hellog〜英語史ブログ

#5971. 「あなたの「推し接続詞」は何ですか?」[voicy][heldio][conjunction][syntax]

2009-05-01

 先日,横浜で開催したささやかな公開収録イベント「プチ英語史ライヴ」にて,参加者の皆さんと「あなたの推し接続詞」というテーマで語り合いました.この模様は Voicy heldio https://voicy.jp/channel/1950/7891234](https://www.google.com/search?q=https://voicy.jp/channel/1950/7891234)">「\#1526. 「あなたの推し接続詞」を語る回 --- プチ英語史ライヴ from 横浜」 としても配信しましたが,当日は非常に盛り上がりました.「推し活」が流行している現代ならではのテーマ設定だったかもしれませんが,「推しのアイドル」や「推しのキャラクター」ならぬ「推しの接続詞」という視点は,言語の細部に光を当てるようで,英語史的にも非常に興味深いものでした.本日の記事では,この配信の内容を振り返りつつ,一見地味な品詞である接続詞の奥深い魅力について掘り下げてみたいと思います.

  イベントでは,まず基本的な接続詞として andbut が挙がりました.これらは英語を学び始めるとすぐに出会う最も基本的な語でありながら,その機能は単に「そして」や「しかし」といった単純な接続にとどまりません.談話のなかで実に多様なニュアンスを生み出すこれらの語の働きについては,本ブログでも「\#2088. and の様々な意味」 ([2015-01-14-1]) などで論じてきた通りです.また,仮定を表わす if と譲歩を表わす though の対比も興味深い論点です.これらは思考の機微を表現するうえで欠かせない接続詞であり,両者の関係性の深さについては,「\#1768. if と though の関係」 ([2014-03-0-1]) で考察しました.

  議論が深まるなかで,ある参加者から「プログラミング言語では butbecause はあまり使われない」という鋭い指摘がありました.確かに,コンピュータのプログラムは IF A THEN B ELSE C のような,厳密で明確な論理分岐で記述されます.そこには,人間の会話にみられるような「期待を裏切る」といったニュアンスや,「後から理由を付け加える」といった柔軟性は必要とされません.しかし,人間の言語は違います.接続詞 but は,単に論理的な逆接を示すだけでなく,「あなたの期待とは違うでしょうが」という相手への配慮や驚きを伝える語用論的な機能を持っています.because もまた,客観的な因果関係を示すだけでなく,会話の流れのなかで相手を説得したり,自らの発言を正当化したりするために用いられます.このように,人間の思考やコミュニケーションが持つ非直線的で豊かな側面を反映しているのが,自然言語における接続詞の重要な役割といえるでしょう.

  さらに話題は,使いこなしが難しい接続詞へと移っていきました.会場にいらした Lilimi さんからのコメントをきっかけに,kagata さんが unless の難しさについて言及されたのです.unless はしばしば if ... not と同じ意味だと説明されますが,両者は完全な同義語ではありません.例えば,I will be sad if she does not come. (もし彼女が来なければ,私は悲しいだろう)は自然な文ですが,これを I will be sad unless she comes. とすると,やや不自然に響きます.unless は「?という特別な場合を除いて」という強い限定のニュアンスを持ち,主節で述べられる事柄が成立するための「唯一の例外条件」を提示する場合に最も自然に使われます.例えば You cannot enter unless you have a ticket. (チケットを持っていない限り,入場できません)のような文です.この unless が持つ独特のキャラクターと制約こそが,私たちが英語を学ぶうえでつまずく点であり,同時にこの語の「個性」を際立たせる魅力ともなっています.このトピックについては,「\#886. unless の意味論と語用論」 ([2011-09-26-1]) でも詳しく論じました.

  but のような基本的な語に隠された語用論的な機能,プログラミング言語との対比から見えてくる人間言語の特性,そして unless のような一筋縄ではいかない語の個性.接続詞という小さな歯車を覗き込むだけで,言語の広大で緻密な世界が広がっています.皆さんの「推し接続詞」は何ですか? たまには,こうした小さな語に目を向けてみるのも,英語という言語をより深く味わうための一興ではないでしょうか.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow