語形成の生産性 (productivity) については,productivity の各記事で話題にしてきた.そこでは,生産性をどのように定義するか,どのように測定するかは,形態理論における難問であると述べるにとどまったが,今回は,この問題にもう少し踏み込みたい.
まずは,Lieber (61) による,"productive" と "unproductive" の日常語による定義を挙げよう.
Processes of lexeme formation that can be used by native speakers to form new lexemes are called productive. Those that can no longer be used by native speakers, are unproductive; so although we might recognize the -th in warmth as a suffix, we never make use of it in making new words. The suffixes -ity and -ness, on the other hand, can still be used, although perhaps not to the same degree.
この定義により,生産性の指し示している概念は直感的に理解できるが,より専門的に定義しようとするとなかなか難しい.生産性に関与する要因としては,3点が考えられる (Lieber 61--64) .
(1) transparency: 音韻と意味の透明性が確保されており,基体と接辞が明確に区別される語形成は productive である.例えば,candidness や crudity において,それぞれ形態上 candid + -ness, crude + -ity と明確に線引きできるだけでなく,その意味も基体と接辞(「?である状態」)の純粋な和 (compositional) として解釈できる.この点で,-ness や -ity を用いた語形成は透明度が高いと言える.
しかし,-ity は -ness に比べて透明度が低い.1つには,rusticity において,綴字上は rustic + -ity と透明的に分析されるが,発音上は基体の最後の子音が /k/ から /s/ へ変化しており,その分だけ透明性が低くなる.別の例では,timid の強勢は第1音節だが,timidity の強勢は基体の第2音節へ移動しており,透明性が低くなっている.さらに,oddity は,odd + -ity から容易に想像されるとおり,透明的に「異常であること」を意味するのみならず,「変人」をも意味する.後者の語義については,予測可能性(=透明性)が低いとみなすことができる.最後に,dexterity では,基体として *dexter が予想されるところだが,これは実際には存在しない基体である.ここでは,透明性が確保されていない.
oddity (変人)の例で触れた意味の予測(不)可能性という指標は,その派生語が mental lexicon に登録されているかどうかという問題,語彙化 (lexicalization) の問題に関連する.この場合,「異常であること」の語義での oddity は語彙化されていないが,「変人」の意味でのoddity は語彙化されているということになる.したがって,透明性が高いほど語彙化されにくく,透明性が低いほど語彙化されやすいという関係が成り立つ.
(2) frequency of base type: 接辞の付加しうる基体の数や範囲が大きければ大きいほど,その語形成は生産的であるとみなすことができる.接尾辞 -esque (?風の)は名詞に付加されるが,主として固有名詞に限定される.単音節の基体には付加されにくいという条件もあるため,どんな名詞にも付加される接尾辞に比べれば,基体の範囲が狭い分,生産性が低いということになる.([2009-11-29-1]の記事「#216. 人名から形容詞を派生させる -esque の特徴」を参照.)
(3) usefulness: 語形成の有用性.常識的に,すべての形容詞について対応する名詞があることは有用であり,便利であると考えられる.この場合,形容詞を名詞化する接尾辞 -ness, -ity は有用であり,生産的であるということになる.反対に,女性を表わす接尾辞 -ess は,現代の性差別廃止の社会的な風潮により有用性が失われてきており,その分だけ生産性も低くなってきていると考えられる.
語形成の生産性は,少なくともこの3点に基づいて論じる必要がある.
音韻形態変化や意味変化によって (1) が,語彙の増加などによって (2) が,社会的な価値観の変化によって (3) が影響を受けるということを考えると,語形成の生産性もまた通時的な変化に晒されているということは明らかだろう.
・ Lieber, Rochelle. Introducing Morphology. Cambridge: CUP, 2010.
昨日の記事「#935. 語形成の生産性 (1)」 ([2011-11-18-1]) に続いて,productivity に関する話題.昨日,生産性を論じる視点の1つに "frequency of base type" があると紹介した.ある接辞が付加される基体の数や範囲が大きければその語形成の生産性は高いということになり,数や範囲が限定されていればその分だけ生産性が低いということになる,という考え方だ.
では,基体のタイプが限定される場合,限定の基準にはどのようなものがあるだろうか.以下に,Lieber (64--65) の解説を要約する.
(1) categorial restrictions: 品詞の限定.ほとんどの接辞は,基体が特定の品詞であることを要求する.-ness や -ity は原則として基体に形容詞を要求し,-ize は基体に名詞か形容詞を要求する,等々.
(2) phonological restrictions: 接辞のなかには,基体に特定の音韻構造を要求するものがある.例えば,-ize は基体に2音節以上からなる語で,かつ最終音節に主強勢の落ちない語を要求する.形容詞から動詞を作る -en は,末尾に阻害音をもつ基体に限定して付加される (ex. darken, brighten, deafen but not *slimmen, *tallen) .
(3) the meaning of the base: 否定の un- は,基体がすでに否定的な意味を帯びている場合には付加されない (ex. unlovely but not *unugly; unhappy but not *unsad) .
(4) etymological restrictions: 名詞から形容詞を作る -en は,基体に主として本来語を要求する (ex. wooden, waxen but not *metalen, *carbonen) .一方で,-ic は,基体に主としてフランス借用語あるいはラテン借用語を要求する (ex. parasitic, dramatic) .
(5) syntactic restrictions: -able は他動詞,より限定的には受動化できる他動詞に付加される傾向がある (ex. loveable but not *snorable ) .(これについては,[2011-10-30-1]の記事「#916. bouncebackability の運命と "non-lexicalizability" (1)」とその続編[2011-10-31-1]を参照.)
(6) pragmatic restrictions: 英語からの例ではないが,オーストラリア北東部で話される Dyirbal 語において,-ginay (?に覆われた)という接尾辞は,基体に汚いものや不快なものを表わす語を要求するという.ここには,当該言語の文化に根ざした語用論的な要因が作用していると考えられる.また,結果としてできる派生語の register が限定されるような接辞の存在も示唆される(例えば,-ish はくだけた文脈で使われがちな形容詞を派生させるなど).
語形成の生産性はすぐれて形態論的な問題ではあるが,それを論じるにあたって,音韻,語種,統語,意味・語用といった言語体系のあらゆる側面の考慮が必要になってくるというのが,難しいところであり,同時に魅力でもある.
・ Lieber, Rochelle. Introducing Morphology. Cambridge: CUP, 2010.
[2011-11-18-1], [2011-11-19-1]に引き続き,語形成の生産性について.生産性の議論には様々な側面があるということを見てきたが,具体的に生産性を測る段には,何をどう測ればよいのだろうか.例えば,形容詞から名詞を作る接尾辞 -ness による語形成の生産性を測定するにはどうすればよいのか.
単純に考えると,辞書を参照して -ness 語を数え上げるという方法が挙げられるかもしれない.しかし,これでは正確に生産性を測ることはできない.なぜだろうか.
(1) 辞書ごとに掲載されている -ness 語の数はまちまちである.[2011-11-05-1]の記事「#922. 語の定義がなぜ難しいか (5)」を始めとして の各記事で触れたように,辞書はそれぞれ独自の方針で編纂されており,どれを選択するかによって数え上げる語数が著しく異なる可能性がある.
(2) 生産性は,問題の接辞を含む既存の語の数に依存するというよりは,むしろその接辞の添加によって派生される潜在的な語の数に依存すると考えられる.潜在的な語は辞書には載っていないので,辞書を参照しても無意味である.
(3) 生産性の高い語形成は,音韻・意味において透明性の高い(=予測可能性の高い)語形成であり ([2011-11-18-1]) ,予測可能性が高いということは,その語が辞書に掲載される必要も薄く,実際に掲載されることが少ないということである.一方,生産性の低い語形成は,音韻・意味において透明性の低い(=予測可能性の低い)語形成であり,その語はぜひとも辞書に掲載されるべき語であるということになる.つまり,以下の逆説が成立する."[L]ess productive processes would be represented by more entries in the dictionary than more productive processes!" (Lieber 66) .
例えば,手持ちのどの辞書も bovine (ウシの)に対応する派生名詞 bovineness を掲載していないが,だからといって -ness がその分だけ生産性が低いかといえば,むしろ逆である.辞書にいちいち掲載する必要がないほどに,-ness による名詞派生が音韻的にも意味的にも透明だということであり,それだけ生産性が高いということだろう.
生産性を正確に測ることが難しいのは,それが「過去の実績」ではなく「将来性を見込んだ潜在力」の指標だからである.
・ Lieber, Rochelle. Introducing Morphology. Cambridge: CUP, 2010.
[2011-11-18-1], [2011-11-19-1], [2011-11-20-1]と,語形成の生産性の問題について理解を深めてきた.辞書を利用した生産性の測定はうまく行かないらしいことはわかったが,他にはどのような測定法があり得るだろうか.これまでに,次のような2つの提案がなされている (Lieber 66--67) .
(1) ある接辞添加により潜在的に形成され得る語の総数 (A) を出し,次にその接辞添加により実際に形成された語の総数 (B) を出し,A における B の割合を算出する.例えば,形容詞の基体に付加されて名詞を形成する接尾辞 -ness の場合,形容詞の総数が A となり,実際に文証される -ness 語の総数が B となる.
しかし,この測定法には問題がある.まず,形容詞の総数を把握することは難しい.辞書を参照するということになれば,昨日の記事[2011-11-20-1]で取り上げた諸問題の再来である.実際に文証される -ness 語の総数についても同様だ.-esque 語についていえば,[2011-11-19-1]の記事で触れた通り,この接尾辞は基体に主として多音節の固有名詞を要求するが,この条件に当てはまる基体の数を数え上げることは不可能に近い(まさか,世界人名辞典を参照する!?).
さらに,-esque に見られるような基体に課せられる諸制限は生産性の程度に影響するのであるから,基体に名詞を要求するという以外に制限のない -ness のような接辞の生産性との差異が浮き立つような測定法でなければならない.この測定法では,-esque のA値と -ness のA値に大差がある場合,その差が算入されないという問題がある.
(2) 巨大コーパスを用いて,token frequency に基づいて hapax legomenon の割合を算出する方法.従来の考え方とはまったく異なるこのアプローチは,生産的な語形成に見られる透明性 (transparency) と出現頻度の関係についての知見に基づいている.[2011-11-18-1]で述べたように,生産性の低い語形成は音韻的・意味的に透明性の低い語を生み出す.透明性の低い語は,辞書に (dictionary にも mental lexicon にも)登録されやすい,つまり語彙化 (lexicalize) されやすい.語彙化された語は,語彙化されていない語に比べて,平均してコーパス内のトークン頻度が高いという特徴が見られる.逆から見ると,生産性の高い語形成は透明性も高いゆえに,語彙化されることが少なく,平均してコーパス内のトークン頻度は低い傾向がある.実際のところ,コーパス内に1回しか現われない hapax legomenon である可能性も高い.
この知見に基づき,-ness の生産性の算出を考えてみよう.コーパス内に現われる -ness 語をトークン頻度で数え上げ,これを A とする.この中で hapax legomenon である -ness 語の数を B とする.A における B の比率を取れば,-ness の生産性(少なくとも,生産性を指し示すなにがしかの特徴)の指標となるだろう.
Baayen and Lieber で採用されたこの測定法は,生産性の完璧な指標ではないとしても,母語話者の直感する生産性を比較的よく反映していると考えられる.
・ Lieber, Rochelle. Introducing Morphology. Cambridge: CUP, 2010.
・ Baayen, Harald and Rochelle Lieber. "Productivity and English Derivation: A Corpus-Based Study." Linguistics 29 (1991): 801--43.