英語史に限らず歴史記述の方法として,時間の流れに沿って歴史を描く順行的記述と,逆に現在から過去へ遡って描く遡及的記述の2通りが考えられる.後者は通常の感覚では普通ではないと思われるかもしれないが,実際 Strang は遡及的記述で英語史を書き,独特な味わいをもった著作を世に出した.この逆行した記述法については,本ブログでも「#253. 英語史記述の二つの方法」 ([2010-01-05-1]),「#1340. Strang の英語史の遡及的記述」 ([2012-12-27-1]),「#2471. なぜ言語系統図は逆茂木型なのか」 ([2016-02-01-1]) で扱ってきた.
今期の大学の授業では今や古典的名著といってよい Baugh and Cable の英語史(順行的記述)を読んでいるが,学期始めの回で,遡及的記述という方法の功罪について受講生とブレストしてみた.読み手にとって,遡及的に書かれた歴史書の長所と短所はそれぞれ何だろうか,というお題である.以下,出された意見を箇条書きで記そう.
[ 長所 ]
・ 結果を先に見るから原因に興味がわく
・ 結果先行だから因果関係がわかりやすい
・ 再解釈を通じて歴史を深く学べる
・ 歴史的反省がしやすい
・ 現代の知識と照らし合わせながら歴史を学べる
・ 現代に近いところから始められるので理解しやすい
・ 開始点が自動的に現在に定まる
・ 資料や情報が多い時代から,少ない時代へと記述が流れてゆく
・ 常に現在と各時代の時間差を意識しながら歴史を学べる
・ 過去志向の視点が強調される
[ 短所 ]
・ 結局,後で順行的記述として再解釈しなければならない
・ 過程より結果を重視しがち
・ 同時代史が描きにくい
・ 各時代の起点・期間の設定が恣意的になる
・ 原因→結果という自然な順序ではないので,わかりにくい
・ 決定論的な見方になりやすい
・ 終了点が決めにくい
・ 切り捨てられる情報が多い
・ 都合のいい情報だけを取ってくることにならないか
・ 時間の流れに反する
・ 因果関係の説明では,部分的に順行的にならざるをえない
・ 現在から未来へ時が流れているので,開始点が動いてゆくことになる
・ 現在に反映されていない問題は扱われにくくなるのではないか
・ 未来志向の視点がとりにくい
各々確かにそうだと思われる点もあれば,長所あるいは短所として出された意見がそのまま逆に短所あるいは長所にもなっているのではないか,と思われる点もあった.また,このリストは,見方を変えれば順行的記述の長所と短所にも対応する,という点でも有用である.
遡及的記述には不自然感はぬぐえないし,何といっても一般的ではなく,馴染みが薄い.短所のほうが多く挙がるのは,致し方ないところだろう.しかし,長所と考えられる特徴を十分に意識した上で遡及的記述の歴史書に挑戦するのは,意義がある.Strang の英語史書などは,英語史を学ぶに当たって最初に読むにはふさわしくないが,上記のような短所に目をつぶり,長所を活かす形で読もうとすれば,学習効果は挙がるだろう.Strang は,21世紀の現在では古くなった感が否めないが,しっかりした(構造)言語学のスタンスを取った名著であり続けていると思う.
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.
・ Strang, Barbara M. H. A History of English. London: Methuen, 1970.
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