英語母語話者にとってはショッキングな話題かもしれないが,"The native speaker problem" という問題がある.Graddol に詳しいが,世界英語の発展にとって英語母語話者は厄介な存在になりうるという可能性が指摘されている.
英語が lingua franca として世界中で教えられ,学ばれ,使われるようになってきているということは,英語母語話者がいないところでも英語は役割を果たしているということである.日本人と中国人が英語で話す風景,イギリス以外のヨーロッパの国の出身者が互いに英語で話す風景などは,今では珍しくないどころか,日常茶飯事といっていい.非英語母語話者どうしの英語によるコミュニケーションがこのように活発になってくると,「実用的な英語学習」の意味合いも代わってくる.コミュニケーションの相手として英語母語話者ではなく非英語母語話者を想定して学習するほうが,ずっと現実味があるということになる.
世界では,この現実感を反映した英語の教育・学習が現れてきている.例えば,中国は1990年代に英語教師を養成する教師としてベルギー人を雇用した.英語母語話者よりも,二言語使用の経験のあるベルギー人の教師を採用するほうが,外国語としての英語を教育するには適切だと判断したからである.また,アジアの国々のなかには,英語母語話者としてインド人やシンガポール人を認めるところもある.アジア地域は,英語教育の供給源を,従来の英語国以外のところに見いだそうと動き出しているのである.
アジアのそうした動きを象徴するのが,2005年12月に Kuala Lumpur で開かれた ASEAN 会議でのインドの提案である.議長の声明の第13項に以下の記述がある.
We also welcomed the announcement of India to set up permanent Centres for English Language Training (CELT) in Cambodia, Lao PDR, Myanmar and Viet Nam, which would equip students, civil servants, professional and businessmen with adequate English language proficiency and communication skills imparted in small classrooms equipped with modern teaching aid.
インドがアジア地域に自前で英語教育センターを作ろうと提案し,周辺国はこれを "welcome" したのである.「英語母語話者はずし」の英語教育の潮流は,今後,インドや中国などの巨大マーケットを軸に広がってゆくものと思われる.英語母語話者にとってショッキングな近未来像だろうが,英語母語話者中心の英語教育に肩入れしてきた国々にとっても方針を考え直す時期がきているのかもしれない.
・Graddol, David. English Next. British Council, 2006. Digital version available at http://www.britishcouncil.org/learning-research-englishnext.htm.115--16.
[2010-01-24-1]の記事でみたように,国際語としての英語という話題では,ELF ( English as a Lingua Franca ) や EIL ( English as an International Language ) という呼称がよく聞かれるようになってきた.英語話者数を始めとする国際語としての英語に関する最新の数値については,Crystal や Graddol がよく引き合いに出される.この種の統計値は最新のものが手に入りにくく,出版されるものは常に数年前のデータというのが普通である.
今回は,2005年時点でNewsweek が関連記事を掲載しているのをみつけたので,そこから世界英語の趨勢についての気になる事実・統計をいくつか抜き出してみたい.5年後の現在,すでに古くなっている情報もあるかもしれないのであしからず.
・ インド国内で英語学習産業は年間1億ドルのビジネスである
・ the British Council によると,10年以内に英語学習者数は20億人に達し,英語話者は30億人に達すると見込まれる
・ アジアの英語使用数は3億5千万人に達する(←アメリカ,イギリス,カナダの人口の和に相当する数)
・ 中国の1億人の子供たちが英語を学んでいる
・ インドは英語教師を中国や中東へ輸出し始めている(← [2009-10-07-1])
・ 反英語主義と結びつけられることの多いフランスでも,教育大臣が英語必修化に反対したものの,選択必修として96%の生徒がすでに英語を履修している(←事実上の必修科目)
・ 世界の電子情報の80%が英語で蓄積されている(← [2010-04-13-1] のイントロクイズで採用した問題.しかし,電子情報における英語の相対頻度は年々減ってきている.いつのデータかは本文内だけでは不明.)
・ the British Council によると,世界中の科学者の66%が英語を読む
・ 中国は,一部 China English を Standard English に取り込む方向で英語のカリキュラムを検討しつつある
このような記事だけを読んでいると英語の勢いは止まらないという一方的な印象を受ける.しかし,実際には諸事情で英語の近未来像を明確に想像することは難しい.その諸事情については,Jenkins の著書がよくまとまっている.
・ "Not the Queen's English". Newsweek 145. 10. March 7, 2005, 41--45.
・ Crystal, David. English As a Global Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.
・ Graddol, David. English Next. British Council, 2006. Digital version available at http://www.britishcouncil.org/learning-research-englishnext.htm.44--45.
・ Graddol, David. The Future of English? The British Council, 1997. Digital version available at http://www.britishcouncil.org/learning-research-futureofenglish.htm.
・ Jenkins, Jennifer. World Englishes: A Resource Book for Students. 2nd ed. London: Routledge, 2009.