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revitalisation_of_language - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-12-21 12:40

2023-04-20 Thu

#5106. 言語の抑圧,放棄,縮小,乗り換え,そして死 [language_death][linguistic_imperialism][language_shift][sociolinguistics][linguistic_right][review][domain_loss][revitalisation_of_language][ecolinguistics]

 連日,山本冴里(編)『複数の言語で生きて死ぬ』(くろしお出版,2022年)を参照している ([2023-04-17-1], [2023-04-19-1]) .言語の抑圧や死といった重たい話題を扱っているのだが,エッセイ風に読みやすく書かれているため,お薦めしやすい.各章末に付された引用文献も有用である.


山本 冴里(編) 『複数の言語で生きて死ぬ』 くろしお出版,2022年.



 冒頭の第1章「夢を話せない --- 言語の数が減るということ」(山本冴里)のテーマは,標題に挙げたように,言語の抑圧,放棄,縮小,乗り換え,そして死である.支配言語が被支配言語に圧迫を加えるという状況は古今東西でみられるが,その過程はさほど単純ではない.山本 (12--14) を引用する.

 使用言語の転換は,抑圧の結果である場合もあれば,言語を放棄することについての自発的な決定を反映しているものもあるが,多くの場合には,この二つの状況が混ざり合ったものだ.植民者らは,一般には,現地言語を根絶やしにすべく仕掛けるわけではなく,現地言語の役割をより少ない領域と機能へとシステマティックに限定していき,また,支配的な(外の)言語に関する肯定的な言説を採用する.そのことによって,現地言語の存在が見えなくなっていくのだ (Migge & Léglise 2007, p. 302) .

 こうした話をすると,「過去のこと」だ,と言う人もいる.「今はもう,植民地主義なんて存在しない,言語を奪うとかやめさせるとか,そんな犯罪は行われない」と.しかし,中国の教育省が,過程では標準中国語が用いられることの少ない少数民族居住地域や農村においても,幼稚園では標準中語を用いさせる「童語同音」計画を発表したのは二〇二一年七月のことだ.標準中国語を使うことで,「生涯にわたる発展の基礎をつくること」や「個々人の成長」,「農村の振興」,「中華民族共同体意識の形成」がなされるのだという(中華人民共和国教育部2021).
 「現地言語の役割」が「より少ない領域と機能へとシステマティックに限定」されると同時に,「支配的な(外の)言語に関する肯定的な言説」が広く流布されるという事態は,右の例ほど露骨ではなくとも,今も大規模に,かつ世界中で発生している.言い換えれば,自らの生まれた環境で習得した言語の価値が低下し,ほかの言語(仮にX語とする)の威信をより強く感じるという事態である.たとえばマスコミで,教育で,市役所など公の場で,より頻繁にX語が使われるようになってきたら.職場では現地の言語ではなくX語を使うようにと,取締役が決めたら.X語のできる人だけが,魅力的な仕事に就けるようになったなら.


 言語が「より少ない領域と機能へとシステマティックに限定」していく過程は domain_loss と呼ばれる(cf. 「#4537. 英語からの圧力による北欧諸語の "domain loss"」 ([2021-09-28-1])).毒を盛られ,死に向かってジワジワと弱っていくイメージである.
 「言語の死」 (language_death) というテーマは,他の関連する話題と切り離せない.例えば言語交替 (language_shift),言語帝国主義 (linguistic_imperialism),言語権 (linguistic_right),言語活性化 (revitalisation_of_language),エコ言語学 (ecolinguistics) などとも密接に関わる.改めて社会言語学の大きな論題である.

 ・ 山本 冴里(編) 『複数の言語で生きて死ぬ』 くろしお出版,2022年.

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2010-02-10 Wed

#289. IT時代によみがえりつつある眠れる言語 Chitimacha [language_death][revitalisation_of_language]

 2月6日の NPR に Software Company Helps Revive 'Sleeping' Language と題する記事があった.米国 Lousiana の Lafayette 南部に千人ほどが生活しているとされるアメリカ先住民 Chitimacha 族が,1940年に死滅した彼らの民族言語を,IT技術によって復活させているという内容だ.
 言語関連のソフトウェアを開発している Rosetta Stone 社が,1934年に亡くなった Chitimacha の族長 Ben Paul の長時間にわたる肉声の録音をもとにして Chitimacha 語を復元し,現在に生きる Chitimacha 族の子供のための教材開発に役立てているという.自らが Chitimacha 族の一員でもある学校の先生は,開発されたソフトウェアを利用した教授法を模索しており,メール文章に同言語を織り交ぜたいという生徒のニーズに応えたいと述べている.
 記事の筆致はポジティブだが,現段階では Chitimacha 語の復活がどのくらい現実的であり,今後どの程度の推進力を得てゆくかは不透明である.決して楽観視はできないだろう.だが,復活に向けたいくつかの条件が小刻みに揃っているという点に目を向けたい.

 (1) かつての族長の長時間にわたる肉声録音と大量の言語学的メモが残っていること(←当時の言語学者 Morris Swadesh の努力)
 (2) 復活させようという機運が民族内の大人(特に教師)に生じていること
 (3) メール文章などの新しい言語運用環境にも応用してみたいというニーズが若年層に生じていること
 (4) 言語に高い関心をもつ Rosetta Stone 社のような会社が存在し,言語復興と最先端のIT技術とを結びつける役割を果たしていること

 人工的に復活された Chitimacha 語が言語的に独り立ちする可能性があるかどうかは未知数だが,たとえコミュニケーション用の完全な言語として蘇らないとしても,Chitimacha 語の知識と運用の一部が Chitimacha 族の文化のなかである特定の位置を占めることになるのであれば,復興の目的の一部は達せられたと考えられるのではないか.
 Chitimacha 語は "dead language" ではなく "sleeping language" だっただけである,という言い方が興味深い."sleeping language" を目覚めさせるという,これまでの人類言語史では試みられもしなかったし起こり得なかったことが,いま起ころうとしている.まったくもって新たな現象である.
 Chitimacha 語については Ethnologue の記述Wikipedia の記述 を参照.

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2010-01-30 Sat

#278. ニュージーランドにおけるマオリ語の活性化 [language_death][revitalisation_of_language][maori][new_zealand_english][linguistic_right]

 ENL 国の一つ New Zealand で,ここ40年ほど,先住民マオリの言語 Maori が活性化してきている.
 近年の言語多様性の意識の高まりとともに,地域の少数派言語が復興運動を通じて活性化する例は世界にあるが,Welsh と並んで著名な例が Maori である.一般論として言語復興運動の成功の鍵がどこにあるのか,そしてこれから言語復興運動を始めようとする場合にどのような戦略を立てるべきかは未開拓の研究分野だが,成功している例を参考にすべきことはいうまでもない.

In the case of the Maori of New Zealand, a different cluster of factors seems to have been operative, involving a strong ethnic community involvement since the 1970s, a long-established (over 150 years) literacy presence among the Maori, a government educational policy which has brought Maori courses into schools and other centres, such as the kohanga reo ('language nests'), and a steadily growing sympathy from the English-speaking majority. Also to be noted is the fact that Maori is the only indigenous language of the country, so that it has been able to claim the exclusive attention of those concerned with language rights. (Crystal 128--29)



 Maori の場合には,(1) マオリの確固たる共同体意識,(2) マオリの識字水準の高さ,(3) 政府の好意的な教育政策,(4) 周囲の多数派である英語母語話者の理解,(5) 他の少数派言語が存在しないこと,という社会的条件がすばらしく整っていることが成功につながっているようだ.
 [2010-01-26-1]の記事で触れたように,今後100年で約3000の言語が消滅するおそれがあることを考えるとき,その大多数についてこのような好条件の整う可能性は絶望的だろう.だが,(1) や (4) の意識改革の部分には一縷の希望があるのではないか.自分自身,言語研究に携わる者として,この点に少しでも貢献できればと考える.
 今回の話題は直接に英語に関する話題ではないが,今後の英語のあり方を考える上で,共生する言語との関係を斟酌しておくことは linguistic ecology の観点からも重要だろう.Crystal (32, 94, 98) によれば,最近は ecology of language や ecolinguistics という概念が提唱されてきており,言語にも「エコ」の時代が到来しつつあるようだ.

 ・Crystal, David. Language Death. Cambridge: CUP, 2000.

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