hellog〜英語史ブログ

#4872. 非文判定の哲学[grammar][semantics]

2022-08-29

 言語学上,許容されない文,逸脱した文は非文と呼ばれる.しかし,ある非文が文法的に逸脱しているのか,意味的に逸脱しているのか,判断の難しいケースがある.この問題について Cruse (1--8) の議論に依拠して考えてみたい.
 例えば The green idea sleep. という文はどうだろうか.3単現の -s が抜け落ちているという点で明らかに文法上の非文であると判断できそうだ.では,The green idea is sleeping. などと文法的に補正すれば,完全に非文ではなくなるのだろうか.ここでは意味上の逸脱が関与しているように感じられる.単語を差し替えて The green lizard is sleeping. とすれば,非文ではなくなるだろう.つまり,もとの The green idea sleep. の非文性は,第1に文法的であり,第2に意味的でもあるということになる.
 The cake was baken. はどうだろうか.まず,過去分詞が間違っているという文法上の非文と解釈することが可能である(注:古くは baken が正しい過去分詞だったことはおいておく).その場合,The cake was baked. と補正すればよいだろう.
 一方,語を差し替えて The cake was taken. として逸脱を除去するという方法もあるかもしれない.ただし,この語彙的・意味的な観点からの非文補正は,強引な感じがする.文脈が許せば taken でなくとも shaken, forsaken などでも入ってしまいそうだからだ.この補正に強引さが感じられるのは,もとの動詞 baketake, shake, forsake などの間に意味的な共通点がないからだろう.補正に際して,語彙的差し替えの自由度が高すぎるのではないかという感覚がある.
 Cruse は上記のような考察を経た上で,文法的な非文判定と意味的な非文判定について次のような基準を提示している.

 (i) an anomaly which can only be removed by replacing one or more open set items is semantic;
 (ii) an anomaly which cannot be removed by replacing one or more open set items, but can be removed by changing one or more closed set items, is purely grammatical;
 (iii) an anomaly which can be cured either by changing one or more closed set items or by replacing one or more open set items is semantic (albeit with grammatical implications) if the open set replacements are distinguished by the possession of certain semantic properties; otherwise, it is purely grammatical.


 Cruse の一連の議論を読み,言語学者の間には非文判定の哲学のようなものが共有されているのではないかと感じた.それは,非文の示す逸脱が最小の逸脱となるようにその非文を解釈しようという基本方針である.換言すれば,非文を補正するのになるべく少ない手数で補正できるような,そのような方向で非文判定しようという態度だ.逸脱しているように見えても,なるべく非文とはみなさず,ギリギリまで正文として解釈できる道を探り,それでも逸脱とみなさざるを得ない場合には,逸脱の程度が最小となるような解釈を探ろうと.これは,言葉の可能性をなるべく閉ざしたくない,開かれたものに保っておきたいという想いに通ずる考え方のように思われる.

 ・ Cruse, D. A. Lexical Semantics. Cambridge: CUP, 1986.

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