標題の2つの言語学の分野は,20世紀後半から現在にかけて著しく成長してきた領域である.この2つは互いに関連する話題を扱うことも多く,例えば敬語や T/V distinction をはじめとするポライトネス (politeness),呼称語 (address term),発話行為 (speech act) といった問題は,社会言語学と語用論の双方の関心事である.両者が互いに乗り入れをしているこの辺りの領域を直接に指す呼称はないが,ミクロ社会言語学,相互作用の社会言語学,社会語用論などと呼ばれる分野の守備範囲と重なるところが大きい.
リーチによると,一般語用論は語用言語学と社会語用論に分けられる.前者の語用言語学には社会的な要素が希薄だが,後者の社会語用論にはそれが濃厚であり,こちらが本記事の関心である社会言語学と語用論のインターフェースに相当する.この分類に従えば,語用論といっても,常に社会と何らかの接点があるというわけではないことになる.高田ほか (10) の与えているリーチの一般語用論の分類図を再掲する.
一般語用論
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[文法] 語用言語学 社会語用論 [社会学]
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│ 関係あり │ │ 関係あり │
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敬語の問題は,社会言語学でも語用論でも扱われる接点の最たるものだが,考え方次第で一応の境目をつけることは可能である.例えば,2人の話者の間における敬語の使用・不使用が,互いの社会的な立場に応じて自動的に決まる場合には,純粋に社会言語学的な話題となる.この場合,話者に言葉遣いを選ぶ自由がほとんどないのだから,話者の意図的・主体的な言語行動に注目する語用論の出る幕はない.一方,それまで社会的な関係に従って
vous で呼び合っていた2人が,ある契機に意図的に
tu で呼び合い始めた場合,意図的な言語項の選択が関与している限りにおいて,語用論の話題となる.実際には,ある程度の仲の良さが醸成された結果として,つまり社会的な距離が縮まった結果として,半ば意識的に,半ば無意識的に
tu へと呼びかえることが多いと思われるので,「呼びかえ」という出来事が社会言語学的な現象なのか語用論的な現象なのかを厳密に区別することは,たいてい難しい.その意味においてこれを「社会語用論」的な現象と呼んでおくことは,表現を濁しているわけではなく,理に適った呼び方である.
一応の区別としては,社会的慣習に従う言語使用であれば社会言語学の領域,それを破ることを含めた個人の意識的な選択に基づいた言語使用であれば語用論の領域ということになるが,人間は常に2つの種類の言語使用を巧みに使い分けて生活しているのであり,境界線はぼやけている.理論上区別しておく意味はあったとしても,現実的には明確な線引きは難しいだろう.
・ 高田 博行・椎名 美智・小野寺 典子(編著) 『歴史語用論入門 過去のコミュニケーションを復元する』 大修館,2011年.
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