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palaeography - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2025-03-27 07:16

2025-03-19 Wed

#5805. Skeat の発見した幽霊語の一覧 [ghost_word][minim][spelling][alphabet][manuscript][palaeography][thorn][th][graphemics][editing]

 昨日の記事「#5804. 中世写本で読み間違えられやすい文字(列) --- 幽霊語を生み出す元凶」 ([2025-03-18-1]) で,Skeat がまとめた読み違いしやすい文字(列)の一覧を示した.現代の中世写本の校訂者は原則として文献学のプロではあるが,そのプロですらはまってしまう文字の罠が多々あるということだ.Skeat は,そのような罠にはまった校訂者が,図らずも生み出してしまった幽霊語 (ghost_word) の数々を,自身の論文の最後で列挙している (373--74) .括弧のなかの綴字が,Skeat の考えるところによれば幽霊的でない正しい綴字である.

abacot (a bicocket)
abofted (abosted)
allryn (alkyn)
belene (beleue)
beuen (benen)
bewunus (bewunne)
bolueden (bolneden)
bouchen (bonchen)
char (thar)
chek yn a tyde (chek-matyde),
chesse (chese)
chichingis (thithingis, error for tithingis)
clamupe (claurnpe)
cleue (clene)
conise (comse)
conisyng (comspg)
coppin (croppin)
corves (cornes)
couuen (coxmen)
cronde (croude)
culde (tulde)
culpis (cuupis ? for coupis ?),
degontit (degoutit)
desouled (defouled)
dimnede (diuinede)
dolf (douf)
dolp (doup)
drinen (driuen)
dymnede (dyuinede)
eftures (esteres, estres)
enchausyt (enchaufyt)
encortif (encorcif)
flocced (flotted)
folloke (wilfolloker)
forbusur (forbusne)
forgalbed (forgabbed)
fonngit (foriugit)
fouk (fonk)
founed (fonned)
galbert (gabbert)
golk (gouk)
gramity (graunty)
havin (harm)
hetheued (heued)
holk (houk)
howen, howne (howue)
kimes (knives)
lath (lay)
lessyt (leffyt)
lohe (lome)
maused (mansed)
monelich (menelich)
morse (nurse)
moyt (mo þat)
nalle (ualle)
nolt (nout)
onen (ouen)
ouershuppe (ouerhuppe)
owery (dwerþ)
palke (pakke)
palpis (paupis)
panfray (paufray)
pantener (pautener)
pavade (panade)
polien (þolien)
polk (pouk)
porcours (portours)
punniten (permuten)
rendit (vondit)
rentful (reuful)
renthe (reuthe)
reuk (renk)
rolkis (rokkis)
roned (roued)
sangtle (saughtle)
satoure (fatoure)
scharpe (schappe)
sharter (Charter)
skowurand (skownrand)
slalk (slakk)
soket (Coket)
sordid (fordid)
spelk (spekk)
stone (schon)
succh (sutth)
suten (sitten)
Syvewarm (Fysewarin)
talbart (tabbart)
tavart (tabart)
thame (tharne)
treryn (temp)
tyre (cyre)
ulode (correct; u=v)
ullorxa (?)
vyt (rycht)
walk (wakk, later wauk)
walkrif (wakkrif, later waukrif)
walknit (wakknit, later wauknit)
watte (waite)
wayne (wayue)
wok (woux)
ytoped (ycoped)
yvete (ybete)


 Skeat は,校訂者のミスによって生じるこのような幽霊語が,後に定着し,辞書に採録までされてしまう可能性に強い危機感を抱いていた.文献学のプロとしての矜持なのだろう.

 ・ Skeat, Walter W. "Report upon 'Ghost-words,' or Words which Have no Real Existence." in the President's Address for 1886. Transactions of the Philological Society for 1885--87. Vol. 2. 350--80.

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2025-03-18 Tue

#5804. 中世写本で読み間違えられやすい文字(列) --- 幽霊語を生み出す元凶 [minim][spelling][alphabet][manuscript][ghost_word][palaeography][thorn][th][graphemics][punctuation]

 最近いくつかの記事で,幽霊語 (ghost_word) の話題を取り上げてきた.この用語の生みの親である Skeat は,「幽霊語」論文のなかで,幽霊語の出現の背後にある写本上の文字(列)の読み違いを詳細に論じている.とりわけ読み間違えられやすい文字(列)のリストが示されているので,その部分を引用しよう (372) .

I now proceed to make a list of the symbols which, in the foregoing examples, have been misread and confused. The following groups denote the confused symbols: b, v; c, t; d, o; e, o, s; f, s; k, lr; m, ui, in; n, u; o, d, e; p, þ (th); r, v; s, C, e, f; y, þ (th). Also mi, un; mu, um; ni, in; rp, pp; tt, it; ur, ne; unn, erm; vin, rm. Also lb, bb; lk, kk. Very few of these mistakes result from the misreading of marks of contraction. If I were to add examples of this character, the number of ghost-words would be very largely increased.


 少なからぬ例が,縦棒 (minim) で構成される文字(列)を含んでいる.minim の害悪(?)に関心をもった方は,「#4134. unmummied --- 縦棒で綴っていたら大変なことになっていた単語の王者」 ([2020-08-21-1]) や「#5215. 句動詞から品詞転換した(ようにみえる)名詞・形容詞の一覧」 ([2023-08-07-1]) などからどうぞ.
 また,<th> に相当する古英語・中英語の文字 <þ> (thorn) については,「#1428. ye = the」 ([2013-03-25-1]) などを参照ください.

 ・ Skeat, Walter W. "Report upon 'Ghost-words,' or Words which Have no Real Existence." in the President's Address for 1886. Transactions of the Philological Society for 1885--87. Vol. 2. 350--80.

Referrer (Inside): [2025-03-19-1]

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2013-03-25 Mon

#1428. ye = the [palaeography][spelling][thorn][th][pub][alphabet][graphemics][ppcme2][ppceme][ppcmbe][corpus]

 「#13. 英国のパブから ye が消えていくゆゆしき問題」 ([2009-05-11-2]) で,yeye が定冠詞 the の代わりに用いられる擬古的な綴字について触れた.
 þ (thorn) と y との字形の類似による混同は中英語期から見られたが,この混乱がいわば慣習化したのは þ が衰退してからである.þ が廃れていったのは,「#1329. 英語史における eth, thorn, <th> の盛衰」 ([2012-12-16-1]) や「#1330. 初期中英語における eth, thorn, <th> の盛衰」 ([2012-12-17-1]) で確認したように,Helsinki Corpus の時代区分によるME第4期 (1420--1500) 以降である.それに呼応して,擬古的な定冠詞 ye は近代英語期に入ってから頻度を増してきた.OED を参照すると,ye の使用は中英語から17世紀にかけて,とある.
 では,中英語から初期近代英語にかけて,具体的にどの程度 ye が用いられたのだろうか.これを調べるために PPCME2, PPCEME, PPCMBE のPOSファイル群で "ye/D" を検索してみた.MEからは1例のみ,EModEから1259例,LModEから5例が挙がった.各コーパスはおよそ130万語,180万語,100万語からなるが,総語数を考えずとも,傾向は歴然としている.初期近代英語で急激に現われだし,一気に衰微したということである.ただし,PPCEME の1259例のうち975例は,The Journal of George Fox (1673--74) という1作品からである.ほかには10例以上現われるテキストが4つあるのみで,残りは20テキストに少数例ずつ散らばっているにすぎないという分布ではある.隆盛を極めたというよりは,地味な流行といった感じだろうか.
 先日,ロンドンを訪れた際に,145 Fleet St の老舗パブ "Ye Olde Cheshire Cheese" と 42 Ludgate Hill の "Ye Olde London" の看板を撮影してきた.残念ながらここでエールを一杯やる機会はなかったけれども,別のパブでは一杯(だけではなく)やりました.

Ye Olde Cheshire Cheese Ye Olde London

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2012-06-22 Fri

#1152. sneeze の語源 [etymology][spelling][onomatopoeia][alphabet][graphemics][palaeography]

 sneeze 「くしゃみ(をする)」の初出は14世紀.中英語では snese(n) などの綴字で現われたが,語頭子音字が <s> でなく <f> である異形を考慮に入れれば,起源は古英語,そしてそれ以前にまで遡る.古英語では fnēosan が "to breathe hard, sneeze" ほどの意味で文証される.ゲルマン祖語では *fneusan が再建され,ゲルマン諸語の cognate では,語頭の <fn>- あるいは <f> の消失した <n>- が広く見られる (ex. MDu fniesen, ON fnýsa, Swed nysa, Ger niesen) .また,fn という語頭子音群はグリムの法則により規則的に印欧祖語 *pneu- "to breathe" の語頭子音に対応する.
 語源辞典によると,中英語期における <fn>- から <sn>- への変形は,<f> と <s> の文字の古体を誤読したものという説が紹介されているが,字形の混同が変形の直接の原因となりうるのか疑問である.確かに[2010-12-02-1]の記事「#584. long <s> と graphemics」で紹介したように,<f> と long <s> が非常に良く似ていたことは事実である.しかし,聴覚に鮮烈な印象を与えるくしゃみという生理現象に対応する語が,音声レベルではなく綴字レベルで混同されて,変形したということは考えにくい.くしゃみは,綴字ベースの誤読を想定するにはあまりに聴覚的であるように思われる.むしろ,次のように考えたい.
 問題の語頭子音の消失した nese のような形態が同じ14世紀から行なわれており,中英語の fnese はすでに発音を必ずしも正確に表わさない古めかしい綴字,徐々に廃れゆく綴字だったと思われる.一方で,語頭子音の落ちた nese に擬音的な効果を付すかのように,[s] 音が語頭に添加され,snese が一種の強調形として現われるようになったのではないか.この擬音の連想は,sn- を語頭にもつ snarl (うなる),sneer (あざ笑う,はなを鳴らす),sniff (くんくんかぐ), snore (いびきをかく),snort (鼻息を荒立てる),snout (ブタなどの鼻), snuff (吸う,かぐ)などの呼吸・鼻の関連語によって相互に強められていると想像される.これらのうち sneersnore も古英語では fn- をもっていたので,問題の sneeze に限らず,fn- と sn- の混同は,中英語期には広く起こっていたに違いない.
 語頭音 [f] が消えていったときに,綴字 <f> も徐々に消えゆく運命だった.しかし,古い綴字として <f> がしぶとく残るケースもあった.一方,発音としては擬音的な [s] の添加によってくしゃみの音声的イメージが強められ,綴字にも <s> が添加されるようになった.<f> で始まる fnese と <s> で始まる snese とは,音声レベルではともにおそらく /sneːze/ と発音されていた可能性がある.このような状況においては,<f> を <s> として「誤読した」と考えるよりも,発音に合わせて綴字を「差し替えた」と考える方が理に適っている.少なくとも,「誤読」説は,<fn>- から <sn>- への変形の直接の原因を説明するには,弱い議論のように思われる.

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2009-07-27 Mon

#91. なぜ一人称単数代名詞 I は大文字で書くか [palaeography][spelling][flash][punctuation][capitalisation][minim][personal_pronoun]

 先日,前期の最終授業時に,話しの種にと思い紹介した内容.そのときに使用したスライドを本ブログに掲載してほしいと要望があったので,Flash 化した「Why Capital "I" ?」を載せてみた.下のスクリーンで映らない,あるいは PDF で見たいという方は,こちら.



 本当は,写本から字体をいろいろ挙げ,実例で確認するといいのだろうが,省略.

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2009-05-11 Mon

#13. 英国のパブから ye が消えていくゆゆしき問題 [palaeography][spelling][spelling_pronunciation][thorn][th][pub]

 英国のパブがどんどん潰れているという新聞記事を読んだ.スーパーに出される格安のビール,経済不況,アルコール増税が原因らしい.1日平均6件が潰れているという.窮状はこちらの記事に詳しい.パブなしでは過ごせなかった留学時代を思い出すと,このゆゆしき事態に嘆かざるをえない.
 パブは "public house" の略語であり,英国の伝統的な酒場のことである.屋号や建物に歴史が刻まれているパブも多い.例えば,ロンドンで最古のパブとして知られているのが1528年創業の "Ye Olde Cheshire Cheese" である.
 今日の話題は,屋号に現れる最初の単語である.店の看板の画像をご覧ください.古いパブ,あるいは古さを装っているパブには,この Ye で始まるものが多い.発音は/ji:/として読まれるが,実はこれは定冠詞 the の異形である.これには歴史的背景がある.
 古英語には,現代英語にないアルファベット文字がいくつか存在した.そのうちの一つに,<þ> "thorn" という文字があった.これは,現代英語でいえば<th>という二文字に相当し,歯摩擦音の /θ/ や /ð/ を表した.<þ> は古英語以降も使われはしたが,フランス語から入った<th>に徐々に取って代わられていった.したがって,中英語の the に対しては,新形として <the> が,古形として <þe> が併存することとなった.

thorn 1thorn 2y
thorn thorn y

 さて,<þ> があまり使われなくなり,歯摩擦音を表す文字として忘れ去られようとしたとき,古風を装った書き手は,<þ> と形の似た <y> の文字を代用した.<ye> と綴って the を表すことで,<þ> の文字の伝統がかろうじて保たれたわけである.だが,<þ> 自体は最終的には忘れられ,その事情を何も知らない後世の人々は,<ye> の綴りを見て当然のごとく /ji:/ と発音した ( spelling pronunciation ).その慣習が現在に続いている.
 古風を売りにするパブが <ye> を使い続けている背景には,文字の消失と spelling pronunciation という英語史上の過程があったのである.

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