インターネットを利用した天気の学習

-ライブカメラによる観天望気-

松本直記*・坪田幸政*



1. はじめに

ネットワークを利用した教育・学習は1994年に情報処理事業協会が募集した「ネットワーク利用環境提供事業」によって一躍注目を集めた.また,1996年には日本電信電話会社が「こねっと・プラン」を実施し,着実に教育現場の関心を集めている.最近の科学教育関係の学会での発表にもインターネットを利用した実践報告が目立つようになってきている.現段階でのインターネット利用上の問題点をまとめると次のようになるであろう.

・設備の問題

・データの転送速度の問題

・情報の管理者不在(データの質)の問題

・検索機能の問題

設備の問題としては,例えば芳賀ほか(1996)にあるように高速な専用回線で接続されたコンピュータルームを必要とする場合が多い.そして,インターネットを情報探索の場ととらえる場合,生徒が各自アクセスできる環境が整っていたとしても,全員が同時に自由にアクセスすると転送される情報量が多くなるため情報の交通渋滞を引き起こす可能性がある.学習環境では適度な速さで情報が提供されないと学習者は学習意欲を失うことが多いのでそのような場の設定は問題がある.さらに,インターネット上の情報は基本的に管理者がいないので,教育的で利用価値の高い情報もあるが,教育現場にはふさわしくない情報も多数含まれおり,情報探求の場としてそのような情報の海を生徒が自由に巡り歩く状況を設定するのは望ましくない.また,仮に情報がきちんと管理されていたとしても,現在提供されている莫大な量の情報から,生徒が必要な情報を検索して入手するのに多大な時間を要してしまう現実がある.

これらのことを考慮すると,現段階ではインターネットの教育への利用は,生徒をインターネット上の情報へのアクセスがある程度限定された環境下におくか,教員による演示にとどめるのが妥当であると考える.また,そういった手段を用いるのなら高価な環境を必要とせずに実践が可能となる.例えば,アスキー社が提供しているインターネットフリーウェイを利用すれば,電話回線さえあればインターネットに電話料金だけでアクセスでき,必要な情報を得ることができる.

 慶應義塾高等学校はインターネットに直接接続されていないので,電話回線を利用してアクセスし地学の授業に活用している.ここで紹介する教材は特に高価な環境を必要とせず,多くの学校で実践可能である.また,問題の設定によっては小学校から高等学校まで広く教育効果を期待できる題材であると考え,ここに報告する.

2. ライブカメラによる観天望気

 気象衛星「ひまわり」によって,気象教育は大きなインパクトを受けた.それまでは,気象教育における現況の把握は天気図と観測者の観測点から見上げた天気の観察に限られていた.衛星画像は宇宙から大規模な天気システムを把握することを可能とし,現況の二次元的な理解が容易になった.つまり,雲画像の利用により,生徒の気象現象に関する空間認識は,一次元から二次元へ拡大したと言えよう.

 しかし,衛星画像,特に赤外画像は必ずしも,下からの感覚に等しい状況を常に提供しているとは限らない.例えば,台風の渦巻きの外側にある巻雲は,赤外画像では白く写っているが,その高度すなわち温度によってそう写るのであって,実際に地上から見れば,かなり晴天に近い状況のはずである.また,生徒の理解は自らの視点から出発するので,下からの視点も同様に重要である.

 インターネット上には,Newman(1996)や松本(1996)の報告にあるように衛星画像や天気図などさまざまな情報がリアルタイムで提供されており,教育現場での利用が可能である.衛星画像の利用に関しては,榊原(1994)や三崎(1996)に報告されているので,本報告ではインターネット上で提供されているライブカメラの映像の利用について報告する.

 ライブカメラとは,コンピュータに接続されたカメラが設置場所からの光景を撮影し,数秒ないし数分毎に更新しているものである.これらの映像の中には,研究室内のコーヒーサーバの様子をモニタしたものもあるが,多くは周辺の景色をとらえており,我々は居ながらにして,遠くの天気や,雲の様子を体験することができる.つまり,いろいろな場所で観天望気が可能となる.

 例えば,台風の実況放送では,テレビ局が日本各地の沿岸部での映像を放映している.恐らく,多くの視聴者は自分よりの西の映像を参考にして,台風に対処しているはずである.このような放送をインターネットを利用して教室内で行おうというのが本報告の主旨である.

 筆者らは日本中に分布するインターネット上のライブカメラから,天気の様子を知ることができるものを選び(表1),気象分野の授業に導入した.具体的には,これらの映像と,ひまわり画像や天気図類を総合することで,宇宙からの視点と日本各地の地上からの視点とで三次元的に気象を体験し,理解させる試みを行った.

表1 日本のライブカメラ一覧

 この授業で利用したコンピュータ環境は,図1に示したようにビデオコンバータを除けば,一般的な機材であり,多くの学校で実践可能であろう.ビデオコンバータも最近では安価なものが発売されており,一万円程度で入手可能である.もしも,教室まで電話線を接続できない場合は,臨場感は多少失われるが,あらかじめ教員が教員室で画像を読み込み,コンピュータを教室へ移動してインターネットブラウザの履歴機能を使って表示することで対応できる.

図1 ハードウェア環境

3. 授業におけるライブカメラの役割

 小学校での天気の学習は,小学校学習指導要領(1989)によれば,第5学年理科で「天気の変化」として扱い,「観測の結果や映像などの情報を用いて予測できること」が目標となっている.また,中学校の天気の学習は,中学校学習指導要領(1989)によれば,理科第2分野「天気とその変化」で扱われ,「天気図や気象衛星画像などから,日本の天気の特徴を気団と関連づけてとらえるとともに,天気の予測ができることを見いだすこと」が目標になっている.そして,高等学校学習指導要領(1989)では,地学TBの「大気と水」において「大気の性質と運動については,大気中の水及び風の吹き方,日本の気象にも触れる」とある.

 天気の学習に関して期待されている項目をまとめると次のようになる.

・気象衛星画像や天気図から現況を知る読図能力.

・現況や画像データから現在の天気変化に影響を与えている気団の理解,つまり大規模場の認識.

・天気の変化が西からの気象システムの移動によることの理解,つまり簡単な天気予報.

 これらの内容には,現況を踏まえての天気図や気象衛星画像の理解が必要になってくるだろう.現況を知ることができるのは,我々のいる場所についてのみである.そこで,ライブカメラの映像を導入することにより,同時に複数の場所の天気を疑似体験することができ,理解を深めることが期待できる.

 また,数日にわたり各地の天気の変化を追うことによって,関東地方に関しては,大体半日後に近畿の天気が,1日後に九州の天気が反映されるといった,気象システムの西から東への移動によって天気変化がもたらされることを確認できる.そして,低気圧やそれに伴う前線など,気象システムに伴う天気のパターンを多くの地点の現況をもとに理解を深めることができる.特に,降雨に関しては気象衛星画像から判断することは難しいので,ライブカメラによって実際に目で確認して衛星画像や天気図の関係を把握することができる.

 つまり,ライブカメラは,天気図上の前線に伴う天気や雲の分布,衛星画像からの雲の特徴の決定など,読図の答えを実際の映像として与えてくれる.単なる言葉による説明や推測ではなく,実際の映像は生徒の興味を喚起し効果的な授業の展開を可能とする.また,気象が専門ではない教員も授業前にライブカメラの映像をチェックしておけば現在の天気の様子を予習しておくことができるので天気図と現況のつながりを確認でき,確固たる自信を持って授業に臨めるだろう.

このように,ライブカメラの映像は「天気の学習」をより身近な対象にすることができる.また,現在あるライブカメラの中には気温・湿度などの気象データも併せて提供している場合もあり,今後このような各地の気象情報を提供するインターネットサイトが増えれば,現況の映像とともに気団の性質や場所による違い,気団のぶつかり合いによって生じる気象現象についての学習も扱うことができるようになるだろう.

4. 授業におけるライブカメラの利用例

 ライブカメラを使った天気の学習の授業展開は対象学年や目的に応じていろいろな展開が考えられるが,基本的な流れとして次の様な例が考えられる.

・朝の新聞から天気図と衛星画像を持参させる.

・各地の天気を天気図と衛星画像から推定し発表させる.(読図)

・事前に取っておいた最新の天気図を提示する.

・現在の各地の天気の予想をさせる.(予想)

・インターネットで各地の天気を探検する.

次に,具体例として本校で行われた授業の様子を報告する.対象は高校3年生20名で,文系の選択科目地学の授業の中で行った.

1996年9月21日午後4:30頃の台風17号が関東付近に接近しつつある状況を題材とした.当日午後3時(06Z)の地上天気図を図2に,午後5時(08Z)のひまわり画像の赤外線画像を図3-1,可視光線画像を図3-2に示す.これらの画像もインターネットや気象サービスの普及によって入手が容易になってきている.(松本,1996)

これらの図類を生徒に配布し,ひまわり画像の特徴の理解を深めることと,台風に伴う雲パターンの理解を目的に授業を行った.

図3 1996年9月21日午後3時(06Z)の地上天気図

   

   1.赤外線画像         2.可視光線画像

図3 同日午後5時(08Z)のひまわり画像(気象庁提供)

   

1.旭川(北海道東海大学提供) 2.札幌(株:HID提供)

   

3.新宿(機会産業館)  4.山梨から見た富士山(山梨日々新聞。山梨放送グループ提供)

   

5.大津(大津市立平野小学校提供)   6.岡山瀬戸大橋(サンテク株式会社提供)

図4 ライブカメラによる日本各地の天気

一般によく見られているひまわり画像は赤外線画像である.しかし,赤外線画像は雲の温度(雲の高さ)をあらわしたものであり,背の高い積乱雲も上層の薄い巻雲も同じように低い温度を示してしまう.雲の厚さを示す可視光線画像と併せてみることで,雲の種別をある程度特定することができるが,ライブカメラの地上からの映像を利用して雲の特徴がひまわり画像へどう現れているのか理解することができる.

図3のひまわり画像を見ると,日没に近いためやや可視画像において輝度が低くなっているが両者とも台風の構造を明瞭に見て取れる.次に,台風に伴う日本列島上の雲を具体的に調べていく.

北海道では,赤外・可視ともに輝度が低く,晴れていることがわかる.可視においてやや反応があるので,低い雲が点在している可能性がある.旭川と,札幌の映像を参照すると,ひまわり画像の示す特徴が現況によって確認できる.(図4-1,図4-2)

関東では,台風の周辺部にあたり,雲に覆われているが降雨をもたらすほどには厚くない雲のようである.(図4-3,図4-4)

大津(図4-5)や岡山(図4-6)は,台風のスパイラルバンド(腕)の狭間に位置し,赤外画像においては雲がかかっているが,可視画像では輝度が低く,高層の薄い雲の特徴を示している.

生徒には持参した新聞天気図とひまわり画像から昨日から現在までの天気の変化の理由をまとめさせた.この段階では結果を知っているので適切な根拠とともに考察することができた.次に最新の地上天気図とひまわり画像を配布し,日本各地の天気の様子を特に雲の種類に留意させながら簡単にまとめさせた.ひまわり画像や地上天気図の特徴を把握していない者は適切な判断ができていなかった.生徒に予測させた結果を根拠とともに発表させ,続いて実際の様子をライブカメラで確認した.何地点か繰り返すうちに多くの生徒は的確な読図ができるようになっていた.また,教室にいながら日本各地の様子を知りうるという状況設定は生徒の関心を強く引いた.

授業後の生徒の感想をいくつか挙げる.

他の感想

また,インターネットライブカメラで授業を行う上での問題点としては,次のようなことがあるだろう.

今回は台風を扱ったが,近いうちに典型的な温帯低気圧と前線に伴う天気と雲のパターンを題材として行う予定である.

5. おわりに

 インターネットライブカメラを授業に導入することにより,生徒は現況と天気図類の関係を実感できる場を複数箇所得ることができた.このことにより,従来に比較して天気図やひまわり画像の特徴の理解を容易に深めることができた.また,インターネット上の情報を,比較的低価格で手軽に,かつ効果的に授業に活用できることを示した.

 ライブカメラの天気の学習における利用は同時に複数の状態を疑似体験できるので天気システム全体の把握を容易にする.今後,CU-SeeMeなどのテレビ会議システムを利用して,全国の学校で同時に天気の学習が行えれば,天気の学習がより興味深く,楽しいものとなるであろう.そして,映像のネットワークは理科教育だけでなく,訪れたことのない地方の状況なども理解できるので地理教育などへの応用もできるであろう.

6. 参考文献

芳賀高洋・山下修一・阿部昌人・栗原健次(1996): 中学校におけるインターネットを用いた環境教育―環境に関するホームページ作成を通して―: 日本理科教育学会第46回全国大会兵庫大会要項,136-137.

松本直記(1996): リアルタイム気象データの提示―低価格で実現するマルチメディア気象教育―: 日本理科教育学会第46回全国大会兵庫大会要項,260.

三崎隆(1996): インターネットから検索できるひまわり雲画像の観察に関する基礎的研究:地学教育,49,123-130.

文部省(1989): 小学校学習指導要領: 大蔵省印刷局

文部省(1989): 中学校学習指導要領: 大蔵省印刷局

文部省(1989): 高等学校学習指導要領: 大蔵省印刷局

榊原保志(1995):ひまわり雲画像の教育利用と入手メディア:地学教育,48,25-30.

Steven B. Newman(1996):Enhancing Classroom Study of Meteorology by Incorporating Real-Time Weather Graphics from The Internet: Fourth International Conference on School and Popular Meteorological and Oceanographic Education Preprint Volume to this conference,198-201.


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