hellog〜英語史ブログ

#2829. carnage (2)[metonymy][semantics]

2017-01-24

 昨日の話題の続編.トランプ大統領が carnage という強烈な言葉を使ったことについて,やはりメディアは湧いているようである.
 20日の就任演説について,22日の朝日新聞朝刊で,原文と訳と解説が付されていた.問題の "This American carnage stops right here and stops right now." のくだりの解説に,こうあった.

「carnage」は「殺戮の後の惨状」といった意味で,「死屍累々」に近い。線状などの表現に使われる極めて強い言葉。トランプ氏は直前に都市部の貧困や,犯罪・麻薬の蔓延に触れ,「悲惨な状況にある米国」を描いた。今回の演説を象徴する言葉として,米メディアも注目している。


 この「死屍累々」という訳語と解釈は,優れていると思う.英和辞典にある並一通りの「殺戮」という訳語ではなく「死屍累々」に近いと解釈したセンスが素晴らしい.
 昨日の記事で引いた OED での語義 3a とは別の語義 2a に,次のような定義がある."Carcases collectively: a heap of dead bodies, esp. of men slain in battle. ? Obs.".「殺戮」というよりは,その結果としての「死屍累々」である.同じように,Johnson の辞書でもこの語義は "Heaps of flesh" として定義されている.carnage が,昨日の記事で指摘したようにラテン語で「肉」を意味する carn-, carō からの派生語であることを考えれば,直接的な意味発達としては,行為としての「殺戮」ではなく,「死体(の集合)」を指すとするのが妥当である.英語での初出年代こそ,「殺戮」の語義では1600年,「死体(の集合)」の語義では1667年 ("Milton Paradise Lost x. 268 Such a sent I [sc. Death] draw Of carnage, prey innumerable.") と,前者のほうが早いが,意味発達の自然の順序を考えると,因果関係を「果」→「因」とたどったメトニミー (metonymy) として「死体(の集合)」→「殺戮」のように変化したのではないかと想像される.喩えていうならば,トランプ大統領の carnage は,「殺す」という動詞が現在完了として用いられたかのような「完了・結果」の意味,すなわち「殺戮後の状態」=「死屍累々」を意味するものと捉えるのが適切となる.少なくとも,トランプ大統領(あるいは,その意を汲んだとされる31歳の若きスピーチライター Stephen Miller)は,過去の「殺戮」だけでなく,その結果としての「死屍累々」の現状を指示し,強調したかったはずである.
 なお,「戮」という漢字についていえば,これは「ころす.ばらばらに切ってころす.敵を残酷なやり方でころす.また,罪人を残酷なやり方で死刑にする.」を意味する.一方,この漢字は,同じ「リク」という読みの「勠」に当てて「力をあわせる」の意味ももっており,「一致団結」と同義の「戮力協心」なる四字熟語もある.こちらの「戮」であればよいのだが,と淡い期待を抱く.

Referrer (Inside): [2017-01-25-1]

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