通常,言語音を発するのには,肺から出される呼気を用いる.原理としては肺へ流れ込む吸気を用いて音を出すこともできるし,肺を使わずに別の音声器官により生み出された気圧差により気流を作り,それを用いて音を出すこともできる.気流機構 (airstream mechanism) ,すなわち気流の作り方と気流の進む方向に着目して言語音を整理すると,以下のような表となる.
言語音ではあっても,何らかの言語において音韻的対立を示さないものについては特に名前がつけられておらず,表中でも多くが空欄となっている.例えば,buccal airstream はドナルドダックのように頬を利用して気流を作る方法だが,これを通常の気流機構として用いることはない.oesophageal は食道からの空気の流れを用いるもので,げっぷのときに確認される気流機構である.通常は用いられないが,手術などで声帯を除去した人が言語音のために用いることがあるため,表中に掲げてある.
velaric airstream は軟口蓋を閉鎖して気圧差を高め,気流を生み出すメカニズムで,click と呼ばれる吸着音(舌打ち音)がよく知られている.原理的には気流を外へ向ける発音も可能だが,内へ向けるのが普通である.南アフリカで話されている Sotho, Zulu, Xhosa などの Bantu 諸語や,Bushman, Khoikhoi などの Khoisan 諸語で各種の吸着音が音韻的対立を示す (「#1314. 言語圏」の記事[2012-12-01-1]を参照).吸着音では,調音点により両唇音,歯音,側音,そり舌音などが区別される.非難やいらだちを表わすのに,英語では tut という間投詞が発せられるが,これは吸着音である.日本語の「チェッ」も吸着音の破擦音である.
glottalic airstream は声門を閉鎖して,それを上下させることによって,気流を生み出すメカニズムである.外向きの気流になれば ejective (放出音)と呼ばれ,英語でもイングランド北部方言などで up, get, pick などの最後の子音の発音として現れることがある.逆に,内向きの気流になれば implosive (内破音)となり,入ってきた気流が声帯を振動させると,有声の内破音となる.内破音は,Ibo などアフリカの言語やアメリカ先住民の言語でよく聞かれる.
肺の吸気は,激しい運動の直後など息が切れているときの発話に見られるが,一般的に用いられることはない.
以上,Crystal (20--23) を参照した.
・ Crystal, David. How Language Works. London: Penguin, 2005.
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