言語変化の drift 「ドリフト,駆流,偏流,定向変化」について,本ブログの数カ所で取り上げてきた (see drift) .英語の drift はゲルマン語派の drift を継承しており,後者は印欧語族の drift を継承している.英語史と関連して指摘される最も顕著な drift は,analysis から synthesis への言語類型の変化だろう.これについては,Meillet を参照して[2011-02-12-1], [2011-02-13-1]などで取り上げた.
なぜ言語に drift というものがあるのか.これは長らく議論されてきているが,いまだに未解決の問題である.言語変化における drift はランダムな方向の流れではなく,一定の方向の流れを指す.しかも,短期間の流れではなく,何世代にもわたって持続する流れである.不思議なのは,言語変化の主体である話者は,言語を用いる際に過去からの言語変化の流れなど意識も理解もしていないはずにもかかわらず,一定方向の言語変化の流れを次の世代へ継いでゆくことである.言語変化の drift とは,話者の意識を超えたところで作用している言語に内在する力なのだろうか.もしそうだとすると,言語は話者から独立した有機体ということになる.論争が巻き起こるのは必至だ.
drift という用語は,アメリカの言語学者 Edward Sapir (1884--1939) が最初に使ったものである."Language moves down time in a current of its own making. It has a drift." (150) と言っており,あたかも言語それ自体が原動力となって流れを生み出しているかのような記述である.しかし,この言語有機体論に対して Sapir 自身が疑問を呈している箇所がある.
Are we not giving language a power to change of its own accord over and above the involuntary tendency of individuals to vary the norm? And if this drift of language is not merely the familiar set of individual variations seen in vertical perspective, that is historically, instead of horizontally, that is in daily experience, what is it? (154)
もちろん Sapir は,言語変化がそれ自身の力によってではなく,話者による言語的変異の無意識的な選択によって生じるということを認識してはいる.
The drift of a language is constituted by the unconscious selection on the part of its speakers of those individual variations that are cumulative in some special direction. (155)
しかし,話者がなぜ後に drift と分かるような具合に,世代をまたいである方向へ言語変化を推し進めてゆくのかは,相変わらず未知のままである.結局のところ,Sapir は drift とは mystical で impressive な現象であるという結論のようである.
Our very uncertainty as to the impending details of change makes the eventual consistency of their direction all the more impressive. (155)
付け加えれば,Sapir は英語が語彙を他言語から借用する傾向も drift であると考えている.
I do not think it likely, however, that the borrowings in English have been as mechanical and external a process as they are generally represented to have been. There was something about the English drift as early as the period following the Norman Conquest that welcomed the new words. They were a compensation for something that was weakening within. (170)
最後の "something" とは何なのか.
言語変化の方向の一定性という問題は,ここ30年の間に grammaticalisation の研究が進んだことによって新たな生命を吹き込まれた.grammaticalisation は言語変化の unidirectionality に焦点を当てているからである.Lightfoot は,これに激しく異を唱えている.もし言語に一定方向の drift が見られると仮定すると,一般に言語史にアクセスできないはずの話者にその原動力を帰すことはできない.とすると,何の力なのか.mystery 以外のなにものでもないではないか,と (International Encyclopedia of Linguistics, p. 399) .
Sapir 以来,drift の謎はいまだに解かれていない.
・ Sapir, Edward. Language. New York: Hartcourt, 1921.
・ Frawley, William J., ed. International Encyclopedia of Linguistics. 2nd ed. 2nd Vol. Oxford: Oxford UP, 2003.
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