英語の歴史と語源・10
「大航海時代と活版印刷術」

堀田 隆一

2021年5月29日
hellog~英語史ブログ: http://user.keio.ac.jp/~rhotta

第10回 大航海時代と活版印刷術

15世紀後半~16世紀前半のイングランドは,ヨーロッパで始まっていた大航海時代と活版印刷術の発明という歴史上の大事件を背景に,近代国家として,しかしあくまで二流国家として,必死に生き残りを模索していた時代でした.この頃までに,英語はイングランドの国語として復活を遂げていたものの,対外的にいえば,当時の世界語たるラテン語の威光を前に,いまだ誇れる言語とはいえませんでした.英語史では比較的目立たない同時期に注目し,来たるべき飛躍の時代への足がかりを捕らえます.

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目次

  1. 大航海時代
  2. 活版印刷術
  3. 当時の印刷された英語を読む

1. 大航海時代

  1. “The Age of Discovery” o “The Age of Great Navigations”
  2. 1400年頃~1650年頃
  3. ヨーロッパ人による海外進出と勢力範囲の確定の時期
  4. 舞台は地中海から大西洋へ,そして世界へ
  5. 歴史的背景
    1. 経済:香辛料の需要増大,不安定な東方貿易(オスマン帝国の東地中海進出)
    2. 政治:中央集権国家の形成と国王の援助(領土・黄金への欲求)
    3. 文化:東方への関心(マルコ・ポーロ『世界の記述(東方見聞録)』)
    4. 宗教:カトリックの拡大(プレスター・ジョンの伝説)
    5. 科学:地球球体説(トスカネリ主張)・羅針盤・航海術・造船技術の発達
  6. 大航海時代の世界(地図 (『タペストリー』 p. 155))

新航路開拓の略年表

  1. 第1期:1400年~1480年(スペインとポルトガルの対立抗争の芽生え)
    • 1405年~1433年,明の永楽帝,鄭和を南洋・インド洋方面に遠征させる
    • 15世紀後半,エンリケ航海王子(葡),アフリカ西岸探検事業
  2. 第2期:1480年~1529年(スペインとポルトガルの対立抗争の激化)
    • 1488年,バルトロメウ・ディアス(葡),喜望峰に到達
    • 1492年,コロンブス(伊),サンサルバドル島に到着
    • 1494年,トルデシリャス条約(スペインに有利な教皇子午線をポルトガルの抗議で変更)
    • 1497年~1498年,カボット(伊),英王ヘンリー7世の援助で北米探検.カナダと英語の初接触.
    • 1498年,ヴァスコ・ダ・ガマ(葡),インド航路開拓(カリカットに到着)
    • 1500年,カブラル(葡),ブラジル漂着
    • 1501年~1502年,アメリゴ・ヴェスプッチ(伊),南米探検(新大陸と確認)
    • 1519年~1521年,コルテス(西),アステカ王国征服
    • 1519年~1522年,マゼラン(西)とその部下,世界周航
  3. 第3期:1530年~1595年(スペインとポルトガルの勢力範囲の確立)
    • 1532年~1533年,ピサロ(西),インカ帝国征服
    • 1543年,ポルトガル,種子島に漂着
    • 1545年,スペイン,ポトシ銀山(ボリビア)発見
    • 1549年,イエズス会士フランシスコ・ザビエル(葡),鹿児島来日
    • 1550年~1639年,ポルトガル,平戸に商館設置
    • 1583年,ハンフリー・ギルバート卿(英),ニューファンドランド島に初の英植民地建設
    • 1584年,ウォルター・ローリー卿(英),ロアノーク島の植民地建設失敗
  4. 第4期:1595年~1650年(イングランドとオランダの躍進)
    • 1596年,オランダ船隊,ジャワのバンテンに到着
    • 1600年,イングランド,東インド会社設立
    • 1602年,オランダ,東インド会社設立
    • 1607年,イングランド,ジェームズタウン建設
    • 1619年,オランダ,ジャカルタにバタビア建設
    • 1620年,メイフラワー号,マサチューセッツに到着

大航海時代がもたらしたもの — 英語史の観点から

  1. ペルー・メキシコ産の大量の銀がヨーロッパに流入し物価騰貴(「価格革命」)
  2. 定額地代に依存していた封建諸侯が没落し,資本家的新興地主層が台頭
  3. 特にカルヴァン派が浸透したイギリスとオランダで資本主義が発達する道筋をつけた
  4. 発進に後れを取ったイギリスだったが,北米(三角貿易)とインドを足がかりに17世紀以降に急成長
  5. 18世紀以降,英語が世界的に拡散

1492年,スペインの栄光

  1. スペイン,イベリア半島の最後のイスラム王朝であるグラナダのナスル朝を滅亡させ,ついにイスラム勢力を半島から追い払った.レコンキスタ(国土回復運動)の完了.
  2. これで得た経済的余裕により,スペイン王室はコロンブスの航海を支援することが可能となり,結果的に新大陸「発見」の栄光を獲得.
  3. ヨーロッパ俗語文法の走り,ネブリーハによる『カスティリャ文法』の出版 (#2858)
    1. 「言語はつねに帝国の伴侶である」
    2. 1536年,最初のポルトガル語文法書の出版
    3. 1586年,最初の英文法書 Pamphlet for Grammar の出版 (#2579; 後述)

2. 活版印刷術

  1. “Printing”
  2. ルネサンスの3大「発明」:羅針盤,活版印刷術,火薬
  3. いずれも中国起源のものの「改良」
  4. 西洋の言語,学問,宗教,政治,経済など文化のあらゆる分野に甚大な影響

印刷術の略年表

グーテンベルク (1400?–68)

ウィリアム・キャクストン (1422?–91)

印刷術と近代国語としての英語の誕生

  1. 西洋近代,ローマ教皇に対する世俗権力の強まり
  2. 近代国家の誕生
  3. ラテン語に対する俗語 (vernaculars) の台頭
  4. 近代国語の誕生
  5. イギリスのみならずフランス,イタリア,ドイツ,スペインでも
  6. 印刷術が近代国語の普及を後押し
  7. 1586年,最初の英文法書,ウィリアム・ブロカーの Pamphlet for Grammar (#2579)
  8. 1604年,最初の英語辞書,ロバート・コードリーの A Table Alphabeticall (#603後述)

印刷術の綴字標準化への貢献

  1. 「印刷術の導入が綴字標準化を推進した」説
  2. 先立つ中英語時代の綴字の多様性 (cf. “through” の例 (#53))
  3. 植字工の作業効率のために,1つの単語につき1つの綴字という原則が定まった?
  4. 印刷により固定化した綴字が流布するようになった?
  5. 一定の貢献をなしたことは事実だが・・・

「印刷術の導入が綴字標準化を推進した」説への疑義

  1. Cf. #297, #871, #1312
  2. 前時代より受け継がれた綴字の多様性が,多様なまま印刷術によって拡散した
  3. 写本文化も印刷文化と平行してしばらく継続していた(cf. 文化の引き継ぎ)
  4. 行端揃えのための多様な綴字の利用 (e.g. onely, onlie, onlye, onelie, onelye, onelich, onelych, oneliche, onelyche, ondeliche, ondelyche)
  5. 初期印刷工の一貫した綴字への関心は薄かった
  6. 結局キャクストンは綴字標準化にさほど貢献しなかった? (#1385)

綴字標準化はあくまで緩慢に進行した

  1. 14世紀後半,チョーサーの時代辺りに書き言葉標準の芽生えがみられた
  2. 15世紀に標準化の流れが緩やかに進んだが,世紀後半の印刷術の導入は,必ずしも一般に信じられているほど劇的に綴字の標準化を推進したわけではない
  3. 続く16世紀にかけても,標準化への潮流は緩やかにみられたが,それほど著しい「もがき」は感じられない
  4. しかし,17世紀に入ると,印刷業者というよりはむしろ正音学者や教師の働きにより,標準的綴字が広範囲に展開することになった
  5. 1650年頃には事実上の標準化が達せられていたが,より意識的な「理性化」の段階に進んだのは理性の時代たる18世紀のこと
  6. ジョンソン博士の Dictionary (1755) が,これにだめ押しを加えた.(#2321)

3. 当時の印刷された英語を読む

Prologue to Eneydos (1490) by William Caxton (#337)

And certaynly our langage now vsed varyeth ferre from that which was vsed and spoken whan I was borne / For we englysshe men / ben borne vnder the domynacyon of the mone, whiche is neuer stedfaste / but euer wauerynge / wexynge one season / and waneth & dyscreaseth another season / And that comyn englysshe that is spoken in one shyre varyeth from a nother. In so moche that in my dayes happened that certayn marchauntes were in a shippe in tamyse , for to haue sayled ouer the see into zelande / and for lacke of wynde, thei taryed atte forlond, and wente to lande for to refreshe them; And one of theym, named sheffelde, a mercer, cam in-to an hows and axed for mete; and specyally he axyd after eggys; And the goode wyf answerde, that she coude speke no frenshe. And the marchaunt was angry, for he also coude speke no frenshe, but wolde haue hadde egges / and she vnderstode hym not / And thenne at laste a nother sayd that he wolde haue eyren / then the good wyf sayd that she vnderstod hym wel / Loo, what sholde a man in thyse dayes now wryte, egges or eyren / certaynly it is harde to playse euery man / by cause of dyuersite & chaunge of langage.

Table Alphabeticall (1604) by Robert Cawdrey

表紙 (#586; 1617年版の表紙画像はこちら)

A Table Alphabeticall, conteyning and teaching the true vvriting, and vnderstanding of hard vsuall English wordes, borrowed from the Hebrew, Greeke, Latine, or French. &c.

With the interpretation thereof by plaine English words, gathered for the benefit & helpe of Ladies, Gentlewomen, or any other vnskilfull persons.


序文での辞書の引き方の指示

If thou be desirous (general Reader) rightly and readily to vnderstand, and to profit by this Table, and such like, then thou must learne the Alphabet, to wit, the order of the Letters as they stand, perfecty without booke, and where euery Letter standeth: as (b) neere the beginning, (n) about the middest, and (t) toward the end. Nowe if the word, which thou art desirous to finde, begin with (a) then looke in the beginning of this Table, but if with (v) looke towards the end. Againe, if thy word beginne with (ca) looke in the beginning of the letter (c) but if with (cu) then looke toward the end of that letter. And so of all the rest. &c.

まとめ

参考文献