西洋やインド洋におけるように,ピジン語の段階を経ずに直接クレオール語が生じたとみなされる例もある (Mufwene 48) .
 クレオール語研究の最先端で仕事をしている Mufwene (47) は,伝統的な理解によるピジン語とクレオール語のライフサイクル説に対して懐疑的である.とりわけ expanded pidgin とcreole の関係について,両者は向かっている方向がむしろ逆であり,連続体とみなすのには無理があるとしている.

There are . . . significant reasons for not lumping expanded pidgins and creoles in the same category, usually identified as creole and associated with the fact that they have acquired a native speaker population. . . . [T]hey evolved in opposite directions, although they are all associated with plantation colonies, with the exception of Hawaiian Creole, which actually evolved in the city . . . . Creoles started from closer approximations of their 'lexifiers' and then evolved gradually into basilects that are morphosyntactically simpler, in more or less the same ways as their 'lexifiers' had evolved from morphosyntactically more complex Indo-European varieties, such as Latin or Old English. According to Chaudenson (2001), they extended to the logical conclusion a morphological erosion that was already under way in the nonstandard dialects of European languages that the non-Europeans had been exposed to. On the other hand, expanded pidgins started from rudimentary language varieties that complexified as their functions increased and diversified.


 引用内で触れられている Chaudenson も同じ趣旨で論じているように,creole は語彙提供言語(通常は植民地支配者たるヨーロッパの言語)と地続きであり,それが簡易化したものであるという解釈だ (cf. 「#1842. クレオール語の歴史社会言語学的な定義」 ([2014-05-13-1])) .一方,pidgin は語彙提供言語とは区別されるべき混成語であり,その発展形である expanded pidgin は pidgin が徐々に多機能化し,複雑化してきた変種を指すという考えだ.つまり,広く受け入れられている pidgin → expanded pidgin → creole という発展のライフサイクル観は,事実を説明しない.実際,19世紀終わりまでは pidgin と creole の間にこのような発展的な関係は前提とされていなかった.言語学史的には,20世紀に入ってから Bloomfield などが発展関係を指摘し始めたにすぎない (Mufwene 48) .
 creole が,印欧諸語の単純化の偏流 (drift) の論理的帰結であるという主張は目から鱗が落ちるような視点だ.Mufwene の次の指摘にも目の覚める思いがする."Had linguists remembered that the European 'lexifiers' had actually evolved from earlier, more complex morphosyntaxes, they would have probably taken into account more of the socioeconomic histories of the colonies, which suggest a parallel evolution" (48) .
 Mufwene のクレオール語論,特に植民地史における homestead stage と plantation stage の区別と founder principle については,「#1840. スペイン語ベースのクレオール語が極端に少ないのはなぜか」 ([2014-05-11-1]) と「#1841. AAVE の起源と founder principle」 ([2014-05-12-1]) を参照されたい.

 ・ Mufwene, Salikoko. "Creoles and Creolization." Variation and Change. Ed. Mirjam Fried et al. Amsterdam: Benjamins, 2010. 46--60.

Referrer (Inside): [2015-02-13-1]

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