hellog〜英語史ブログ     helhub (The HEL Hub)

#6350. routine は「切り開かれた後に踏み固められていった道」 --- 日課ということ[outreach][helkatsu][etymology][semantic_change][french]

2026-09-15

 アウトリーチ活動に関連する英単語について語源小咄を展開するシリーズ.hel活として日々 hellog を更新し,heldio を配信する.これはすっかり私の routine 「日課,日常業務」となっている.今回は「ルーチン」として日本語でも使われるようになった英単語の語源に迫る.
 routine は17世紀半ばにフランス語から借用された語で,route 「道,ルート」に接尾辞 -ine が付いた語形成である.route 自体は,さらにラテン語の rupta (via) 「切り開かれた(道)」に行き着く.rupta は動詞 rumpere 「破る,切り開く」の過去分詞(rupture 「破裂」や bankrupt 「破産した」にも同根が見える)であり,route とは,「(森や荒れ地を)切り開いてできた(道)」を意味したようだ.
 今回注目している routine は,この「切り開かれた」道がたどった末路を体現している語と考えられる.当初は切り開かなければならない道だっが,いったん切り開かれると,そこは人々が頻繁に便利に行き交う道に化ける.むしろ,踏み固められた道,決められた道になくのだ.荒々しくも勇ましい原初の rupta の語感が,すっかり牙を抜かれてしまったかのようだ.
 この routine の語源は,日課,そしてそれを身につけることの本質を表わしているように思われる.あることを日課として習慣化することは,道を切り開くがごとき困難を伴う.しかし,一旦最初の困難を乗り越えれば,むしろ水や空気のような存在に近づき,さほどの困難を感じずにこなせるようになる.しかし,だからといって大幅に楽になるかというと,必ずしもそうでもない.半ば自然にできるようになるかもしれないが,おもしろいかどうかば別問題だからだ.ルーチンワークは,えてして,つまらない,味気ない,甲斐がない.踏み固められた道であっても,少なくとも「歩く」ことはしなければならないが,歩く行為はたいていの場合それ自体が愉快なわけでもない.
 私は,いくつかのhel活を日課として定着させようとしてきたが,そのたびごとに最初は道を切り開く困難を感じた.今では踏み固められた道を歩むことができるようになり,ぐんと困難は減ったように思う.しかし,歩みを続けていくこと自体は,それはそれで大変なことである.油断すればすぐに荒れ地に戻ってしまうのではないかという懸念がある.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow