江戸廼花也(長州藩主毛利斉元)の狂歌摺物データベース

「柳桜亭江戸廼花也の狂歌摺物
     ――長州藩主が作った浮世絵」
このウエブサイトは、十一代長州藩主毛利斉元(もうりなりもと、1794-1836)が制作した浮世絵の狂歌摺物を紹介しています。(慶應義塾大学 津田眞弓)

江戸廼花也(毛利斉元)について

はじめに

 毛利斉元は、狂歌師「江戸廼花也(えどのはななり)」として1820年代から没する1830年代半ばまで、初代歌川国貞、渓斎英泉、歌川国芳を中心とした人気絵師に依頼して、私家版の美しい狂歌摺物を数多く作った。その正体は浮世絵研究においては長らく不明で、しばしば自作の俗謡の歌詞を載せた浮世絵の出来は、研究者に音曲関連の人物かと錯覚させるほどであった。
 毛利家の資料には斉元の狂歌名がわかる資料がいくつか存在するにも関わらず、なぜ花也の正体が不明だったかと言えば、彼の地元の主要機関(山口県立文書館、毛利博物館、萩市美術館)に、その浮世絵が残っていないことが原因だろう。経緯は未詳だが、ほかの摺物同様、花也の摺物の多くは海外にわたっている。県下の人物が大正期にその摺物を見た記録(「斉元公御戯作集」)があるが、その後は浮世絵の存在すら忘れられてしまった。一方、浮世絵関係者の間には、それらが長州藩主の手になるという情報は伝わらなかった。両者の情報が長い間むすび合わなかったのである。
 花也の摺物はその関連作や肉筆の絵も含めれば、八十に迫る。これらの浮世絵は絵画や文学、また長州藩の歴史的資料として有益なのはもちろんだが、近世期の大名が作ったということを念頭に見直すと、さらに広い研究領域を越えた視野を与えてくれるように思う。なぜなら、殿様の意外な趣味は、藩主の私生活における身分を越えた様々な人物との交流がなくして成立せず、江戸時代の文化形成がいかなるものだったかを考えさせてくれるからだ。そこにこそ、この資料群の大きな価値があると考える。
 私は2008年に行われたリートベルグ博物館(スイス)の摺物展に際して、ジョン・カーペンター氏の要請で「柳桜亭江戸廼花也」という狂歌摺物の制作者が誰かということを報告した。それ以来、斉元に関する調査を続けてきたが、欧米に散らばる資料を追いかけるには限界がある。そこで海外はもちろん、日本国内における所蔵の確認や新たなる資料の発見を期し、現在の時点で知りえた情報を誰もが見やすいウエブサイトの形で公開することにした。
 このサイトの出発に際し、最初の報告以来、惜しまぬ協力をしてくださった方々、また調査の便を図ってくださった所蔵機関の皆さまに心よりの感謝を申し上げる。このデータベースがささやかな恩返しになることを願っている。


柳桜亭江戸廼花也の活動概略

 江戸廼花也こと十一代藩主毛利斉元は、寛政六年(1794)に、七代藩主毛利重就(しげたか)の傍系の孫(八代藩主治親〈はるちか〉の弟の長子)として生まれた。家臣に養子に出されたが、その後文化十一年(1814)に毛利家に復帰し、文政二年(1819)に十代藩主斉熈(なりひろ)の養嗣子となり、文政七年に三十一歳で家督を継ぎ、藩主となった。なお、斉元の名前は、将軍家斉から一字をもらったものである。
 先代の斉熈は葛飾砂町に作った十万坪に及ぶ「鎮海園(ちんかいえん)」に住んだ文人大名。斉元の狂歌や俗謡の趣味はこの人物の影響と思われる。また支藩の防府藩主には、清元の名曲「梅の春」を作詞した梅廼門真門(うめのとまかど)こと毛利元義(もとよし)がいる。元義も斉元も多くの大名の弟子を抱えていた江戸の狂歌師、鹿都部真顔(しかつべのまがお)の一門である。
 当然ながら斉元は漢詩・連歌・俳諧など、当時の武士が親しんだ文化的活動も行っている。けれども「誹諧歌(はいかいか)」とも呼ばれた狂歌は、萩で判者をするほどの腕前だったようだ。さらに言えば、斉元にとって狂歌は単に楽しみというだけでなく、大名としての対外的社交や家臣との意思疎通に欠かせぬものだった。
 一例を示すと、毛利博物館には、次のような自筆の狂歌が残っている。

  春のはじめ雁の庖丁なす膳夫まな箸を板の向こふえ落しつるを祝して
   災ひのはしはむかふえ落しつゝにぎりかためしほうてふの国
  (はるのはじめ がんのほうちょうなすぜんぷ、まなばしをいたのむこうへおとしつるをしゅくして
   わざわひのはひはむこうへおとしつつ、にぎりかためしほうちょう〈ぼうちょう〉のくに)

 主君の前で儀式として行う料理の際、料理人がまな箸を取り落としてしまった。その失態に際して、災いの端(はし)を払って、「ほうてふ」(防長と庖丁)を握りしめるめでたいことだと、狂歌を作って祝ってやっている。斉元の人柄や機転のよさがしのばれる。
 斉元は、天保七年(1836)九月八日に居城の萩で突然病に倒れて没する。四十三歳だった。江戸廼花也の摺物が天保期半ばで絶えるのはこれが理由である。摺物制作の上限は文政四年ごろなので、藩主時代に摺物を量産したことになる。
 ちなみに江戸廼花也の狂歌摺物について言及した同時代の資料に、江戸の戯作者山東京山(さんとうきょうざん、山東京伝の弟)が、越後の鈴木牧之(すずきぼくし)宛てに書いた書簡がある。京山は文政十三年三月十六日付の手紙に、牧之へ贈った摺物についてこう書いた。

  ○春興のすりもの五枚進呈仕候。是は 松平大膳太夫様のすりもの也。
  俳諧歌の御名
   柳桜亭花也君といふ。
   柳花亭風姿瑞垣      土筆亭和気有丈 御替名也。 
     団十郎菊五郎久米三郎当春浪花に居り候ゆゑの御うたなり。
   (しゅんきょうのすりもの、ごまいしんていつかまつりそうろう。これは、 まつだいらだいぜんだゆうさまのすりものなり。
  はいかいかのおんな
   りゅうおうていはななりぎみといふ。
   りゅうかていふうしのみずがき
   つくしていわけのありたけ おんかえななり。
    だんじゅうろう、きくごろう、くめさぶろう、とうしゅんなにわにおりそうろうゆゑのおんうたなり。)

 京山は牧之に贈った新春の摺物五枚について、柳桜亭江戸廼花也が毛利斉元の狂歌名であること、また柳花亭風姿瑞垣も土筆亭和気有丈も彼の戯名だと教え、この摺物が七代目市川団十郎・三代目尾上菊五郎のための狂歌であること、また二代目岩井粂三郎が大坂にいることを説明している。
 現在では牧之の周辺にこの摺物が見当たらないが、京山が贈ったものは、おそらく三枚続きのしだれ桜の下に、歌舞伎の助六の登場人物に扮したこの三人が揃う、以下の摺物だと思われる。

 (図1 しだれ桜下の助六図、ボストン美術館蔵)MFA 11.26731

 何故ならば、添えられた狂歌はいずれも三人の浪花での活躍を祝したものであるからだ。前年に江戸を襲った大火のため、団十郎も菊五郎も上方へ出稼ぎに行っていた。また狂歌師の名前も京山と説明と一致する。
 京山が牧之にこの摺物を贈ることができたのは、斉元が江戸にいる時に内用を言いつけられていたからである。京山の娘が斉元に侍女として仕え、寵愛を受けて子供を産んでいた。京山には丹波笹山藩の隠居した藩主の近習を勤めた経験があり、また徳川家の茶道指南役の野村休成の高弟だったため、大名家への出入りに慣れており、斉元も用を言いつけやすかったのだろう。草双紙(絵と文が同一紙面に存在する絵入り小説)専門作者の京山は、当時、国貞・英泉・国芳と仕事をすることが多く、その三人は、斉元摺物の主要な絵師と一致することからも、摺物制作に大きく関わっていた可能性は大きいと思われる。参勤交代をして江戸と萩を行き来する斉元を助けて、江戸で摺物制作の実務をしていたのかもしれない。

花也摺物の概要

 花也は文政前期から摺物を制作している。当初は一枚もので、狂歌の師である真顔や一門の仲間と共に狂歌を載せる一般的な摺物が多いが、のちには自分の好みを押し出したものを制作した。その特徴は以下のようなものである。

1.複数の摺物による組み物が多い。
2.複数の狂歌名を使用する。
3.桜蝶の印を使用する。
4.花や柳の文字をつけた人々と連を作っている。
5.時に自作の俗謡歌詞を掲載する。
6.主たる画題が、役者(特に、菊五郎・粂三郎・団十郎)と美人(特に芸者)。

 特徴の1、組み物は他の狂歌連も制作しているので、時代の流行といえる。
 その2、複数の狂歌名を持っていることは前述の通り。
 その3、桜蝶と仮に名付けられた印は図2の通り。

     (図2 桜蝶の紋 雪月花 ボストン美術館蔵)MFA 11.26061

蝶の紋の羽の部分が桜の花びらをかたどり、摺物に押印したり、あるいは紋が描かれた美人たちの着物や簪といった装飾品に意匠として用いられたりしている。特徴の4・5と関連するが、花也の名前をとったと思しい狂歌師たちの名前は女性のものばかりだから、殿様をめぐる狂歌や音曲を楽しむ女性のグループがあったのだろう。その中には清元関連の人名があり、真門同様、清元の芸能者と通じていたのだろう。以前の原稿では、桜蝶の紋が女性たちのグループの印である可能性もあると書いたが、今回ギメ美術館(フランス)で、そうした女性たちとは関係のない早い時期の摺物に、桜蝶紋を用いた組み物を発見したので、この紋は花也自身のものと判断できる。
 なお、自作の俗謡は長短さまざまあるが、そのうちの「うわき性ではないかいな」という文句で締めくくるものは、江戸末期に刊行された複数の端唄本に収録されている。斉元作の俗謡には、ごく内輪で親しまれた私家版の浮世絵を飛び出して、広く親しまれて生き残ったものもあるようだ。
 その6、初期には静物画や風景画などもあるが、それ以後はほとんど、役者と美人が主題となっている。多いのは役者で、そのほとんどが、三代目尾上菊五郎、二代目岩井粂三郎、七代目市川団十郎に集中している。そのうち菊五郎を描いたものが最も多い。おそらくは一番の贔屓だったのだろう。

 なお、花也の生涯や摺物についての詳細は、以下の2つの論文にすでに記したので、参照されたい。
  ○津田眞弓「The Daimyō as Kabuki Fan and Kyōka Poet: Surimono Commissioned by Edo no Hananari」(John Carpenter編『Reading Surimono: The Interplay of Text and Image in Japanese Prints』、2008年)
  ○津田眞弓「柳桜亭江戸廼花也(長州藩主毛利斉元)の狂歌摺物――伝記と『斉元公御戯作集』を中心に」(『浮世絵芸術』161号、2010年8月)

  

データベースについて

  

摺物番号

   摺物は画題により、役者・美人・その他にわけ、それぞれに任意に番号を振り、絵の内容を説明し、書かれている文字を翻刻した。

   1. 役者――43件
     Y1(役者絵と狂歌)
     Y2(役者絵と狂歌と俗謡)
 2. 美人――32件
     B1(美人画と狂歌)
     B2(美人画と狂歌と俗謡)
 3. その他――3件
     O

  *Y2のカテゴリーのものを検索したい場合は、「Key word」の窓に「Y2-」(半角)を入れて下さい。役者+狂歌+俗謡のものが出てきます。

     

所蔵機関略称

    所蔵機関の略号は次の通り。

  Berlin: Museum für Asiatische Kunst, Staatliche Museen zu Berlin(Asian Art Museum, National Museums in Berlin)
  Chester Beatty: Chester Beatty library, Dublin
  Chicago: Institute of Fine Art, Chicago
  Fitzwilliam: Fitzwilliam Museum, Cambridge University
  Guimet: Musée Guimet (Museum Guimet)
  Harvard: Harvard Art Museums, Harvard University
  Lusy: Lusy collection, Museum of Design, Zurich
  MAK: Österreichisches Museum für angewandte Kunst(Austrian Museum of Applied Arts)
  MET: Metropolitan Museum of Art, New York
  MFA: Museum of Fine Arts, Boston (Photography © 2017 Museum of Fine Arts, Boston)
  Oslo: Nasjonalmuseet for kunst, arkitektur og design(The National Museum of Art, Architecture and Design)
  Scotland: National Museum of Scotland
  WESTON:WESTON COLLECTION, Chicago
  神奈川:神奈川県立歴史博物館(Kanagawa Prifectural Museum of Cultural History)
  礫川: 礫川浮世絵美術館(Koishikawa Ukiyo-e Museum)
  日本:日本浮世絵博物館(Japan Ukiyo-e Museum)
 

データベース掲載図版のクレジット

   図版の掲載の許可をいただきました各機関に厚く御礼申し上げます。

  Scotland: National Museum of Scotland
  WESTON:WESTON COLLECTION, Chicago
  Harvard: Harvard Art Museums / Arthur M. Sackler Museum
  MFA: Photography © 2017 Museum of Fine Arts, Boston
  Berlin: © Museum für Asiatische Kunst, Staatliche Museen zu Berlin, photograph courtesy Art Research Center Ritsumeikan University, Kyoto.
  Fitzwilliam: Fitzwilliam Museum, Cambridge University
  津田眞弓: 津田眞弓蔵

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Copyright © 2016 Mayumi Tsuda.   (最終更新日:2017年4月28日)     
 このデータベースは、慶應義塾大学学事振興資金「長州藩主毛利斉元の文芸に関する研究――在ヨーロッパ・アメリカの資料を中心に」の助成によるものである。
 データベースを動かすCGIは、あおぞらクリエイトによる。また、翻刻に際して、草双紙研究会における発表時に、延広真治先生や小林ふみ子氏をはじめ、会の皆様から多くのご教示を賜った。ここに記して感謝申し上げる。

NEWS

  • 2017年4月25日 萩博物館関連の媒体に寄稿しました。
  • 2017年4月15日 トップページを新しくしました。
  • 2017年3月27日 ベルリン東洋美術館の画像をデータベースに載せました。
  • 2017年3月25日 ボストン美術館の画像をデータベースに載せました。
  • 2017年3月10日 摺物リストを新しくしました。
  • 2016年12月30日 新出資料、見つかる!――新しくリストに掲載しました。
  • 2016年7月15日 ハーバード大学美術館の画像をデータベースに載せました。
  • 2016年6月20日 ウエストンコレクションの画像をデータベースに載せました。
  • 2016年4月 1日 スコットランド国立博物館の画像をデータベースに載せました。
  • 2016年3月30日 江戸廼花也データベース設置

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