hellog〜英語史ブログ

#444. ピジン語とクレオール語の境目[pidgin][creole][tok_pisin]

2010-07-15

 英語の世界化について語るときに忘れてはならない話題に,pidgincreole がある.本ブログでも何度か取りあげてきたが,この二つは一緒に扱われることが多い.それもそのはず,一般的には pidgin の発展形が creole であると理解されており,両者は系統図の比喩でいうと親子関係にあるからだ.pidgin と creole の定義については,大雑把にいって研究者のあいだで合意がある.例として,Wardhaugh の解説を引用しよう.

A pidgin is a language with no native speakers: it is no one's first language but is a contact language. That is, it is the product of a multilingual situation in which those who wish to communicate must find or improvise a simple language system that will enable them to do so. . . In contrast to a pidgin, a creole, is often defined as a pidgin that has become the first language of a new generation of speakers. . . A creole, therefore, is a 'normal' language in almost every sense. (Wardhaugh 2006: 61-3 quoted in Jenkins 11)


 混成言語として出発したピジン語が,子供によって母語として獲得されるとクレオール語と呼ばれることになる.母語として獲得された当初は両者の間に言語的な違いはほとんどないが,母語話者どうしの使用に付されてゆくとクレオール語は次第に言語的にも成熟してくる.やがては,混成言語でない他の通常の言語と比較されるほどに複雑な言語体系をもつ言語へと発展する.したがって,クレオール語とピジン語は,第一に母語話者の有無によって,第二に後に現れる言語体系の複雑化の有無によって区別されると考えてよい.
 概論としては上記のような理解でよいが,現実的にはこの定義にうまく当てはまらない例がある.[2010-06-13-1], [2010-06-14-1] で触れた Cameroon Pidgin English や,その他 Tok Pisin のいくつかの変種では,母語話者たる子供の介在なしに,言語体系が複雑化してきているという事実がある.子供の母語話者が関与しないのだから定義上はクレオール語ではないことになるが,通常のクレオール語と同様に言語体系が複雑化してきているわけであり,理論上の扱いが難しい.もし事実上のクレオール語とみなすのであれば,名前に Pidgin や Pisin とあるのは混乱を招くだろう.
 現実には,ピジン語が生じてまもなくクレオール語化することもあれば,ある程度ピジン語として安定してからクレオール語化することもある.また,ピジン語として安定し,さらに発展してからようやくクレオール語化することもある.このように creolisation のタイミングはまちまちのようで,そもそも何をもって「安定」「発展」「クレオール語化」とみなすのかも難しい問題だ.[2010-05-17-1]で見たとおり,Guyanese Creole が上層語 ( acrolect ) の英語と明確な切れ目なく言語的連続体をなしているのと同様に,ピジン語とクレオール語の境目もまた,言語的には連続体をなしていると考えるのが妥当だろう.

 ・ Wardhaugh, R. An Introduction to Sociolinguistics. 5th ed. Oxford: Blackwell, 2006.
 ・ Jenkins, Jennifer. World Englishes: A Resource Book for Students. 2nd ed. London: Routledge, 2009.

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