hellog〜英語史ブログ

#4127. spirit にみる OED3 の改訂作業[oed][wycliffe][bible][lexicography][polysemy]

2020-08-14

 本ブログで,去る6月の前半に「#4060. なぜ「精神」を意味する spirit が「蒸留酒」をも意味するのか?」 ([2020-06-08-1]),「#4061. spritespright か」 ([2020-06-09-1]),「#4062. ラテン語 spirare (息をする)の語根ネットワーク」 ([2020-06-10-1]) の記事を公開したが,奇しくもその数日後に OED3 編集者の手による spirit の項目に関するブログ記事 That's the spirit: revising 'spirit', n. for OED3 がアップされていた.
 spirit は,得体の知れない超自然的な指示対象をもち,多義であり,文化史上も重要で,かつ使用頻度も高い単語なので,OED のなかでも大きめのエントリーとなっている.編集者としては,このような多義語に関して語義の順序をいかにするかというのが問題となる.とりわけこの単語の場合には,当初より多義語として英語に借用されたために,英語史の枠内にとどまっている限り,複数の語義を時間順に整理するということがあまり意味をなさないのだ.実際,様々な語義が,14世紀末の Wycliffe の英訳聖書において初出している.「歴史的原則」を謳う OED のポリシーとして,多義を通時的に関係づけたいのはやまやまだが,さすがに OED もそれ以前のフランス語史やラテン語史にまで深く踏み込むことはしないので,語義の順序問題はかなり悩ましかったようだ.それでも種々の例文を解釈しなおして語義区分を改めたり,なるべく論理的な順序を目指して試行錯誤するなど,涙ぐましい編集努力の様子が,その記事に綴られている.
 ほかに,従来版では spirit の項のもとで扱われていた Holy Spirit が,改訂版では独立の見出し語として立てられたという.これも文化史的な意義において重要な改編というべきだろう.
 OED 改訂の舞台裏を覗き見したかのような,また philology の素養のある編集者の職人技を目の当たりにしたかのような読後感の記事だった.OED 改訂の苦難,ひいては辞書編纂にまつわる苦労がよく分かる記事である.お薦め.

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