どの言語にも語源不詳・未詳の語は多数あるが,とりわけ歴史文化的に重要な語の場合には,活発な議論の対象となることが多い.英語(史)において Viking (ヴァイキング)は,語源が未解決である最重要語の1つである.
英語での初出は1807年と意外に遅い.一説によると,この語は Old Norse, Old Icelandic vīking-r の借用であり,この元の語は vīk (creek, inlet, bay) + -ingr (one belonging to) と分析される派生語である.すなわち,「入り江に住む者,入り江に出入りする者」ほどの意味となる.ここで1つの問題は,Viking が北欧語起源ということになると,北欧人が自分たちのことを「入り江の人」と自称していたことになりそうだが,それはなぜだろうか.彼らが入り江に出入りしていたことは事実だろうが,それが自称となるほどに彼らの強いアイデンティティと結びつけられていたのだろうか.海賊行為を働く人々を指す他称としてであれば理解できそうにも思うが,その場合には北欧語起源であるのがなぜか分からなくなる.
一方,OED の採用している説は Anglo-Frisian に語源を求めている.ヴァイキングがある土地を襲う際に,一時的にキャンプを張る習慣があった.古英語には,キャンプの意味での wīc が文証されるし,wīcingsceaða (海賊行為)や sǣ-wīcingas (海賊)もすでに現れている.一方,Old Norse, Old Icelandic では10世紀後半にならないと問題の語が現れないので,文献学的にいえば古英語(さらに遡って Anglo-Frisian)に起源を求める説に利点がある.ただし,語源を求めるに際して文献至上主義には気をつけなければならないし,Anglo-Frisian 説では,ノルウェーをはじめとする北欧諸国の入り江に vīk のついた地名が異常に多い事実もうまく説明できない.この場合,Anglo-Frisian 発の語が北欧諸語に借用されたという筋書きを想定しなければならないが,この借用過程はどのように説明されるのかという別の問題が生じる.
以上,主として荒 (100--03) に拠って Viking の語源説を見た.なお,日本語で食べ放題の食事スタイルを「バイキング」と呼んでいるが,これは和製語である.英語では,smorgasbord (立食の北欧料理) といったり,単に buffet ともいう.
・ 荒 正人 『ヴァイキング 世界史を変えた海の戦士』 中央公論新社〈中公新書〉,1968年.
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