標題の文は文法的である.Steven Pinker のベストセラー The Language Instinct で有名になった文で,著書によると Pinker の学生 Annie Senghas が作り出したものだという (208).
詳しい文法解説は,Buffalo buffalo Buffalo buffalo buffalo buffalo Buffalo buffalo - Wikipedia にあるので省略するが,数語を補って (The) Buffalo buffalo (that) Baffalo buffalo (often) buffalo (in turn) buffalo (other) Buffalo buffalo. と考えれば理解できるだろう.以下の点がポイントである.
・buffalo 「バッファロー,アメリカ野牛」の複数形は,規則的な buffaloes に加えて,単複同形の buffalo もありうる
・Buffalo は「(ニューヨーク州の市)バッファロー」の意で,形容詞的に用いられている
・to buffalo は「脅す,威圧する,混乱させる」の意の動詞としても用いられている
・一カ所で関係代名詞が省略されている
現代英語でこのような芸当が可能なのは,(1) conversion 「品詞転換」が著しく自由であること,(2) 語順や関係詞省略などの統語的な規則が明確に存在すること,による.Pinker の著書では特に (2) の側面に光を当てた解説となっているが,(1) の conversion の果たしている役割も甚大である.このケースでは本来は名詞である buffalo / Buffalo が,形容詞(的用法)としても動詞としても使われうるという点が重要である.名詞と動詞のあいだの conversion については[2009-11-03-1]で軽く言及したが,名詞から形容詞(的用法)への conversion はよりいっそう自由度が高い.
名詞から形容詞(的用法)への conversion は,およそ名詞の限定的用法 ( attributive use ) と呼ばれるものに相当する.名詞の限定的用法とは Christmas tree, silk hat, Tokyo branch などの第一要素の名詞の果たす役割を指し,Bradley が指摘するとおり "a new part of speech, halfway between the substantive and the adjective" (45) とでもいうべきものである.Bradley はこの用法を "One highly important feature of English grammar which has been developed since Old English days" (45) と評価しており,Buffalo buffalo という表現がこの歴史の現代への反映だと知るとき,Buffalo 文の言葉遊びの味わいはひとしおである.
・Pinker, Steven. The Language Instinct: How the Mind Creates Language. New York: W. Morrow, 1994. New York : HarperPerennial, 1995.
・Bradley, Henry. The Making of English. New York: Dover, 2006. New York: Macmillan, 1904.
[2009-09-06-1]の記事で,英語の語順が古くから SVO で固まっていたわけではないことを示した.SOV の語順に慣れきった日本語母語話者が外国語として英語を学び始めるときに,文法上とりわけ大きな違和感を感じる項目は語順だと思われるが,古い英語では日本語と同じ SOV もごく普通にあり得たことを知ると,英語の見方が変わるかもしれない.
主語 (S),目的語 (O),動詞 (V) という3要素の組み合わせに限定して考えると,論理的には6種類の語順がありうることになる.SOV, SVO, OSV, OVS, VSO, VOS である.「私は妻を愛する」と「妻を私は愛する」,"I love my wife" と "My wife I love" など,同じ言語内でも二つ以上の語順があり得るが,いずれのペアも後者は強調的な意味合いを含む有標 ( marked ) の語順であり,前者の無標 ( unmarked ) の語順とは区別されるべきである.無標の語順は基本語順とも呼ばれ,これによって世界の多くの言語を分類すると,およそ次のグラフのような分布となる.(ここに含まれていない残りの二つの基本語順は,皆無ではないがほぼないと考えてよい.)
Word Order | Rate | Languages |
---|---|---|
SOV | 48% | Japanese, Korean, Turkish |
SVO | 32% | English, French, Spanish |
VSO | 16% | Hebrew, Icelandic, Tahitian |
VOS | 4% | Tagalog |
古英語はで屈折により格が標示されたため,現代英語に比べて語順が自由だったことはよく知られている.例えば,SVO の構文は,特殊な倒置を除いて現代英語では揺るぎない規則といってよいが,古英語ではあくまでよくある傾向に過ぎなかった.従属節では SOV の語順が多かったし,主節でも目的語が代名詞であったり and で始まる文では SOV が多かった.つまり,古英語の語順は,緩やかな傾向をもった上で,比較的自由だったといえる.
だが,この状況が中英語期になって変化してくる.SVO の語順がにわかに発達してくるのである.以下は橋本先生の著書で引かれている Fries の調査結果に基づいた語順の推移である.およそ1000年から1500年までの英語を対象として,OV と VO の語順の比率を示したものである.(c1100のデータはなし.数値データはこのページのHTMLソースを参照.)
ここでは主節と従属節の区別をしていないこともあり,単純に結論づけることはできないものの,14世紀中に一気に SVO が成長したことは確かなようだ.発達曲線は slow-quick-quick-slow を示しており,典型的な 語彙拡散 ( Lexical Diffusion ) の発達過程を経ているように見える.
・Fries, Charles C. "On the Development of the Structural Use of Word-Order in Modern English." Language 16 (1940): 199--208.
・橋本 功 『英語史入門』 慶應義塾大学出版会,2005年. 176頁.
フランス語やラテン語からの借用語については,これまでの記事でも何度も触れてきた.現代英語の借用語彙全体に占めるフランス・ラテン借用語の割合は実に52%に及び[2009-08-15-1],とりわけ重要な語種であることは論をまたない.起源によって分かれる「語種」は,語彙論,意味論,形態論,音素配列論の観点から取りあげられることの多い話題だが,統語論との接点についてはあまり注目されていないように思う.今回は,フランス・ラテン借用語と仮定法(接続法) ( subjunctive mood ) の関連について考えてみる.
現代英語には,特定の形容詞・動詞が,後続する that 節の動詞に仮定法現在形を要求する構文がある.
・It is important that he attend every day.
・I suggested that she not do that.
このような構文では,that 節内の動詞は,仮定法現在(歴史的にいうところの接続法現在)の形態をとる.現代英語においては,事実上,仮定法現在形は原形と同じであり,be 動詞なら be となる.一般にこのような接続法構文はアメリカ英語でよく見られるといわれる.イギリス英語では,that 節内の動詞の直前に法助動詞 should が挿入されることが多いが,最近はアメリカ英語式に接続法の使用も多くなってきているようだ.また,イギリス英語では,口語では直説法の使用も多くなってきているという.
いずれにしても,この特徴ある構文を支配しているのは,先行する特定の形容詞や動詞であり,その種類はおよそ網羅的に列挙できる.
・形容詞(話し手の要求・勧告や願望などの意図を間接的に示すもの)
advisable, crucial, desirable, essential, expedient, imperative, important, necessary, urgent, vital
・形容詞(適切さを示すもの)
appropriate, fitting, proper
・動詞(提案・要望・命令・決定などを示すもの)
advise, agree, arrange, ask, command, demand, decide, desire, determine, insist, move, order, propose, recommend, request, require, suggest, urge
そして,この閉じた語類のリストを眺めてみると,興味深いことに,赤で記した fitting (語源不詳)と ask (英語本来語)以外はいずれもフランス・ラテン借用語なのである.なぜこのように語種が偏っているのか,歴史的な説明がつけられるのか,調査してみないとわからないが,語種と統語論の関係についてはもっと注意が払われてしかるべきだろう.
語彙拡散 ( Lexical Diffusion ) という理論でも,統語変化を含め,言語の変化は,語彙のレイヤーごとに順次ひろがってゆくことがわかってきている.現代英語の仮定法現在の構文を歴史的に研究することは,言語変化と語種の関係を考える上でも意義がありそうである.
・Gelderen, Elly van. A History of the English Language. Amsterdam, John Benjamins, 2006. 106.
・Bahtchevanova, Mariana. "Subjunctives in Middle English." SHEL 5 paper. 2005.
先日,横浜で開催したささやかな公開収録イベント「プチ英語史ライヴ」にて,参加者の皆さんと「あなたの推し接続詞」というテーマで語り合いました.この模様は Voicy heldio https://voicy.jp/channel/1950/7891234](https://www.google.com/search?q=https://voicy.jp/channel/1950/7891234)">「\#1526. 「あなたの推し接続詞」を語る回 --- プチ英語史ライヴ from 横浜」 としても配信しましたが,当日は非常に盛り上がりました.「推し活」が流行している現代ならではのテーマ設定だったかもしれませんが,「推しのアイドル」や「推しのキャラクター」ならぬ「推しの接続詞」という視点は,言語の細部に光を当てるようで,英語史的にも非常に興味深いものでした.本日の記事では,この配信の内容を振り返りつつ,一見地味な品詞である接続詞の奥深い魅力について掘り下げてみたいと思います.
イベントでは,まず基本的な接続詞として and と but が挙がりました.これらは英語を学び始めるとすぐに出会う最も基本的な語でありながら,その機能は単に「そして」や「しかし」といった単純な接続にとどまりません.談話のなかで実に多様なニュアンスを生み出すこれらの語の働きについては,本ブログでも「\#2088. and の様々な意味」 ([2015-01-14-1]) などで論じてきた通りです.また,仮定を表わす if と譲歩を表わす though の対比も興味深い論点です.これらは思考の機微を表現するうえで欠かせない接続詞であり,両者の関係性の深さについては,「\#1768. if と though の関係」 ([2014-03-0-1]) で考察しました.
議論が深まるなかで,ある参加者から「プログラミング言語では but や because はあまり使われない」という鋭い指摘がありました.確かに,コンピュータのプログラムは IF A THEN B ELSE C のような,厳密で明確な論理分岐で記述されます.そこには,人間の会話にみられるような「期待を裏切る」といったニュアンスや,「後から理由を付け加える」といった柔軟性は必要とされません.しかし,人間の言語は違います.接続詞 but は,単に論理的な逆接を示すだけでなく,「あなたの期待とは違うでしょうが」という相手への配慮や驚きを伝える語用論的な機能を持っています.because もまた,客観的な因果関係を示すだけでなく,会話の流れのなかで相手を説得したり,自らの発言を正当化したりするために用いられます.このように,人間の思考やコミュニケーションが持つ非直線的で豊かな側面を反映しているのが,自然言語における接続詞の重要な役割といえるでしょう.
さらに話題は,使いこなしが難しい接続詞へと移っていきました.会場にいらした Lilimi さんからのコメントをきっかけに,kagata さんが unless の難しさについて言及されたのです.unless はしばしば if ... not と同じ意味だと説明されますが,両者は完全な同義語ではありません.例えば,I will be sad if she does not come. (もし彼女が来なければ,私は悲しいだろう)は自然な文ですが,これを I will be sad unless she comes. とすると,やや不自然に響きます.unless は「?という特別な場合を除いて」という強い限定のニュアンスを持ち,主節で述べられる事柄が成立するための「唯一の例外条件」を提示する場合に最も自然に使われます.例えば You cannot enter unless you have a ticket. (チケットを持っていない限り,入場できません)のような文です.この unless が持つ独特のキャラクターと制約こそが,私たちが英語を学ぶうえでつまずく点であり,同時にこの語の「個性」を際立たせる魅力ともなっています.このトピックについては,「\#886. unless の意味論と語用論」 ([2011-09-26-1]) でも詳しく論じました.
but のような基本的な語に隠された語用論的な機能,プログラミング言語との対比から見えてくる人間言語の特性,そして unless のような一筋縄ではいかない語の個性.接続詞という小さな歯車を覗き込むだけで,言語の広大で緻密な世界が広がっています.皆さんの「推し接続詞」は何ですか? たまには,こうした小さな語に目を向けてみるのも,英語という言語をより深く味わうための一興ではないでしょうか.
Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow