中尾 (2) では,言語変化の予言とその根拠について次のように述べられている.
一般にことばの変化についての予言は、
(i) 現在進行中の変化および方向、
(ii) 過去において実際に起こった歴史的変化および方向、
(iii) 同系言語にみられる変化、
(iv) 幼児の言語習得、
などに基づいて行われる。
(i) から (iv) にかけて,具体から抽象へ,特殊から一般へと基準の普遍性が高くなっている点が注目に値する.(i) は当該言語の現在における変化の事実,(ii) は当該言語の過去に生じた変化の事実,(iii) は同系言語の現在と過去の変化の事実( drift の議論などが関与する),(iv) は言語そのものではなくヒトの言語習得 (language acquisition) の示す特性(過去も現在も未来も不変との仮定で)にそれぞれ相当する.
しかし,(iii) の後に,同系・非同系言語の全体,つまり人類言語の総体において現在および過去に生じた変化の事実という参照点を加えてもよいのではないか.端的にいえば,通言語的な言語変化の類型論 (typology of language change) という視点である.「言語変化の予言の根拠」の改訂版を図示すると以下のようになるだろうか.
具体・特殊 | | (1) 当該言語の言語変化(現在) | | (2) 当該言語の言語変化(過去) | | (3) 同系言語の言語変化(現在・過去) | | (4) 人類言語の言語変化(現在・過去) | | (5) 言語習得と言語変化(現在・過去) ↓ 抽象・一般
ことばの変化は、まったく同じ条件が整ったからといって必ず生起するとは限らない。その意味で、ことばの変化は自然科学の法則 (law) とはちがい、傾向 (trend, tendency) を示すにすぎない。
結局、変化についての予言、記述などは、「ことばの変化を引き起こす要因は何か」という基本的な問題を解明する努力へ通じるものである。
この文章から,著者は言語変化を予言するという行為の価値は,それが当たるかどうかという予言としての精度にあるのではなく,言語変化の原因を明らかにしようとする営みである点にあると考えていることが分かる.Bauer の批判的態度もよく分かるのだが,基本的には中尾の立場に同意したい.
・ 中尾 俊夫 著,児馬 修・寺島 迪子 編 『変化する英語』 ひつじ書房,2003年.
・ Sapir, Edward. Language. New York: Hartcourt, 1921.
・ Bauer, Laurie. Watching English Change: An Introduction to the Study of Linguistic Change in Standard Englishes in the Twentieth Century. Harlow: Longman, 1994.
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