現代英語に残る本来語の数少ない不規則複数形の1つに ox 「雄牛;牛」の複数形 oxen がある.現代の標準変種では,古英語の弱変化名詞に直接に由来する唯一の複数形である.ところが,最近アメリカ英語で oxes が現れ始めている.誤用としてではない.『ジーニアス英和大辞典』によると ox の語義2として次のようにあり,この語義での複数形には oxes もありうるという.
2 牛のような(力強い)人, ずんぐりした人, のろまの人 // a dumb ox ((略式))(ずうたいのでかい)うすのろ.
OED によるとこの比喩的な意味は16世紀からある.現在ではアメリカ英語では ox はこの語義以外にはあまり用いられないようだ.それではということで,British National Corpus (BYU-BNC) と Corpus of Contemporary American English (BYU-COCA) で調べてみた.
BNC では oxes が2例ヒットするが,いずれも ox は不規則複数を取る名詞だと教室で教えているという文脈で oxes を誤用として紹介している例なので,事実上ゼロと考えてよいだろう.
COCA では関与する例が6例あった.いずれも話し言葉かニュース英語で,政治的な文脈において使われており,gore 「(角で)突き刺す,傷つける」という動詞の対象として用いられている.例えば,以下のごとくである.
Now our oxes are being gored more directly, not with malice, but out of some perverse ego game.
The establishment, we are sometimes -- you knows, in some cases, convenient oxes to gore. But I think there's no question they represent an important political constituency in the country.
gore (one's) ox というイディオムは,俗語で "to goad or intentionally try to piss someone off" 「突っついていじめる,嫌がらせをする」という意味を表し,アメリカ英語特有のようである.ここの ox はイディオムの一部として用いられており,特に「うすのろ」という意味ではない(イディオムの意味については こちら を参照.このイディオム中で複数形が oxes でなく oxen が用いられている例が4例あることから,この表現が非歴史的な複数形態 oxes の出現に果たしている役割を疑うことができるかもしれない.
これは,動物としてでなくコンピュータマウスの複数形としての mouses や,触覚としてでなくアンテナの複数形の antennas など,比喩的に発展した意味に規則的な複数の -s が付加されるのと類似する現象だろう.gore (one's) ox の ox は原義の「雄牛」のイメージから一歩遠ざかっており,それが oxes という形態を取ることを可能にしているのではないか.ただし,今のところ「雄牛」の意味の複数形として oxes が侵入しているという証拠は(誤用以外には)ないようだ.
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