講義日 | 平成25年10月18日 |
講義タイトル | 放射線の安全な取扱い Ⅰ |
講義担当教員 | 井上浩義(慶應義塾大学医学部化学教室) |
学習目標 | 本講義においては、基礎医学・臨床医学において多用される放射線について、放射線の性質と利用方法を知って、適切に防護を行うための知識を取得することを目的とする。講義では、放射線による生物作用と放射線発生装置の放射線防護について解説し、併せて、放射線の取扱いを規制する法令について紹介する。特に、平成23年3月に発生した福島第一原発事故を契機として変更された放射線規制体制の変更について解説する。 キーワード:放射線;電離放射線;電磁波;粒子線;確定的影響;確率的影響;放射線防護;放射線障害防止法;医療法施行規則;労働安全衛生法;福島第一原発事故、暫定基準値;食品の安全性 |
放射線の生物作用
図1.放射線影響の分類
図2.確定的影響と確率的影響
図3.医学部における放射線規制法令(典型例
これら法律の下に、命令(法律に基づいて国の行政機関が制定するもの)、政令(命令のうち最高のもの;内閣が制定)、府・省令(命令のうち政令の次に位置するもの)、告示(各省・庁が発するもので、府・省令の次に位置する命令)などがある。法令は、「題名・件名」、「法令番号」、「制定文」、「目次」、「本則」、そして「附則」で構成されており、法令条文は、法令文章の基本単位である「条」、一つの条の中に段落を設けた「項」、一つの項の中に二つ以上の事項を箇条書きにした「号」、そして、各条文の前に丸括弧付きの短い題目「見出し」がら成る。 日本の放射線の規制に関する法令は、原子力基本法(1955年12月19日制定)を基礎としており、この基本法では、「法令の目的は、原子力の研究開発、利用の促進(エネルギー資源の確保、学術の進歩、産業の振興)をもって、人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与する」ためであることが謳われている。この目的のために、「民主・自主・公開の平和利用三原則」が規定されており(原子力・放射線の利用目的は平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとして、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする)、医学部での放射線利用時の規制法令である、放射線障害防止法や医療法施行規則などにもこの精神が生かされている。
図4.内部被ばくの経路
放射線による被ばくには、外部被ばくと内部被ばくがあり、エックス線診断装置、放射線発生装置、あるいは封じ込められた放射性同位元素(密封放射性同位元素)の場合には、外部被ばくだけを考えればよい。一方で、封じ込められず、裸のままの放射性同位元素(非密封放射性同位元素)は、外部被ばくと内部被ばくの両方を考慮しなければならない。 医療現場における放射線被ばく事故の大半は、エックス線診断装置による外部被ばく事故によるものである。しかし、大学病院や大病院では、PETあるいは核医学検査、更には、放射性医薬品投与治療などが頻回に行われているところも多い。このような非密封放射性同位元素の取り扱いにおいては内部被ばく事故も生じ得る。日本における医療現場での放射線内部被ばく事故はほとんどが、医師あるいは看護師による注射の時に生じており(針刺事故や注射内液の噴出など)、十分な注意が必要である(これについては放射線安全取扱Ⅱで学ぶ)。
表1.1回大量被ばく時の影響
被ばく量(単位Gy) | 確定的影響 | 確率的影響 |
---|---|---|
0.25以下 | 身体的影響なし | リスクは低い |
0.5 | リンパ球の減少 | | |
1.0 | 悪心・嘔吐 | | |
2.0 | 皮膚の初期紅斑、(白内障) | | |
3.0 | 脱毛 | | |
4.0 | 50%のヒトが死亡(骨髄死) | | |
7.0 | 100%のヒトが死亡(骨髄死) | | |
10.0以上 | 死亡原因が腸死となる | | |
100以上 | 死亡原因が中枢神経死となる | | |
1000以上 | 死亡原因が分子死となる | リスクは高い |
放射線の取扱いを規定する法令
放射線の被ばくを防ぐために、放射線の利用基準を示し、行動を規定するための法律が定められている。 放射線として規制を受けるもの(久留米大学医学部)
(1) 放射線を発生させる装置 | 放射線発生装置(ライナック)、PET用核種製造装置(サイクロトロン)、動物実験用エックス線照射装置など |
(2) 密封放射性物質 | 輸血照射用装置、医療用カメラ校正用線源など |
(3) 非密封放射性物質 | RI施設における放射性同位元素あるいは放射性医薬品、電子顕微鏡使用時の核燃料物質(ウラン)など |
(4) 放射性物質が付着した廃棄物(ゴミ) | 非密封放射性物質が付着した研究用廃棄物および医療用廃棄物 |
図5.久留米大学医学部における放射線と規制法令
全体管理
下のような標識は「放射線」を表します。管理区域や放射性物質には標識が付されます。
福島第一原発事故の法的措置および規制体制の変更
福島第一原発事故は、国際原子力事象評価尺度(INES)でレベル7という最も規模が大きな事故となった(レベルは最低が0、最高が7の8段階)。過去の原子力事故では、1979年のスリーマイル島原子力発電所事故でレベル5、1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故がレベル7にランクされている。今回、下の表2から明らかなように、福島第一原発事故では、チェルノブイリのように放射線の急性障害による健康被害は出ていない。一方で、放射性物質の自然界への放出量は約7分の1程度と大規模な原子力事故であることを物語っている(但し、放射性物質の拡散量は約80g)。チェルノブイリは内陸部にあり、放出された放射性物質の多くが、ヒトが居住している地域に降下したしたのに対して、福島第一原発の場合には、その過半が海洋に降下したことも、ヒトの健康被害に限っては幸いしたのかもしれない。
本原発事故の発生によって、放射線規制に関する行政体制が変更した。従来は、放射線規制は文部科学省が管轄していた(例えば、久留米大学の放射線については「文部科学省放射線規制室」が監督した)。しかし、現在では、環境省が管轄するようになった。詳細には環境省外局の「原子力規制委員会」管轄の「原子力規制庁・放射線規制室」の所轄になっている。
まとめ
- 放射線に関する正しい教育を受けましょう(継続的な放射線安全管理教育)。
- 自分の被ばくは自分自身で管理しましょう(ガラスバッジの正しい装着と結果確認)
- 自分自身およびチームで安全意識を醸成しましょう。
- 放射線の生物学的な怖さを知りましょう(大量被ばくは危険です)。
- 放射線の社会学的な怖さを知りましょう(健康被害が出なくとも大きな問題となります)。
*試験については、試験前に「http://user.keio.ac.jp/~medchem/lecture_keio_lecture_info.html」に試験範囲を記載します。参考にして下さい。