今期の大学院の授業では Bennett and Smithers 版の The Land of Cokaygne を読んでいる.14世紀の写本に残る中英語テキストで,パラダイスの情景を描くパロディ作品である.パラダイスなので,いろいろとおもしろい描写があるのだが,建物が食べ物でできているというくだりがある.現代では童話などにもお菓子の家というモチーフがあり,いかにも甘そうなのだが,少なくとも中世イングランドでは甘いお菓子というわけではなさそうで,描写を眺める限り,肉や魚のパイだとか腸詰めだとか,どちらかというと塩気のある食べ物からなる建物の描写が目立つ.好みはあるだろうが,酒飲みには,こちらのほうがツマミとしておいしそうに読める.
その57行目に Fluren cakes beþ þe schingles alle と見える.「屋根板はすべて小麦粉の cakes である」という文だが,ここで2点指摘したい(以下,大学院生の講読担当者の解釈にも負っている).まず,ここでは cakes とあるが現代的な甘い「ケーキ」というよりは,それほど甘くもないかもしれない普通の「パン」を意味するように思われる.MED の cāke n. によると,第1語義は "A flat cake or loaf; also, an unbaked cake or loaf" とある.甘くないとも明記されてはいないが,現代人が期待する甘さではないだろうというのが私の見立てである.
次に Fluren に注目するが,これは小麦粉を意味する flour の形容詞形である.現代英語では *flouren は廃語となっており,普通は floury や floured が用いられる.英語史を通じても,名詞に対して -en 語尾を取るこの形容詞は稀のようで,MED でも OED でも,このテキストのこの箇所が唯一例となっている.MED の flouren adj. より,以下の通り.
?c1335(a1300) Cokaygne (Hrl 913)57 : Fluren cakes beþ þe scingles alle.
この -en 語尾とはいったい何か.これは「#1471. golden を生み出した音韻・形態変化」 ([2013-05-07-1]) で解説したように,素材や材質を表わす形容詞を作る接尾辞 (suffix) -en である.印欧語族の接尾辞のなかでも相当に古いものようで,ラテン語 -īnus,ギリシア語 -inos,サンスクリット語 -īna などにも同根辞を探り当てることができる.英語でも中英語期まではそこそこ生産的な接尾辞だったようだが,近代英語期以降は名詞がそのまま形容詞的に用いられるようになるという革新があり,-en による形容詞の語形成は衰退した.現在でも使われるものとして earthen, golden, wheaten, wooden, woolen などが挙げられるが,今回の *flouren は上記の例が唯一例のようで,しかも現代まで生き残っていない.
小麦粉のパンの屋根板であれば十分においしそうではあるが,甘さはさほど期待しないほうがよいのかなと思いつつ,当該の行を十分に賞味した.
・ Bennett, J. A. W. and G. V. Smithers, eds. Early Middle English Verse and Prose. 2nd ed. Oxford: OUP, 1968.
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