先月6月10日,NHK出版新書より拙著『英語史で解く英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』が発売されました.おかげさまで大変ご好評をいただいており,全国の書店に並んでおります.毎朝配信している Voicy の 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」 とともに,応援していただけますと幸いです.
さて,本日お届けするのは,少し前の実体験をベースにしたお話です.6月,私はイギリス・スコットランドのアバディーンに滞在していました.日々,北海を望みながらジョギングをしていたのですが,先月6月23日の夕方,ついに悲願であった「北海での初泳ぎ」を敢行しました.その直後にゴーグルを頭にはめた半裸の状態で撮影したミニ動画を,個人 YouTube チャンネルの heltube にアップしたのですが,それが上掲の動画です.
ヨーロッパを襲った熱波の影響で,その日のアバディーンは最高気温が25度まで上がっていました.スコットランドの6月としては珍しい高温です.私はもともと水を見たら泳ぎたくなる性質なのですが,25度ともなれば地元のスコットランド人たちも海に入り始めます.これ幸いとばかりに水着でジョギングに出かけ,念願の北海に入ったした次第です.
しかし,気温は25度とはいえ,水温は別問題でした.北海はとにかく冷たいのです.足を入れた瞬間にその冷たさに圧倒され,えいやと飛び込んでからは,寒さに凍えないよう必死に個人メドレーを始めました.しかしまったく体は温まらず,ものの7,8分で完敗して浜に上がってきました.日本の感覚でいえば,秋の海で泳いでいるような冷たさです.
なぜ,これほどまでに冷たい北海に,私はこだわり,泳ぎたかったのか.単なる悪ノリではありません.そこには,英語史研究者としての強い憧れとロマンがありました.一言でいえば,「英語史を育んだのは北海である」という強い意識が私の中にあったからです.
古代や中世において,海とは土地を隔てる障壁ではありません.むしろ道路でした.陸路を作るのにはコストがかかりますし,山賊の危険もあります.しかし,海路・水路は多くの荷物を運べる安全なルートだったのです.今回私が泳いだイギリス東海岸の北海を東へと進むと,スカンジナビア半島の西岸やデンマークへとたどり着きます.そう,かつてこの海を支配していたのはヴァイキング (viking) たちでした.
北欧のヴァイキングたちにとって,北海は地中海や湖のようなものであり,向こう岸にグレートブリテン島があることは百も承知でした.彼らは8世紀半ばから,この北海という道路を渡ってイングランドへ殴り込みをかけ,やがて移住・植民してきました.当時,アングロサクソン人が話していた古英語に対し,同じゲルマン系の北ゲルマン語群に属する古ノルド語 (old_norse) を話すヴァイキングたちが激しい言語接触 (contact) をもたらしたのです.
この濃密な接触の結果,英語の語彙は大量の北欧系単語を受け入れ,文法も簡略化へと向かいました.現代英語のあり方を決定づけた最大の要因の1つが,このヴァイキングの影響です.そして,彼らが通ってきた物理的な通路こそが,まさにこの北海だったのです.
英語史のダイナミズムを数十年学び,その舞台となった北海を目の前にして,泳がないわけにはいきません.さすがに船で渡ることはできませんが,沿岸でちょろちょろと泳ぐことで,英語史の荒波を肌で体感したかったのです.
浜に上がった後,ブヨかノミの類におおいに刺されたのに気付き,3週間近く経った今もまだ足が痒いです.失ったもの(?)もありましたが,英語史研究者として北海を制した(いや,完敗したのですが)喜びのほうが勝っています.
そのような知的な背景をご理解いただいた上で,ゴーグル姿で「なぜ英語の文には主語が必要なのか」を滑稽に語る私の YouTube 動画をご覧いただけますと幸いです.
なお,この北海での水泳にまつわるエピソードや,ヴァイキングが英語に与えた影響については,一昨日の heldio 「#1865. 私が夏とはいえど冷たい北海で泳いだ理由」でもお話ししています.そちらも合わせてお聴きください.
・ 堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉,2026年.
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