昨日の記事「#1017. par の派生語」 ([2012-02-08-1]) の続き.昨日の記事では,ラテン語 par から派生し,英語へ借用された語に通底する原義は,印欧語根 *perə- "to allot" に想定される「割り当てる,あてがう」であるというところまで述べた.
意味の発展と語の派生という点で par と瓜二つなのが,日本語の「あてる」だ.さらに語根へと還元すれば,「あた(あだ)」となる.大野 (146) の語根表より,"ata" の部分を引用しよう.
ata | (敵) |
ata-Fi | (値) |
ata-Fë | (与) |
ata-kamö | (恰) |
ata-ra | (惜) |
ata-rasi | (惜) |
ata-ri | (当・辺) |
ate | (当) |
大野 (73--74) のアタルの説明に沿いながら,英語の
par 派生語との類似を指摘してゆきたい.語根のアタは敵・仇であり,
compare がかつてライバルの意をもっていたことは昨日触れたとおりだ.これにアヘ(合)を後接したのがアタヘ(与) "to allot" である.その連用名詞形アタヒ(価)は,
par (平価)を想起させる.語根にルを後接したのが動詞アタルで,アタラシ(惜)は,「対等の立場になりたい」けれどもアタル所にいないので「もったいない,惜しい」ほどの意で,
comparable (比べてひけをとらない)の語義の発展と平行しそうだ.そのほか日本語では,アタリをつける,このアタリ,アテが外れるなど,近似を意味する一連の語を派生させた.
アタラ,アタラシについては,日本語における
音位転換 (
metathesis) の代表例の1つとして知られている.アタラ(シ)という語の本来の意味は上記の通りだが,一方で "new" の意味のアラタシという語が存在した.ところが,中古初期に,後者に音位転換形アラタシが現われ,前者を滅ぼしてしまったという."new" の意味とかつての語形との関係は,いまなおアラタナ(新たな),アラタメル(改める),アライ(新井)に残っている.ただし,「惜しい」のアラタシが同音衝突に屈したのはなぜか,アラタナやアラタメルとの類似により音位転換が阻止されなかったのはなぜかなど,まだ考慮すべき点は残されている.
・ 大野 晋 『日本語をさかのぼる』 岩波書店,1974年.
・ 前田 富祺 監修 『日本語源大辞典』 小学館,2005年.
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