Simon Horobin 著 Does Spelling Matter? のほぼ最後の部分で,著者は英語のスペリングを長い歴史を誇る大聖堂になぞらえている.原文および,堀田による邦訳『スペリングの英語史』からの該当箇所を引用する.
Our spelling system could be likened to a cathedral church, whose origins lie in the Anglo-Saxon period, but whose structure now includes a Gothic portico added in the Middle Ages, a domed tower added in the Early Modern period, and a gift shop and café introduced in the 1960s. The end result is an awkward mixture of architectural styles which no longer reflects the builders' original plan, nor is it the ideal building for the bishop and his clergy to carry out their diocesan duties. But, in spite of these practical limitations, it would be hard to imagine anyone suggesting that the cathedral be demolished to allow the rebuilding of a more functional and architecturally harmonious modern construction. Quite apart from the practical and financial costs of such a project, the demolition and reconstruction of the cathedral would erase the rich historical record that such a building represents. (249)
われわれのスペリング体系は大聖堂になぞらえることができる。アングロサクソン時代に起源をもち,中世に継ぎ足されたゴシック様式の柱廊玄関の構造をもち,初期近代期にドーム状の塔が建て増しされ,1960年代にギフトショップとカフェが導入された大聖堂だ。結果としてできたものは,もはや建築家の当初の計画を反映していないぎこちない混合体であり,主教や聖職者が教区の業務を行なうのに理想的な建物でもない。しかし,このような実用上の制限はあるにせよ,取り壊してもっと機能的で建築学上調和の取れた現代的な構造にするための建て直しを許可すべきだと提案する人がいるとは想像しがたいだろう。そのような計画にかかる実際的で財政的なコストのことはまったく別にしても,大聖堂の取り壊しと建て直しによって,こうした建物が体現する豊かな歴史の記録が消されてしまう。 (276--77)
この箇所を初めて読んだとき,著者 Simon Horobin 氏のなかに,イギリス(文献学)一流の保守的伝統をまざまざと見せつけられた思いがした.著者は英語史・中世英語英文学の研究者であるから,歴史を重視する立場にあるだろうことは当然予想されるところだが,実際その立場は読者が誤解し得ないほどに明白である.スペリング改革の可能性を否定する著者の考え方もここから発しているし,現行のスペリング体系を積極的に維持する著者の態度も同様である.
一方で,「#3081. 日本の英語学習者のための『スペリングの英語史』の読み方」 ([2017-10-03-1]) でも評したように,著者は「複数の正書法」 (orthographies) の可能性を見据えているようにも思われる.つまり,著者は,現代にふさわしい柔軟なスペリングのあり方を模索してもいるのだ.あくまで伝統を保ちながら,変異と多様性を取り込み,徐々に変化を進めていく.まさにイギリス流保守本流の考え方そのものである.
・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.
・ サイモン・ホロビン(著),堀田 隆一(訳) 『スペリングの英語史』 早川書房,2017年.
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